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1-08

白い結晶体が漂う小さな安全地帯を後に、隊長を先頭に、マルス、ケイの三人は、緑色の信号弾が上がった方向へと歩を進めた。しばらく進むと、前方に開けた空間が見えてきた。そこは、海岸エリアと渓谷エリアのエリア境界となる、大きな安全地帯だった。


足を踏み入れた瞬間、ケイの耳に、聞き慣れた明るい声が飛び込んできた。


「よお、 おつかれさん。 そっちはどうだった?」


ヘラヘラといつもの調子で笑いながら、パトリックがこちらに手を振っている。彼の姿を見ると、ケイの張り詰めていた気持ちも、いくらか和らいだ。無事に合流できた安堵感が、じんわりと全身に広がっていく。


「こっちは、負傷者なくだ」


「流石はうちの隊長!こっちの撤退はやばかったっすよ。てか、あの数やばくないっすか?」


「鳥は来てたか?」


隊長とパトリックは情報交換を続けていた。


安全地帯の様子は、ケイが以前に見た時とは明らかに異なっていた。広場の中央付近には、二十名程度の隊員たちが、まるで疲労困憊の兵士のように、地面に這いつくばっていたのだ。中には、荒い息を吐きながら、動くことすらままならない者もいる。彼らの装備は泥や傷で汚れ、只事ではない状況を物語っていた。


そして、広場の奥の方では、五名の騎士たちが、深刻な表情で円陣を組み、何やら話し込んでいる。彼らの纏う鎧には、激しい戦闘の痕跡が深く刻まれており、只ならぬ雰囲気を醸し出していた。


断片的に聞こえてくる話には、「…とにかく数が多すぎて」「…あっという間に囲まれた」など物々しい言葉が含まれているように見えた。


「パトリック、あれは……?」


隊長は、這いつくばる隊員たちと、険しい表情で話し合う騎士たちを交互に見ながら、低い声でパトリックに問いかけた。


パトリックは、いつもの軽薄な笑みを少しだけ引っ込め、神妙な面持ちで答えた。


「ああ、問題の隊と、巻き添えを喰らった奴らだよ。どうやら、かなり手痛い目に遭ったらしい。強力な魔物の群れに遭遇したとかで……」


そう言いながら、パトリックは隊長の腕を取り、騎士たちが話し合っている方へと促した。


「隊長、あちらさんが、そちらの状況も聞きたいと言っている。少し話に加わってやってくださいよ」


隊長は事の重大さを察したのだろう、頷いて、騎士たちの輪へと近づいていった。




「で、ケイちゃん。初めての「トラブル」はどうだった?」


パトリックの軽口に、ケイは苦笑いを浮かべた。


「まあ、色々ありましたよ」


ケイが苦々しくそう答えると、パトリックは少し嬉しそうに笑った。ケイはここまでの経緯を、掻い摘んでパトリックに語り始めた。塩田での盤星との遭遇、その擬態による方向感覚の狂い、そして、撤退中に襲われた鳥型魔物の群れ。隊長が魔力の斬撃で応戦したこと、そして、最後に辿り着いた安全地帯のこと。


パトリックは、ケイの言葉を興味深そうに聞いていた。時折、「へえ」「なるほど」と相槌を打ちながら、特に、安全地帯で塩のコアを取得できたことには目を丸くしていた。


「塩のコアはありがてえな。それだけでも遠征の元がとれる。もしかしたら、明日からの任務はコアの散策になるかもな。」


パトリックは、感心したようにそう呟いた。


パトリックは相変わらず、ヘラヘラとした笑顔を崩していない。疲労困憊の隊員たちが地面に這いつくばり、深刻な表情の騎士たちが話し込んでいるという、緊迫した状況にも関わらず、彼の態度はどこまでも軽やかだった。


「しかし、疲れたなあ、ケイちゃんもだろ? ちょっと休むか」


「そうですね。ちょっとその辺に座りますか」


そう言いながら、パトリックは近くの岩に腰を下ろした。ケイも、その隣に座り込み、改めて周囲の安全地帯を見渡した。確かにここは、エリアの境界だけあって、広く安定した空間が広がっている。しかし、ふと、ケイは疑問に思った。


「そういえば、エリア境界の安全地帯のコアって、どこにあるんですか?」


パトリックは、ケイの問いにしばらくの間、きょとんとした表情を浮かべた後、指を真上へと突き刺した。


「え? あそこじゃん」


ケイがパトリックの指差す方向を見ると、そこには、眩しい光を放つ巨大な球体が浮かんでいた。最初は、太陽の光が何かに反射しているのかと思ったが、よく見ると、それは自ら発光しているようだった。昼間のように明るい光を周囲に降り注ぎ、安全地帯全体を照らしている。


「……あれが、コアなんですか?」


思わず、ケイは間抜けな声を出してしまった。その巨大さは、先程の小さな安全地帯のコアとは比較にならないほどだった。


「でっか……」


ケイの素直な感想に、パトリックは腹を抱えて大笑いした。


「アハハハハ! まさか、今まで気づいてなかったのかよ、 いつも頭上にあるのに!」


言われてみれば、いつもこの安全地帯は明るかった。それが、自然光だと思い込んでいたとは……。


「あれ、回収できるんですか?」


ケイは、その巨大なコアを見上げながら、素朴な疑問を口にした。もし、あれほどのエネルギーを持つコアを回収できるなら、都市の運営にも大きく貢献できるのではないかと考えたのだ。


パトリックは、笑いを堪えながら首を横に振った。「あれは無理だな。あれが、このエリア境界の安全地帯そのものを維持するためのエネルギー源だからな。あれを失ったら、この安全地帯も消滅するだろうよ」


しかし、すぐにパトリックは、いたずらっぽい笑みを浮かべた。


「まあ、ああいう巨大なコアは無理だけど、地面に落ちてる、でかめのやつがあんだよ。それを回収して都市に持ち帰れば、色々な資源の生産に使えるんだよ」


「資源の生産に、ですか?」


ケイが興味を示すと、パトリックは得意げに頷いた。


「ああ。大きなコアの莫大なエネルギーを、小さいコアに移し替えることで、色々な資源を生み出すことができるんだとさ。水とか、鉄とか、色々なものが作れるらしいぞ。ケイ達が回収したコアからだと、塩だな」


パトリックの説明に、ケイは改めて迷宮の奥深さを感じた。安全な場所を維持するだけでなく、資源を生み出す力まで持っているコア。その存在は、迷宮都市の生活を根底から支えているのだ。


「まあ、大変だったけど、無事に帰って来られて良かったな! ゆっくり休めよ。お疲れさん!」


パトリックの言葉に、ケイは小さく頷き、地面に腰を下ろした。疲労はまだ消えてはいないが、安全な場所に戻ってきたという安心感からか眠気が襲ってきた。遠くでは、隊長と騎士たちの話し合いがまだ続いている。ケイは、その声を聞きながら、意識を手放した。


特に命令はされてないが、おそらく寝てしまっても大丈夫だろう。


『解除』


起きているか寝ているかの境目で、ケイは鎧を含めた装備を解除した。

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