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1-03

塩の採取を終え、ずっしりと重くなった土嚢袋を前に、隊長は腕を組んで言った。


「よし、予定通りだな。マルス、帰りのルートは問題ないか?」


隊長の問いかけに、丸眼鏡の奥の冷たい目をわずかに光らせ、地図士のマルスは丁寧に答えた。


「はい、隊長。採取地点から安全地帯までは、往路と同じ渓谷エリアを通ります。特にルートの変更点や、新たな危険は確認されておりません。地図も最新のものを携行しておりますので、ご安心ください」


地図士マルス。 絵に描いたようなステレオタイプの地図士らしく、とても几帳面であり、必要以上の話は全然しない。事実、喋れと言われた時以外は無言だ。ケイはこの先輩のことは掴みかねていた。


「よし。では、積み込みを手伝ってくれ」


隊長の指示で、採取した塩の入った土嚢袋を、一台の手押し車に積み込む作業が始まった。重い袋を持ち上げるのは容易ではないが、全員で協力すれば、さほど時間を要しない。


「ケイ、お前とマルスで、この手押し車を頼む」


隊長がそう指示し、ケイはマルスと共に手押し車の前ハンドルを握った。手に、ずっしりとした重さが伝わってくる。


「それでは、私が前を、ケイさんが後ろを担当いたします」


マルスは、まるで今日の天気予報を告げるかのように、平坦な声でそう言った。


「わかりました」


ケイは短く返事をした。マルスとの共同作業は、開始直後から、周囲の空気に奇妙な緊張感を生み出した。彼の周囲だけ、温度がわずかに低いのではないかと錯覚するほどだ。


手押し車を押しながら、狭い渓谷の道を戻っていく。前を歩くマルスは、まるであらかじめ設定された機械のように、正確な歩幅で足を進める。「右に五センチメートル」「そちらの石を踏むと、足元が不安定になります」と、情報としては正しいものであるものの、人間的な温かみを一切感じさせない指示を出す。


しばらく沈黙が続いた後、マルスが唐突に口を開いた。


「……ケイさん。今回の任務は、あなたにとって、貴重な経験となったのではないでしょうか」


それは、彼にしては珍しく、ケイ個人に向けられた、任務に関する感想のようなものだった。


「ええ、本当に。色々と、勉強させていただきました」


ケイが慎重に答えると、マルスは丸眼鏡の奥の冷たい目を、ほんのわずかに、ケイの方へ向けた。


「そうですか。新人は、なるべく早くに実戦を経験し、自分の目で危険を認識することが肝要です。座学で得られる知識だけでは、現実には到底及びませんから」


その言葉には、「私が以前から知っている基本的な事実を、あなたはやっと理解できたのですね」という、冷淡ながらも隠された優越感が、ケイの敏感な心には感じ取れた。


さらに歩を進めるうち、小さな水たまりが、道の中央にできていた。


「ケイさん。こちらは、深さを測りかねますので、右を慎重に通過するのが正しい判断でしょう」


マルスの指示に従おうとしたケイだったが、その瞬間、前の車輪が、小さな石にわずかに引っかかり、手押し車のバランスがわずかに傾いた。


「あっ……」


思わず短い声を漏らしたケイに、マルスは振り返り、丸眼鏡の奥の目を、一瞬だけ大きくしたように見えた。


「ケイさん。集中してください。そのような初歩的な障害物で、容易にバランスを崩すようでは、今後、より困難な状況に直面した際、容易に対処することは期待薄でしょう」


「申し訳ありません」と、ほとんど聞こえないほどの声で謝罪するのが精一杯だった。


重い沈黙が、二人の間に支配的になる。手押し車の重い音だけが、早い夜の静寂を、より一層際立たせる。ケイは、前を歩くマルスの、完全に微動だにしない冷たい背中を見つめながら、彼との間に存在する、透明ながらも決して縮まることのない心理的な距離を、改めて悟っていた。この冷たい地図士の冷たい理性 の奥底には、一体何が存在しているのだろうか。そして、いつか、ケイは彼の冷たい殻を打ち破り、真の意味でのコミュニケーションを取ることができるのだろうか。


