光る腕時計
警察のサイレンが遠ざかるのを確認しながら俺は俺は路地裏に身を潜め、静かに腕時計のダイヤルを押し込んだ。
微かな起動音と共に、光が体を包む。
特殊素材のスーツが粒子状に分解され、衣服の下に収納されていく。
「変身、解除」
時計の針は11時を指していた。
やっべ早く帰らないと。
玄関をそっと開けると、リビングからぼんやりと明かりが漏れていた。
その明かりの中で、小さな影がうずくまっている。
「タツキ…?」
ふわふわの黒髪が寝癖で跳ねている。
制服から着替えたその姿は、くまのパジャマとぬいぐるみを抱えて、まるで中学生のよう。
月嶋ユイ。
俺の、幼馴染にして、今は家族みたいな距離感の女の子。
俺が両親と死別してユイの父親が俺を引き取ってくれた。
俺の姿を見て安心してくれたのか表情が緩み口を開く。
「遅かったじゃん。ご飯、レンチンしとく?」
「いや、いいよ。外で食ったから」
「ふーん…あの彼女さんと?」
少し意地悪そうに見上げるその目は、からかっているようで、どこか寂しげにも見えた。
「いや、さっき振られた。重いってさ、俺が…」
「重いって、タツキが?」
「ああ、なんか…優しすぎるんだとさ。変な話だよな」
笑って誤魔化してるけど、多分目は笑っていなかった。
ユイは俺の隣にちょこんと座った。
そして、冷蔵庫から取り出したプリンを差し出してくれた。
「はい、今日食べるつもりで買ったやつ。失恋プリンってことで」
「なんだよプリンってこんなので喜ぶ男がいるか?」
「ここに一人いるじゃん」
ユイはニコッと笑って俺を指差す。
不器用ながらこいつ並みに慰めてくれてるのだろう。
しかし、その手はほんの少し震えていた。
なんで、俺…こうなっちまったんだろう。
どこで道…間違えたかな…。
「ありがとな…ユイ」
俺は、プリンをちっこいスプーンですくいながらそう呟いた。
「おまえ、ほんといい奴だな。彼女よりよっぽど話聞いてくれるわ」
「そりゃ、10年以上の付き合いだもん。話くらい…聞くよ」
ユイは小さな声でそう呟いた。
「タツキ、そんな変な腕時計付けてったっけ?」
「へ?これは、さっき買ったんだよ。ほら、失恋したからパッと豪遊してやろうと思ってさ!」
「ふーん」
俺の左腕に光る腕時計。
彼女はまだ、その意味を知らない。