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1-11

なだらかな丘の斜面を登り、目的地の巨大な石柱へと無事に到着した。


石柱の根元は、周囲よりもわずかに開けており、十数名が休憩できる程度のスペースがある。隊長はここで野営することを決め、早速準備に取り掛かるよう指示を出した。明日の採掘作業を含め、複数日この遺跡地帯で活動するため、しっかりと拠点を作る必要がある。


パトリックは周囲の警戒を引き続き担当し、隊長は荷物を下ろして明日の採掘予定地の詳細な地形確認に取り掛かった。マルスは背負っていた大きな荷物から、野営用の天幕を取り出し始めた。


「ケイ、悪いが、マルスと一緒に薪を拾ってきてくれるか。少し多めに頼む。それに、周囲の安全確認も兼ねてな」


隊長に指示され、ケイは頷いた。今日の長距離移動と戦闘で体は疲れていたが、まだ動ける。


「分かりました」


ケイが答えると、マルスは天幕を広げる手を止め、振り返った。


「行きましょう、ケイ」


マルスはいつも通りの事務的な口調だったが、その丸眼鏡の奥の瞳に、わずかに人待ち顔のようなものが見えた気がした。ここ数日でやっと、マルスという人間がつかめてきたような気がした。


ケイは自分のリュックを下ろし、マルスと共に石柱のそばから廃村の方へと歩き出した。



石柱の根元を離れると、再び廃村のような場所が視界に広がってくる。土に埋もれた建物の残骸や、朽ちた木材、割れた陶器の破片などが散乱している。この辺りに薪になりそうなものはあるだろうか。


「薪と言っても、燃やせるものなら何でもいい。乾燥した木材や、燃えやすい枯れ草でも構わない」


マルスが説明する。自然の木々も生えている為、そこから薪を拾うこともできるが、このように人工的な建造物の跡地では、建材だったであろう木材が朽ちて残っていることも多い。


「こういった場所では、無理に森に入るより、地面に落ちているものを集める方が安全だ」


マルスは周囲を見渡し、朽ちた木材の破片をいくつか拾い上げた。ケイもそれに倣い、地面に転がっている、流木のような風合いになった木片を探し始める。湿気を含んでいるものもあるが、中には乾燥して軽くなっているものもある。


歩きながら、ケイは足元に注意を払った。今日の昼間、盤星が潜んでいたのは塩田だったが、この廃村のような場所にもいる可能性は否定できない。


そして、案の定、いくつかの場所で足元の土がわずかに盛り上がっているのを見つけた。


「……盤星か」


ケイは小さく呟き、足元の盛り上がりをブーツで踏み潰した。パキッという乾いた音と共に、地面に緑色の血が広がる。マルスも気づいていたようで、無言で近くの盤星を踏み潰した。