塩の詰まった手押し車は、ケイとマルスの気まずい静寂の中を、安全な地帯へと、重く、そして静かに、 進んでいくのだった。


その時、前を歩いていたマルスが、突然足を止めた。彼は何かを探すように、あるいは確認するように、ケイの手元に視線を落とした。


数秒の沈黙の後、マルスは躊躇いつつも口を開いた。


「……ケイさん。少し、手を見せていただけますか」


唐突な彼の言葉に、ケイは驚きながらも、右手の手袋を軽く外した。手のひらには、手押し車のハンドルで擦れた、わずかな赤みが残っている。


マルスはケイの手を無言で見つめた。その丸眼鏡の奥で、かすかに表情が揺らいだように見えた。そして、何も言わずに、背負っていたポーチから、小さなチューブを取り出した。その中から半透明なクリームを、ケイの手のひらに注意深く塗り始めた。


「これは……?」


ケイが疑問を投げかけると、マルスは彼の行為を止めずに、平坦な声で答えた。


「皮膚保護クリームです。手押し車のハンドルで擦れたのでしょう。放置すると、炎症を起こす可能性があります」


その説明は、極めて事務的であり、彼の顔には何の感情も見られない。しかし、彼の行為そのものは、ケイを気遣う優しさの 明らかな現れ だった。


「……ありがとうございます」


ケイは、短く礼を言った。マルスの予期しない 行動に、彼は言葉を失っていた。あの冷たいマルスが、自分の手で彼の手にクリームを塗ってくれるとは、想像もしていなかった。


クリームを塗り終えると、マルスは何も言わずにチューブをポーチに戻し、再び手押し車の前ハンドルを握った。まるで、何もなかったかのように、歩き始める。


ケイは、塗られたクリームの、わずかな冷たい感触を感じながら、マルスの背中を見つめていた。


◇◇◇


迷宮都市の堅牢な壁が見えてきた時、ケイは心の中で小さく息をついた。日帰りの任務だったはずだが、魔物との遭遇、塩の採取、そしてマルスとの奇妙な共同作業を経て、まるで数日間の長い遠征だったかのように、ひどく長く感じられた。


宿舎の前広場に到着すると、隊長は手慣れた様子で手押し車から塩の入った土嚢袋を下ろし始めた。他の隊員たちもそれに続き、あっという間に広場の一角に白い山が築かれる。


「よし、お前ら、ご苦労さんだったな」


隊長は全員の顔を見回しながら、短くそう言った。しかし、その表情には、いつもよりもいくらか真剣さ が漂っている。


「短いブリーフィングを済ませる。隊長室に集まれ」


隊長の言葉に従い、ケイ・パトリック・マルスの3人は、ぞろぞろと宿舎の中へと入っていく。


隊長室は、小さいながらも機能的な空間 だった。中央のテーブルの上には、かなり正確になった迷宮の広域マップが広げられ、隊長はそれを 注意深く見下ろしている。


「今日の任務は、予定通り完了した。塩の回収、ご苦労だった。次の任務について、事前の通達をしておく」


隊長の言葉に、室内の空気がピンと張り詰めた。


「次は、七夜にわたる 短期遠征となる。目標地点は、同様だが、散策班・討伐班・採掘班・運搬班の4班にての活動で、我々は散策班となる。」


隊長の言葉に、ケイはわずかな動揺が走った。


「出発は明後日、つまり二日間の休養を挟んでからとなる。今日はよく体を休め、明日に隊長室 にて、詳細なブリーフィングを行う。各自、必要な装備の点検と準備を怠るな」


隊長の短い指示 が終わると、解散となった。隊長はマルスに短い目配せをした。二人は、ケイとパトリックが退出した後も、隊長室の中で待機のようだ。何か特別な話し合いがあるのだろうか。


自室に戻ったケイは、 重い体をベッドに投げ出した。今日の出来事を思い返すと、まるで遠い昔のことのように感じられる。初陣の緊張、リザードマンとの戦い、そして、塩田。様々な出来事が、彼の脳裏を駆け巡った。


ケイは、ベッドから 重い体 を起こし、自室を出た。向かう先は、 訓練広場 だ。まだ夕方の光が残る広場には、数人の騎士や見習い騎士が、 訓練 に励んでいた。その中に、 明るい髪のパトリックの姿を見つけたケイは、彼の元へと駆け寄った。


