67.我々は他人と同じようになるために、自己の4分の1を捨てねばならない。
今思えば、俺は大嘘つきだ。
他人に嘘をついても罪悪感を感じる事なんてなかったし、あまり嘘がバレた事も無かった....と思う。
そんな俺が前世で1番嘘をついた相手は、自分だった。
日本、前世で俺が住んでいた国は集団主義の国だった。
個人より集団、和を以て貴しと為す、出る杭は打たれる。
みんなで足並み揃えて歩こうという国だ。
オニキスはそんな考え方が好きでは無かった。
もちろん、みんな仲良く和気あいあいと生きる事自体は実に正しい事だと思っている。
外に出て、吸殻の1つも落ちていない治安の良い街を見れば、ああ、この国に生まれてよかったと思うことが出来る。
ただ、集団主義ではよく人が死んだ。
中学時代、隣のクラスの人がイジメで自殺した。
死ぬ前、あの子は空気が読めないみたいな陰口をオニキスも耳にしたことがあった。
少し大人になった頃、芸能人が誹謗中傷で亡くなった。
その人は確かにいい人ではなかったけど、殺される程の人ではないと思った。
コロナが流行った時期は酷かった。
飲食店への嫌がらせや、県外ナンバーの車を傷つけてる人なんて人もいた。
この時にオニキスは人に迷惑をかけるのは何よりも悪い事なのかもしれないと洗脳された。
このように、日本人は悪い人、集団の和を乱す者には何をしてもいいと思っている人が多い、集団に属していると気が大きくなる人の性質も上手く作用しているのであろう。
人間のいい所は、色々な性格の人物がいることだと思っているオニキスの考えは、全ての人が常識人であれば世界は平和だという、日本人の考えがとことん合わなかった。
俺はそんな国が嫌いだと感じながら、そのルール、マナーに則って生きてきた。
本当は周りと同じ生き方なんてクソ喰らえだと思ってるし、他人に迷惑かけることに何も感じないのに。
けど、オニキスはそんな個人主義を心の奥に沈め、表面的には自分も集団主義だと嘘をついて過ごした。
そうしなければ、次に集団から排除されるのは自分だからだ。
だが、こんなオニキスにも転機が訪れる。
天才に会った。
コロナも落ち着いた高校2年、クラスに海外から転校生が来た。
彼はただそこにいるだけで圧倒される美貌の持ち主だった、黄金色の髪と目を持つそのイケメンにクラスメイトはただ圧倒されるばかりで、歓迎もできなかった。
かくいうオニキスも、最初はいけ好かない人だと思った。
彼の特異性はそれだけではなかった、母親が有名な画家らしく、彼自身もまた、輝かしい功績を持っ画家であった。
そんな少女漫画に出てくるような人間に、最初はクラスメイト達も面白がって沢山話しかけた。
しかし彼はそんな有象無象の声なんて聞こうともせず跳ねのけて見せた。
オニキスの学校そこそこ有名な進学校であり、中にはイギリス英語まで話せる人もちらほらいたので言語の壁という問題ではなかった。
そもそも彼は日本語を話せたので、明らかに周りに興味が無いだけだった。
そんな彼を見て、オニキスは羨ましいと思うと同時に、心配になった。
彼は明らかに輪を乱す側の人間。
動物の群れが足でまといを切り捨てるように、彼も排除される、と思っていた。
きっかけは美術の授業で描いた彼の絵だった。
ただ目の前の花瓶を描くだけの授業。
ただ、それだけの絵に、オニキス含め、クラスメイト達は息を飲んだ。
まるで白黒写真のような絵を、普通のシャーペンと消しゴムだけで描いて見せたのだ。
それはたったの30分の存在証明、完璧な実存主義だった。
彼の絵はすぐ学校中に広がった、クラスメイトだけでなく、校長先生まで見に来て、彼を褒め称えた。
こうなればもう、ただの高校生にはどうすることもできない。
気づけば彼の陰口を言えば逆に自分が輪を乱す者だと言われる状況になった。
自らの圧倒的才覚で周りを押し潰す彼に憧れ、オニキスも少し素直に生きる様になった。
結果は20歳という若さで死ぬという、他人から見れば不幸なものだったのだが。
ーーーーーーー
「生まれ変わったとしたら、あの時だろうな」
オニキスがなにかを懐かしむような目で窓の外を眺める。
「どの時ですか?」
相変わらず感情のない声で、もう一人の天才が話しかける。
「教えなーい、次は何する?てか、アミィってポーカーめっちゃ強そうだよね」
「ええ、よくわかりましたね、私の研究費用の殆どはポーカーで稼いだお金です」
「マジかよ.....汚ぇ金じゃん」
オニキスは複雑そうな顔で自らの黒い剣を見る。
「神経衰弱も勝てないだろうし....スピードやろうぜ!」
机に乱雑に置かれたカードを拾い集める。
「オニキスさん、何か忘れてませんか?」
「ん?なんも忘れてないよ?」
「罰ゲーム」
「....忘れてなかったか」
オニキスは仕方なく黒い液体をコップに注ぐ。
ほんの少し粘り気のある液体がとくとくと、一升瓶から流れた。
匂いは、無い。
「命、捨てます」
オニキスが液体を一気に仰ぐ。
すぐに、喉から鼻へ、生ゴミのような匂いが突き刺さり、すぐに胃がその謎の液体を吐き戻そうと動き始める。
急激に喉をせり上がってくる内容物を、吐かないように両手を口を抑えると、その液体は喉を通り越し、鼻へ、脳へ。
もう味なんて分からない。
段々と狭まっていく視界。
どんどん部屋が暗くなっていく。
必死に目を見開いても、その明るさが変わることは無かった。
(こ、しぬ)
「あ、オニキスさん、解毒剤がもうありません」
喜びも、心配も無い、それでいて透き通るような声が苦悶の隙間を縫ってオニキスの耳に届く。
それは無意識な反射的な行動だった。
オニキスは必死に頭を床に打ち付け、この醜い顔をアミィに見られないように必死に隠す。
「こ、ふぉゅ」
返事をしようとして漏れ出す声はなんとも耳障りな音だった。
(ああ、きもちぃ)
めのまえが まっくらに なった!




