【第2話】はじめての“奪い”
「……なんだ、これ……」
手のひらに残る、かすかな熱。
クロは呆然と立ち尽くしていた。
目の前で倒れた男は、もう動かない。
光の粒子が彼の体から溢れ、空へと消えていった。
——寿命が尽きた。
「俺が……殺した?」
膝が震えた。
ただ、手を伸ばしただけだった。
スキルを使おうとなんて、思っていなかった。
けれど。
《対象の寿命を奪い、自身に転写するスキル》
リングが提示した“異能”が、それを許さなかった。
クロの手首に装着された古びた指輪が、青白い光を放つ。
「……あなたは、“時蝕”の適合者」
再び、あの声が脳に響く。
「誰だ、お前……!」
クロが叫ぶと、空間が揺れた。
目の前に——淡い光が集まり、少女の姿が現れた。
銀髪に、水色のローブ。
年齢は、クロと同じくらいに見える。
「私は、観測者ノア。あなたのスキルを確認するためにここに来た」
「観測者……?」
「あなたが、どんなふうに生きるのか。どんなふうに“寿命”を使い、何を選ぶのか。それを見届けるために」
淡々とした口調。けれど、その瞳には、どこか哀しみの色が宿っていた。
クロはその言葉の意味を、すぐには理解できなかった。
だが、ノアは一歩近づき、こう続けた。
「……あなたがいま発動したスキル、“時蝕”。それは、奪う力。生きるために他人の寿命を喰らう力です」
「そんなの、いらない……! 俺は、誰かを殺してまで……!」
「それでも、生きるんでしょ?」
ノアの言葉が、突き刺さる。
クロは唇を噛んだ。
「……俺は、ただ……生きたかっただけだ」
「なら、選んで。このまま、何もせずに消えるか。誰かの時間を喰らって、でも生き延びるか」
リングが脈動する。
ライフリングの表示は——『00:13:38』
たった今、奪った命で、わずかに伸びた時間。
そして、再び始まる消費。
寿命は、止まってなどくれない。
クロは拳を握った。
「……生きるよ。何をしてでも」
ノアは、ふっと微笑んだ。
「いい覚悟ね、“クロ”」
「……なんで、俺の名前……?」
「見てたもの。ずっと」
そう言って、ノアは背を向けた。
「じゃあ、しばらくは隣にいるね。観測者として。……それとも、“仲間”として」
その一言が、なぜか心に残った。
クロは、少女の背を見つめながら、小さく呟いた。
「……変なヤツ」