「パトリックさん」


ケイの 予期しない呼びかけに、パトリックは訓練の手を止め、不思議そうに振り返った。


「お、どうしたんだ、ケイ?」


「あの……もしよかったら、少し、稽古をつけてもらえませんか?」


ケイの 真剣な表情に、パトリックは少しも笑う様子もなく、 驚くべきそうに目を丸くした。


「剣の稽古? お前、隊長に頼めよ。」


ケイは、一瞬言葉に詰まったが、すぐに 正直 な気持ちを打ち明けた。


「えっと……その……隊長は、お忙しいだろうと思って……それに、パトリックさんの今日の戦いを見て、凄いと思ったんです。あの、砂を使った牽制とか、魔法を使うタイミングとか……色々、教えていただきたくて」


ケイの言葉に、パトリックの顔に、以前の明るい笑顔が戻ってきた。


「なるほどな!。俺の卓越した戦闘センスに、気づいたか! よし、いいぜ。訓練に付き合ってやるよ。」


「お願いします!」


ケイは、深呼吸を一つ置いて、腰の鞘に手をかけた。意識を集中させ、魔力をゆっくりと流し込む。訓練用の刃潰しされた刃を出すためだ。ケイの想いに応じて、騎士剣は鈍い光を帯びて、漆黒の刀身がその姿を現した。刃渡りはおよそ七十センチほど。研ぎ澄まされた鋼の輝きはなく、どこかマットな、吸い込まれるような黒色をしている。


パトリックは、すでに訓練用に切り替えた騎士剣を構えていた。にこやかな笑顔は変わらないが、その目に、ケイの成長を見極めようとする真剣な光が宿っている。


「いつでも来いよ、ケイ!」


パトリックの言葉を合図に、ケイは大地を蹴り上げた。見習いの訓練で教わった通り、全身のバランスを意識し、最小限の動きで剣を前へ突き出す。


「おっ!」


パトリックは、ケイの予期しない速さに、わずかに目を見開いた。剣で軽く受け止めようとしたが、ケイの剣には、見た目以上の重さがあった。金属的な打撃音が、訓練ホールに響く。


(意外とやるな、ケイ!)


パトリックは、内心でケイの剣技に感心していた。普通の新人であれば、この時期はまだ動きも不器用で、力任せに剣を振るうことが多いが、ケイは基礎の動きが安定しており、最小限の努力で的確に剣を繰り出している。


二人の訓練用の剣が、速いテンポでぶつかり合う。金属的な打撃音が絶え間なく訓練ホールに響き、訓練を見守る他の騎士や見習い騎士たちの注目を集めていた。一方的な展開ではなく、ケイもしばしば反撃を仕掛け、互角な展開を見せている。


しかし、さすがに経験豊富なパトリックの方が、動きの洗練さや、剣術の幅で勝っている。徐々にケイの動きを見切り始め、軽いフェイントを交えながら、ケイの体勢を崩しにかかる。


