72.精霊に愛された男
師匠に師事して1年が経った頃。
クレイは頭を悩ませながら、村から少し離れた森へ入る。
森を少し進むと、少し開けた場所に辿り着く。
開けているが、それは自然にできたものではない。
木が何本も無理矢理へし折られ、幾つかの木の幹には魔法陣が刻まれている。
そんな場所の中心で、赤毛の少年が一人、剣を振る。
ここはアレクスの訓練場兼、クレイの秘密基地であった。
「おはよ」
秘密基地に入ってすぐ、アレクスに声を掛けるが、返事は帰って来ない。
彼はピクリともせずに剣を振り続けている。
「今日師匠から最後の課題が出るんだよ、それが終われば俺も1人前の鍛冶師に認められるんだって」
クレイは倒れた木の幹に器用に寝っ転がる。
「そしたらアレクスの剣も造ってあげるよ」
相変わらず、アレクスは答えない。
「おーい、聞こえてるんだろ?今振ってるその剣のお金まだ払って貰ってないの忘れてないぞー」
そう言うと、アレクスか振り返る。
「は?これは、練習で作ったやつだから無料でいいって言ってたろ」
「ああ、そうだった」
「それでさー最後の課題ってどんなのだと思う?」
「はぁ、知るかよ」
「おーい、お前の剣もかかってるんだぞ、真剣に考えてよ」
「はぁ」
アレクスは、ため息をついて、剣を足元に置いた。
「少し調べたが、あの男の最終課題に1年で辿り着くのは異例らしい」
アレクスは隣に座り、魔法で水を生成し飲む。
「お前なら大丈夫だろ、早く俺の剣を持ってこい」
なんて不器用な励ましだ....だけど、少し心が軽くなった。
ーーーーーーーーー
工房へ着くと、早速師匠の部屋へ呼び出された。
ーおお、遂にか、頑張れよ
ー相談ならなんでも言えよ、師匠の最終課題容赦ねぇから
先輩達からの激励を受け、胸が熱くなる。
師匠の部屋への前で涙を拭いた後、部屋をノックした。
「師匠、クレイです」
そう言って部屋の中に入る。
「おお、きたか」
師匠は壁に取り付けられた金庫を開き、そこから海底のように深い青色を帯びた鉱石を取り出した。
「これで武器を作れ」
「え、あ、はい」
いきなりで、変な返事になってしまった。
「質問は?」
「えーと、種類はなんでもいいんですか?」
「ああ」
「合格基準は?」
「俺が認める物を作れ」
「はい...」
ーーーーーーーーー
青い鉱石を持ち、森に戻る。
歩きながら、どんな武器を作るか、この鉱石はなんなのか、色々考えたが、何も思いつかなかった。
こうゆう悩んだ時は、あの森に行くのが1番だ。
森に戻ってくると、まだ、アレクスは剣を振っていた。
「それが最終課題か」
アレクスは、俺の手に乗っている鉱石を見てそう言った。
「うん」
「これが何か知ってる?」
アレクスは物知りだ、何かヒントを貰えるかもしれない。
「ああ、グラダリウムだ」
「え?これが?」
グラダリウム、聞いた事がある。
深海のモンスターから採れる素材で、比重が高く、加工しにくい。
鍛冶師が一流かそうでないかは、グラタリウムを渡せば分かる。と言われる程有名な素材だ。
冷たくて、重い。
この鉱石を見ていると、なんだか頭がすーと冷静になる。
ーーーーーーー
あれから数日、沢山の兄弟子達にアドバイスを受けたり、図書館でグラダニウムについて調べ、ようやく武器の作成に取り掛かった。
鉱石を炉に投げ込み、熱を通し、槌を叩く。
鍛錬を繰り返し、強度を高める。
その度、意識が深く、素材に入りこんでいき、まるでその鉱物と一体になった様な感覚を覚える。
そうすれば、この鉱石の最適な形がわかってくる。
刃は片刃の方がいい、もっと薄く、お前の本領は切れ味だ。もう少し延ばせるって?そうか。
それはまるで素材との会話。
