82.星を纏う少女
「これも違った.....」
トルマリンが気まずそうに頬をかく。
戦闘中とは思えない程軽い言動。
明らかな隙。こちらをこれっぽっちも警戒していない。
事実、アレクスが何をやろうとも、トルマリンには通じない。
ーだが、動かない事が最も悪手だ。
アレクスは、内から湧き出る恐怖を押さえつけ、炎をトルマリンに向けて放つ。
自分の魔法は結界になんの影響も与えない、つまり結界を傷付けないように気を使う必要も無い。
牽制の炎で時間を稼いでいる内に、アレクスの背後に大量の魔法陣が浮かび上がる。
トルマリンは炎を軽々と躱し、アレクスを見る。
アレクスの本気の魔法陣を見てもその表情が変わることは無い。
「はぁ、しょうがない、先にこっちから何とかするかー、勇者が帰ってくるまで、あと30分くらいかなぁ」
トルマリンが右手を横へ突き出す。
その動きに呼応するように、大きく、複雑な魔法陣が展開される。
ものすごい速さで展開された七色の魔法陣。
壁にもたれかかったメーガンが驚愕に目を見開く。
「そんな....転移魔法をたった1人で.....」
「転移魔法?!逃げる気か!」
アレクスが叫ぶ。
「逃げる?なんで?」
トルマリンはそう言って、虹色の魔法陣に拳を叩きつける。
魔法陣はガラスの割れたような音を出し、粉々に割れ、宙を舞う。
割れた魔法陣の欠片は不思議な軌道を描いて、トルマリンの身体にまとわりついていく。
壊れた魔法陣は、その模様も相まってまるで星座の欠片の様になって舞っている。
アレクスはその神秘的な光景に目を奪われてー
自分の魔法陣が完成した気配で目を覚ました。
そして、慌てて完成した魔法を放つ。
赤より赤い、真紅の炎が、星を纏う少女目掛けて放たれる。
炎がトルマリンに到達する直前、女の姿は音も立てずに消える。
消えたトルマリンはアレクスの背後へ現れ、右足でアレクスを蹴りつける。
アレクスはそれをかろうじて剣で受け止め、反撃。
しようとするが、そこにはもう女は居ない。
「後ろ!」
メーガンの声に反応し前方へ回避すると、頭の上を女の足が駆け抜けた。
(転移魔法をこんな連続で...)
転移魔法は通常異なる色の魔力を持つ魔法使いが時間を掛け作り上げ、決まった場所から、決まった場所へ飛ぶ魔法だ。
このように狭い空間を自由自在に動ける魔法では無いはずだった。
アレクスは急いで後ろを振り向くが女の姿はもう見えない。
(化け物め!)
アレクスは心の中で叫ぶが、決して焦りを表情には出さない。
「キャッ」
一瞬、メーガンの叫び声が聞こえ、アレクスはメーガンの方へ目を向ける。
「メーガン!」
しかしそこには誰も居ない。
今、洞窟にいるのはアレクスだけになった。
(転移したのか、メーガンと一緒に!)
「クソ!」
アレクスは鬼の形相で地面に剣を叩きつける。
(落ち着け! もうメーガンは助からない、次は俺だ、今の内に対策を....)
「罠の一つや二つは仕掛けてあると思ったけど.....」
洞窟の入り口の方から、魔法の気配と共に声が響く。
「要らない心配だったみたい」
(速すぎる?!)
薄ら笑いを浮かべながらゆっくりとトルマリンが歩く。
「クソがァァァァ」
アレクスは地面に手をつけ魔法を発動する。
足元から吹き出す炎。
その炎は洞窟を埋め尽くす程の大火となってトルマリンとアレクスを包み込む。
「あっつ」
トルマリンは一言、そう言い残し洞窟を去った。
一方アレクスは魔法の手を緩めない。
魔法を消せば何処からでもあの女は襲いかかってくる、そう思うと魔法を解除出来なかった。
しかし、アレクスの炎はアレクスの肌を焼き続けている。
魔力も長時間は持たない。
(いや、洞窟全部を埋め尽くす必要は無い、炎は自分の周りだけで....いきなり現れても反応できる距離で...)
アレクスは結界の方へ走り、背中を銀色の結界につける。
そして、体を中心に3m、地面に火をつける。
これで、前だけ見ていればいいし、いきなり目の前に現れる事も無いはずだ。
「考えたね、でも暑そうだけど大丈夫?」
いつの間にか、洞窟の入り口の方にいた女の声が響く。
「勇者が来るまで30分、だっけ?それなら楽勝だ」
アレクスは不敵に笑う。
「いいね、でも、私にも飛び道具はあるんだよ」
トルマリンの前に魔法陣が浮かび上がる。
魔法陣からは七つの尖った石。 その石はそれぞれ異なる色に輝いている。
その七つの石が不思議な軌道を描き、アレクスへ向かって飛んで行く。
アレクスは真紅の炎を放ち、これを迎撃。
真紅の炎は七つの石の魔力を喰らい尽くして消える。
(よし!この距離の魔法対決ならこっちが有利だ)
そのままアレクスは真紅の火球をトルマリンに向け連続で放つ。
トルマリンは消えたり現れたりを繰り返し火球を回避する。
トルマリンは軽々と回避しているが、その顔には少し焦りが見える。
「本当に、厄介な魔法.....どうしよ...」
火球を回避しながら、トルマリンはアレクスの方を見る。
浮かぶ魔法陣から少しでも情報を読み取ろうとー
「あっ」
トルマリンが気の抜けた声と共にその場に立ち尽くす。
回避を辞めたトルマリンに火球が直撃し、身に纏う魔法を燃やしていく。
「私、貴方の魔法の弱点、知ってるんだった.....」
トルマリンの魔力が変化していく。
虹色の光が色も認識できない程に輝きを増していく。
「う、嘘だろ....まさか...」
アレクスが呆然と呟く。
真っ白な光はやがて仄かな虹色の光を放ち、まるでダイヤモンドの様にキラキラと輝く。
「銀の魔力....」
誰にも聞こえない程小さな声が、アレクスから漏れ出る。
銀色の輝きが落ち着き、視界が晴れ、現れたのは銀色の髪のトルマリン。
今、この島に3人目の勇者が顕現した。