「知ってると思うがな」


パトリックは、訓練用の剣でケイの剣を受け止めながら、穏やかな声で話し始めた。


「俺たちの騎士剣は、刃を魔力によって作っているんだ。この剣そのものには、実はほとんど切れ味がない」


そう言うと、パトリックは訓練用の剣の刃先で、訓練ホールの床を撫でて見せた。金属的な音はするものの、床には傷一つついていない。


「子供は夢見がちでな、『魔法の剣でズバッと!』とか思ってるんだろうが、魔法でなんでもできるわけじゃないんだ」


パトリックは、訓練用の剣を鞘に収めると、手のひらをケイに向けた。


「魔法には、大きく分けて四つの主要な原理がある」


彼は、指を一本ずつ折り曲げながら説明する。


「一つ目は『浸透』だ。物体に魔力を通す。魔力抵抗が多い物体に通すと、振動したり、熱を持ったりする。例えば、この訓練用の剣に魔力を集中させて浸透させると……」


パトリックが手のひらに意識を集中させると、訓練用の剣の表面が、かすかに赤色を帯び始めた。触れてはいないが、おそらく振動もしているだろう。


「二つ目は『生成』。騎士剣の刃の部分のように、魔力で物体を整形する。簡単な形なら、俺たちでも容易に作れるが、複雑な形になると、魔導回路が必要になる。他にも」


パトリックは、再び訓練用の剣を抜き、ケイに見せる。


「大隊長が使っている槍とかは、全て魔力で構成されている。あれは、迷宮産の高品質な魔導回路によるものだ」


彼は、訓練用の剣の刃先をケイに近づけた。ケイが集中して見ると、訓練用の剣の刃の部分が、以前よりもいくらか鮮明に、そして細い光を帯びているように見えた。


「三つ目は『射出』。魔力の塊を放出する。射出用の特殊なチップがあれば、魔力弾丸を撃ち出すこともできる」


パトリックは、手のひらを再びケイに向け、今度は指の先に、小さな光の塊を作り出した。それは、脈打つように明滅している。


「そして、最後が『変換』。魔力を火や水といった、別のエネルギーの形に変換する」


パトリックは、手のひらの光の塊に、さらに意識を集中させた。すると、光が赤色を増し、わずかに熱を帯び始める。しかし、すぐにパトリックは魔法を解除した。


「子供はよく、『剣から炎を出す』なんて夢を見ているがな。あれをやろうとすると、『浸透』で剣に魔力を通し、『変換』で炎のエネルギーに変換、『射出』でそれを放出、という最小限三つの工程が必要になる。実戦でそんな時間はない。全く使えないと言っていい」


パトリックは、訓練用の剣を鞘に収め、ケイに向かって説明した。


「一方で、『属性剣』自体は存在する。あれは、高レベルな魔法使いや、特殊な魔導具を使うことで、剣に恒久的に属性効果を付与したものだ」


彼は、ケイの持つ騎士剣を指さした。


「お前の騎士剣も、一見すると『浸透』と『生成』の二つの工程を経ているように見えるだろう?だが、実際は、この柄の部分に組み込まれた小さな魔導回路の力で、浸透の工程は殆どなく、誰にでも簡単に刃を作り出せるようになっているんだ」


パトリックは、ケイの騎士剣の柄を指で軽く叩いた。


「つまり、俺たちの騎士剣は、剣そのものの切れ味じゃなくて、魔力で生成された『刃』の切れ味で戦うってわけだ」


パトリックは、再び訓練用の剣を構え、にやりと笑った。


「さあ、理論的な話は終わりだ。実際的な応用を試してみようぜ、ケイ!」




◇◇◇




パトリックは、訓練用の剣を構えたまま、左手を前に突き出した。すると、彼の前に、淡い光を帯びた半透明な円盾が、突然現れた。それは、訓練用の剣と同じように、魔力で形成されているのだろう。


「さあ、盾も加えて、もう一度やってみるか、ケイ!」


パトリックのニヤケ顔を見た瞬間、ケイはわずかに警戒した。パトリックのこの顔にいい思い出はない。


パトリックは、その盾を前に構え、素早くケイに迫ってきた。盾は、ケイの訓練用の剣の軌道を容易に防ぎ、その裏側で、ケイの体勢を崩しにかかる。


(速い!盾があるだけで、こんなにも動きが変わるのか!)


ケイは、パトリックの怒涛のような攻めに、瞬時に押し込まれた。剣と盾の連携は、想像以上に滑らかで、ケイは防御に回るのが精一杯だった。


「くっ!」


パトリックの訓練用の剣が、ケイの訓練用の剣を弾き、その開いた胴体を狙う。ケイは、慌てて左手で盾を展開しようと試みた。魔力を集中させ、イメージを固める。しかし、パトリックの連撃は絶え間なく繰り出され、ケイはうまく集中することができない。魔力は散逸し、盾の形を形作ることなく、ケイの周囲で淡く揺らめくばかりだった。


その隙を見逃さなかったパトリックは、盾を再び前に突き出し、その側面で、ケイの脇腹を強烈に殴りつけた。


「ぐっ!」


ケイは、予期しない衝撃に、呼吸を詰まらせ、体が大きく揺れた。訓練用とはいえ、盾での打撃は相当な威力があった。


「よし、一旦仕切り直しだ!」


パトリックは盾を解除し、ケイから距離を置いた。ケイは、荒い呼吸を整えながら、打ち込まれた脇腹を摩った。盾を展開できなかった自分の弱さに、ケイは歯痒さを感じていた。