いつか師匠が剣と会話していたが、今なら師匠の言っていることが分かる。
自分の成長を感じ、自然と口角が上がった。
製作を初めて数日間、寝も食べもせずに、鍛治を続けた。
兄弟子達が心配して話し掛けるが、クレイには届かなかった。
刀が完成したのは、深夜だった。
「できた」
その刀は、まるで深海のように深く、暗い青色を帯びていた。
刃文は静かに波打ち、光を受けるたびに水面のようにゆらめく輝きを放つ。
目を凝らせば刃の奥に淡く揺れる光の筋が見える――それはまるで、太陽の光を反射する海のようだった。
そんな刀を見て、やり切った顔で、その場で寝た。
ーーー
「おい、起きろ!」
師匠の荒々しい声で、目を冷ます。
「こんな所で寝るなよ、、」
「あ、おはようございます」
「ああ、それでこれが?」
師匠は、台の上に乗せられた刀を拾いあげる。
「はい!」
「これは....凄まじいな...............宿るかもしれんな、精霊が」
何時になく真剣な表情で師匠が呟く。
そんな師匠の様子に、合格の手応えを感じた。
ガラガラと、工房のドアが開かれる。
兄弟子、姉弟子が入って来る時間だ。
「おはようございまーす、もしかして、できたんですか?」
面倒見のいい兄弟子が嬉しそうな顔で師匠に話し掛ける。
「ああ、いい出来だ、見てみろ」
師匠が、兄弟子に刀を渡す。
「刀ですか...これは凄いですね」
兄弟子が、よくやったと、頭を撫でてくれた。
ーあれは、誰が悪かったんだろうか、いや、タイミングが悪かったとしか言えないものだったんだ。
刀を作った後、すぐ寝なければ、師匠がもっと早く来てくれれば、兄弟子達がこんな時間に来なければ。
ーあの刀に精霊が宿るのが、もう少し遅ければ…
「私にも見せてくださいよー」
姉弟子が刀を受け取る。
「うわー、凄い、斬って見ていいですか?」
「そうだね、ちょっと俺の事斬ってみてくれ」
そんな会話の後、姉弟子が兄弟子をバッサリと斬り捨てた。
「え?」
俺も師匠も、一瞬、何が起きた分からなかった。
そして、姉弟子が恍惚した顔で、また違う弟子へ切りかかる。
今まさに斬りかかられようとしている、弟子は喜んでその刃を受け入れた。
物が乱雑に置かれた工房が、一瞬で血に染った。
「な?!辞めろ!」
師匠が姉弟子の手を掴み、刀を奪う。
「クソ!こんなタイミングでよりによってこんな精霊が宿るなんて!」
師匠のこんなに焦った声は初めて聞いた。
「おはようございますー」
次から次へ、師匠の弟子が入ってくる。
そして、師匠の握る刀を見て、何かに取り憑かれたように近づいてくる。
彼等は、足元の死体をものともしない。
「ししょぉーその刀で俺の事斬ってくださいよぉ」
師匠は急いで、近場にあった布で刀を隠し、クレイに渡す。
「クレイ、そいつを持って逃げろ」
「え?」
まだ、分からない、なんでこんな事になってるのか。
師匠が何を言っているのか。
「クソ!」
師匠は、クレイの体を持ち上げ、窓に向かってぶん投げる。
「がハッ」
「あんた、大丈夫?」
村の道にぶん投げられたクレイを、人の良さそうなおばさんが、心配そうな表情で話し掛ける。
「うっ、師匠、なんで...」
ハラりと、刀を覆い隠していた布がはだけ、刃が剥き出しになる。
「その刀」
おばさんは刀を見て呟く。
「あ....」
気づいた時にはもう、遅かった。
おばさんの目が虚ろになり、無理矢理刀を奪おうとする。
反射的に刀を奪われないよう必死にしがみつくと、おばさんはその刃を直接手で掴み引っ張る。
すると、ピッとおばさんの手が切断された。
「あ、ああ...」
おばさんは、嬉しそうに地面に落ちた指を見ている。
そんなおばさんの表情に、これまでに感じたことの無い恐怖を感じた。