「どこにでもいるんですね、こいつら」


ケイが言うと、マルスは淡々と答えた。


「変遷で出現するエリアにもよりますが、盤星は水辺に近い場所では大抵見かけますよ」


そういえば、塩田も水辺だった。この廃村のような場所も、かつては海岸線に近かったのだろうか。それにしては、ずいぶん内陸にあるように見えるが……。


ケイは、足元の盤星を踏み潰しながら、ふと沸いた疑問をマルスにぶつけた。


「魔物も、よく分からないですよね」


足元で潰した盤星の緑色の血を見る。


「生態系っていうか……こいつら、何を食べて生きてるんですかね? 共食いとかするんでしょうか?」


ケイは、異世界の魔物の生態について、漠然とした疑問を抱いていた。彼らは、人間以外の生物を捕食するのだろうか。それとも、魔物同士で捕食し合うのだろうか。


マルスは、ケイの質問に、少し考えるような素振りを見せた後、答えた。


「……分かりません。魔物の生態については、まだほとんど解明されていませんから」


マルスは、薪になりそうな枯れ木を拾い上げながら続けた。


「ただ……彼らは『魔物』です。私たちが知っている生物とは、根本的に異なる存在ではないでしょうか」


「根本的に異なる、ですか」


「ええ。というか、私は、魔物を人間や都市内部の生き物と同じような発想をしているケイさんの方がよっぽど不思議です。」


「そうですか?」


「では、なぜ人を襲うのでしょうか?」


ケイは虚をつかれたように、押し黙った。


「都市内部にいる、ネズミや猫は特にわかりやすいと思いますが、彼らは自分より大きい生き物に襲いかかることは殆どありません。生命活動が脅かされる時はともかく」


マルスは、そこで言葉を区切った。


「ですが、魔物は違います。盤星なんていい例でしょう。手のひら程度の大きさの生き物が、わざわざ人間の方に歩いてきて襲いかかるのですよ」


言われてみればそうだ。


「リザードマンならともかく、あれらが、我々人間を捕食することは考えにくいと思います」


「確かにそうですね」


完全に論破されて、ケイは意気消沈してしまった。


「まあ、仮に何かを食べているとしたとしても、何を食べて、どのように繁殖し、普段何をしているかなんて、あまり興味はないですね。」


マルスの言葉は、どこか突き放したような響きがあったが、同時に、迷宮という未知の存在に対する、この世界の一般的な認識を示しているようにも思えた。


「……それも、そうですね」


ケイは、マルスの言葉を受け流すように呟いた。確かに、魔物は人間とは全く異なる存在だ。人間の常識で彼らを理解しようとするのは、無理があるのかもしれない。


「ですが、その検討が全く意味のないものではないかと思います」


「えっ」


「手のひらを返すようで申し訳ないのですが、わかりやすい事実だけが重要ではないとも私は思っています」


マルスは面をあげて、腰を少し叩いていた。


「ケイさんは「谷」って詳細な地図が必要だと思いますか?」


「ええっと、道としてはあんまり使いませんよね。水場があるかもしれないので、水場のチェックくらいはするかもですけど」


「そうですね。騎士としては満点の回答かと思います。しかし、地図を読み解くのであれば、判明している谷の場所は全て押さえておく必要があります」


ケイは首を傾げた。


「例えば雨が降ったとしましょう。普段川になっていない部分が川になるとしたら、それは谷の部分に他なりません。水によって地形が削れているということなので」


マルスは雑草の生えていない場所に、短い木の枝で図を描いてくれた。


「更にもしかしたら、土砂崩れが起こるかもしれません。そうした際は、例えそこが平地であっても、谷や崖の下流を通るのは非常に危険ですよね」


「なるほど。確かにそうですね」


「このように、一見役に立たないような考察に関しても、見方や条件を変えて考えると非常に重要な要素の可能性があります。従って、ケイさんの魔物への考察が一概に無駄とは、私は思いませんね」


「はぁ。ありがとうございます」


マルスは伝えるべきことは伝えたと言わんばかりに、再び枝を拾い始めた。


ケイも再び地面に目を向け、薪になりそうな流木のようなものを探した。手で拾い上げた木片は、軽くて乾燥しており、燃えやすそうだった。リュックに詰め込みながら、ケイはマルスとの会話の内容を反芻した。


マルスは、黙々と薪を集め続けていたが、ふと、薪を拾うケイの背中をじっと見た。その丸眼鏡の奥の瞳に宿る光は、何を考えているのか、ケイには分からなかった。ただ、その視線には、何かを探るような、あるいは観察するような、強い意志が感じられた。


ケイは、マルスの視線に気づかないふりをして、薪拾いを続けた。



集めた薪が、抱えきれないほどになった頃、マルスが声をかけた。


「これくらいで十分でしょう。キャンプ地に戻りましょう」


「はい」


ケイは頷き、抱えきれないほどの薪を抱えながら、マルスの後について石柱の根元へと戻り始めた。夕暮れの光が、廃村のような場所と丘の上の巨大な石柱に、長い影を落としている。



◇◇◇



集めてきた薪を抱え、ケイとマルスは巨大な石柱の根元にあるキャンプ地に戻った。


隊長は地形図と睨めっこしており、パトリックは変わらず周囲を警戒している。


運び込んだ薪を、隊長が指定した場所――岩で囲ってある簡易的な炉の中へと積み上げた。流木のような、風雨に晒されて白っぽくなった木材が多く、中にはねじくれた奇妙な形をしたものもある。


マルスは、持ってきた火口と火打ち石を取り出し、手際よく焚き火を始めた。乾燥した枯れ草を詰め、火花を散らすと、すぐに炎が燃え移る。炎はゆっくりと薪へと広がり、パチパチと音を立て始めた。


炎が安定してくると、集めてきた薪から、そこそこ煙が立ち上った。完全に乾燥しきっていないためか、あるいは朽ちた部分が多いためか、白い煙がゆらゆらと空に昇っていく。風向きによっては、この煙が周囲に広がってしまうかもしれない。


(迷宮の魔物には、火や煙の匂いに反応するものもいるのだろうか)