「盾を出して戦ってみます」


ケイはそう告げ、再び魔力を集中させた。今度は、パトリックの攻撃がない穏やかな状態で、慎重に盾のイメージを構築する。ケイの手元に半透明な円盾が現れた。


「よし、それで来い!」


パトリックは、再び訓練用の剣を構え、ケイに向かって突進してきた。盾を前に構えるケイだったが、動きがぎこちない。剣と盾の連携も、うまくいかない。パトリックは、その隙を容易に見抜き、盾の裏側や側面を効果的に使いながら、ケイを追い詰めていく。


ケイが盾の扱いに苦戦していると、パトリックは突然、左の手のひらをケイに向けた。


「油断するなよ、ケイ!」


その警告の直後、パトリックの手のひらから、小さな光の塊が素早く放出された。それは、ケイの顔面を目掛け、魔力の塊が飛んでくる。


「うわっ!」


ケイは、予期しない魔法攻撃に、咄嗟に顔を背けたが、光の塊はケイの額を直撃した。


「ぐえっ!」


ケイは、額に感じられる衝撃によろめき、後ろに仰け反った。視界が一瞬白く霞む。


その隙を逃さず、パトリックは一気に距離を詰め、ケイの訓練用の剣に自分の訓練用の剣を絡ませた。二人の剣は鍔迫り合いの状態になる。


「これはどうする?」


パトリックは、穏やかな声でそう言いながら、剣に力を込める。ケイは、必死に自分の剣で対抗するが、徐々に押し込まれていく。


(くそっ、このままじゃ……!)


その瞬間、ケイは最後の希望に賭け、訓練用の剣に全身の魔力を集中させ、『浸透』の魔法を発動させた。ケイの剣から、目に見えない微細な振動が生まれ、パトリックの訓練用の剣を伝わって、彼の手に伝わっていく。


「おっ」


パトリックは、予期しない感覚に顔を歪めた。剣を握る手が、痺れるような、掻き毟られるような感覚に襲われる。堪らず、パトリックは剣を手放してしまった。


しかし、その次の瞬間、パトリックは左手に魔力を浸透させ、ケイの盾を強烈に殴りつけた。


「がっ……!」


ケイは、盾越しとはいえ、顔に直接的な衝撃を受け、意識が急激に遠のいていくのを感じた。訓練ホールの床に、力なく倒れ伏す。ケイの意識は、暗闇の中へと吸い込まれていった。


◇◇◇


青い空がぼやけて見える。パトリックが不安そうな顔で座っていた。


「あ、気が付いたか、ケイ」


パトリックは、ケイが目を開けたのに気づき、安堵の表情を浮かべた。


「すみません……俺としたことが、少しやりすぎたか」


ケイは、まだ頭がぼんやりとしていたが、状況を理解しようと努めた。最後に覚えているのは、パトリックの盾で顔を殴られた感触だった。


「パトリックさん……俺……」


「ああ、大丈夫だ。少し気絶しただけだ」


パトリックは、申し訳なさそうに笑った。


「やっぱりお前は、サブの装備はない方がいいだろう。今日色々試してみたが、俺の戦い方とケイの闘い方では乖離が多い。」


パトリックの予期しない提案に、ケイは奇妙そうに首を傾げた。


「どういう意味ですか?」


「お前は剣のセンスは本当にいい。盾なしの動きはキレがある。だが、盾を持つと、動きが鈍くなるし、集中も散逸するように見えた。さっきも、何回か盾を出そうとしてたけど、うまくいってなかったろ」


パトリックは、真剣な眼差しでケイを見つめた。


「実戦で使える魔法は、『浸透』くらいじゃないか?『生成』で盾出すのも戦闘中は無理だろうし、『射出』『変換』に至っては、準備すらできなかった。今日、お前が最後にやった『浸透』は、なかなか良かったぜ」


「……浸透、ですか」


正直戦闘に向いている魔法とは言い難い。


「浸透勁といって、拳に浸透の魔力を纏わせることで、相手の内部にダメージを与えるとか、相手の武器を振動させて武器を破壊するとか、できることはあるだろ」


「そんな達人みたいなこと言われましても」


無茶を言っている自覚があるのか、パトリックはそっぽを向いた。


「まあ、新人で俺と打ち合えるだけ、剣使えるんだから隊長に習えば、かなりいいとこまで行くと思うぜ。逆に俺は剣はそこまでだったから、こうやって小細工を覚えてるわけで」


(十分強いんだけどなぁ)


「少し頭冷やして、もう一線やっとくか?」


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