ライブ・スタート
重金属酸性雨降りしきるコンクリートジャングル。その片隅の路地裏を、大戦中の化学防毒部隊めいたマスクの少女が一人、駆けていた。耐重金属酸性雨パーカーのフードを目深に被り、耳に付けたヘッドホンからはネンブツめいたBGM。今は亡き親友が教えてくれた、異国のアーティストグループの曲だった。
親友を想う。
仇は討った。だが心は、頭上に立ち込める黒雲のように暗い。
終わった。
もう、何もなくなってしまった。
心に暗く、深い穴が空いたようだ。埋めていた復讐心が消えた今、そこにはただ虚空が広がっている。
インガオホー……これは、罰なのだろうか?ほんの一時でも、志乃にあの子を重ねた罪への。
頸部に貼ったダクトテープから血が滲むたび、傷口がずきずきと疼いた。
ハジメは大通りの手前で足を止めた。
人通りは少ない。ふと横を見ると、今は使われていないメトロへの地下階段が口を開けている。
……ダンジョンの入り口だ。
近づくと、横の詰所から守衛らしき中年男性が訝しげな目線を向けた。守衛はすぐに目線を落とす。雑誌か何かを読んでいるのだろう。
その時、ヘッドホン越しにハジメのニンジャ聴覚が異常な音を捉えた。
「……ぁぁぁぁ!!……ゃだ!!たす……ーー〜〜っ!!」
ダンジョンの中からだ。きっと今、誰かが死んだのだ。配信者だろうか?
ハジメはダンジョンに近づいた。
ダンジョンは、暗く深く、底が知れない。その奥にあるのは、死だ。
自嘲する。
自分と同じだ。今すぐここに潜り、携帯端末で生配信を始めるのもいいかもしれない。ニンジャ攻略配信だ。拡散されたゲリラ配信映像は多くのリスナーを呼び、そしてその全員が目にするのだ。無価値な自分の命が潰える様を。
きっと志乃はそれを悲しみ、そして喜ぶだろう。でも、あの子は……
「……!」
唐突に思い出した。
心中の虚空。憎悪と復讐心に覆われ、そこに埋もれていた記憶。
あの子の、最後の言葉。
『生きて……』
ハジメは、呆然と立ち尽くした。マスクの下、頬を酸性雨ではない液体が伝っていた。
混乱する思考が感情に追い付き、やっと理解した。
終わったのではなく、始まったのだ。
ハジメは踵を返し、暗い穴に背を向けた。
■
守衛が再び顔を上げた時、ハジメの姿はもうなかった。
ハジメの立っていた場所。そこに垂れていた血の跡も雨に溶け、やがて見えなくなった。
私は、『ニンジャスレイヤー』の世界観や設定を参考に、偶然これを執筆しています。
『ニンジャスレイヤー』原作、派生作品とは無関係。