薪の奥はすでに赤熱しており、熾火になるのも時間の問題だろう。そんな中、パトリックが焚き火のそばにやってきて、炎を眺めながら言った。


「おう、良い火じゃねぇか。これで今夜は暖かく過ごせそうだ」


「このくらいで十分でしょうか」


「多分足りるんじゃねえか?目算だと4日くらいはいけそうだ。多分滞在日数的にもそのくらいあれば十分だろ」


そう言いながら、パトリックは積まれた薪を足で軽く蹴る。朽ちた木材が崩れ、土埃が舞う。


「しかし、この薪、泥が結構ついてたなぁ。洗うわけにもいかんし、まあ、燃えればいいか」


パトリックの言葉に、ケイは頷いた。確かに、廃村のような地面に落ちていたものばかりだったから、泥や土が付着しているのは当然だ。


隊長が地形図から顔を上げた。日が完全に沈み、巨大なコアの淡い光が、周囲をぼんやりと照らしている。夜が始まろうとしている。


「よし。今日の作業はこれで終わりだ。後は夕食の準備をして、順番に休息を取る」


隊長は立ち上がり、軽く伸びをした。一日の長距離移動と、予期せぬ戦闘の疲労が、隊長の顔にも滲んでいる。


「今夜はここに野営するから、交代で寝ずの番が必要になる」


隊長は、自然な流れで寝ずの番の話へと移った。迷宮での野営において、夜間の警戒は最も重要な任務の一つだ。いつ魔物が襲ってくるか分からない。


「担当だが……どうする。四人いるから、二時間ずつで回すか」


隊長はそう提案し、具体的な順番を口にした。


「ケイ、マルス、パトリック、そして俺。この順番でどうだ?」


隊長の提案に、ケイは頷こうとした。体力的に一番きついのは隊長だろうが、経験の浅い自分が最初の番を担当するのは妥当だ。


しかし、パトリックが異を唱えた。


「いや、隊長。その順番はちょっと待った」


パトリックは、真剣な表情で隊長を見つめた。


「隊長は昨日の夜、上級騎士様の相手で、あんまり寝れてないでしょう」


パトリックの言葉に、隊長は少し驚いた顔をした。昨夜のブリーフィングの後、隊長は他の騎士たちと遅くまで話し合っていたことを、パトリックは見ていたのだろう。


「それに、マルスも地形確認の打ち合わせで、遅くまで起きてたはずだ」


パトリックの言葉に、マルスも無言で頷いた。隊長とマルスは、明日の採掘予定地の詳細や、共有された安全地帯の情報について、夜遅くまで話し合っていたに違いない。迷宮探索における地図士と隊長の連携は、非常に重要だ。


「だから、今夜の寝ずの番は、俺とケイの二人でやりますよ」


パトリックの提案に、ケイは思わずパトリックを見た。


「お前たち二人でか? それは、負担が大きいだろう」


隊長が心配そうに言った。


パトリックは、いつもの軽薄な笑みを浮かべた。


「まあ、俺は体力には自信ありますんでね。それに、ケイだって、昨日よく寝させてもらったおかげで、今日はピンピンしてるでしょう?」


確かに、昨夜はエリア境界の安全地帯で、久しぶりにぐっすり眠ることができた。


「はい!俺、昨日はよく寝させてもらったんで、頑張れます!」


ケイは、パトリックの気遣いに応えるように、力強く言った。昨夜の休息は、今日の長距離移動と戦闘を乗り切る大きな力になった。安全地帯で爆睡していた時に起こされなかった優しさを思い出すと、自分にできることは何でもしたいと思った。


隊長は、ケイとパトリックの顔を交互に見つめた。そして、しばらく考え込んだ後、ふっと息を吐き出した。


「……分かった。では、今夜はパトリックとケイに甘えさせてもらう」


隊長は、二人に深く頭を下げた。


「感謝する」


「いやいや、隊長。休める時に休むのがいいんすよ」


パトリックはそう言って、隊長の肩を叩いた。


マルスも、無言で隊長とパトリックに軽く頭を下げた。彼は言葉数が少ないが、その行動には感謝の気持ちが込められているのが分かった。


「では、パトリックとケイは、夕食後、最初の番についてくれ。俺とマルスは、先に休ませてもらう」


隊長の指示により、今夜の寝ずの番は、ケイとパトリックの二人が担当することになった。一人あたり四時間、あるいは状況によってはそれ以上の時間、夜間の警戒にあたる必要がある。それは決して楽な任務ではない。


焚き火の炎が、夜闇の中で暖かく燃えている。煙は相変わらず立ち上っているが、風に乗って空へと消えていく。遠くで、魔物の鳴き声が聞こえるような気がしたが、ここでは安全だ。


そんなことを考えていたら、ケイの腹の虫が派手に鳴いた。


「まあとりあえず、飯にするか」


隊長のフォローはケイにはあまり嬉しくなかった。


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