17.主人公
この世界の歴史には度々、銀色の剣を持ち、その銀色の光で世界を救った英雄が現れる。
国を滅ぼしたドラゴンを倒したり。
国を疫病から救ったり。
邪神を倒したなんて話もある。
後の世でその者達は勇者と呼ばれた。彼等のお話はこの世界の者なら皆、子供の頃に何度も聞かされる。
勇敢で優秀、正義の体現者、誰にも負けないヒーロー、勇者に対する世間のイメージはこんな感じだ。
そして新たに、魔王が現れると同時に銀色の男の子が誕生した。
たった一度の戦闘で世界に混乱や恐怖を与えた最恐の魔王。
彼を倒す、そのために彼が産まれたと皆が思った。
歴代で最も期待された勇者、シルバー
それがこのゲームの主人公である。
オニキスはシルバーが握っているその剣を見る。
聖剣、選ばれた者にしか扱えない、世界で最も有名な剣。
神聖な気配の漂うその剣には細やかな彫刻が施され、中央には透き通り光を乱反射する宝石のようなものが見える。
刃は滑らかで一目見ただけでその切れ味の高さが伺え、オニキスはもしあれが自分の肌に触れたら、と想像してしまい少し渋い顔になる。
(武器に見た目は関係ないとか言ったやつ誰だよ、勝てる気しねぇよ)
「ルールはさっきと同じでいい?」
「いいよ」
オニキスが周りの変化に気づき見渡す。
ーさっきのルールって何?
ー相手の体に傷をつけたら勝ちだって
ーえ?!それって難しくない?勝負になるの?
ー..私たちレベルなら、勝負にならないでしょうね
いつの間にかクラスメイトは全員観客になっている。
この瞬間だった、この物語がもうゲームとは別物だとオニキスが感じたのは。
(ごめんね、俺が楽しみたいから、ゲームの通りには進まないよ)
かつて観客だったオニキスは前を向く。
シルバーから銀色の粒子がヒラヒラと舞い、聖剣が淡く光る。
キラキラと輝くその魔力はまるで夜空に光る星のようだ。
その星に観客は魅了されている。
オニキスは目を瞑り集中する。
体の重要な器官に魔力が流れないように、丁寧に魔力を通し、体を強化していく。
黒い魔力がオニキスの体に纏わりつく、怪しく光る星のせいか、その魔力から発せられる強い威圧感のせいか、観客はその魔力から目を離せなくなる。
皆、いつ爆発するか分からない爆弾を見るような目でオニキスをみる。
「そんなに俺が魅力的?
悪いけど誰か開始の合図をやってもらえる?」
オニキスがニコニコで近くの観客に話しかける。
「私がやりますよ」
アミィが舞台に上がる。
「準備はいいですか?」
2人が頷く。
「よーい、スタート!」
両者が光を撒き散らしながら剣をぶつけ合う。
金属のぶつかり合う耳障りな音が周囲に響き渡る。
そして、目にも止まらぬスピードで2人の間で剣戟が交わされていく。
シルバーはオニキスの剣を受け流し、躱す。
オニキスは少しだけ上回っている身体強化を押し付けるように力で押していく。
息もつく暇もなく、幾度も繰り返される剣戟に観客は魅入られていた。
早い剣、力強い剣の音、まるですり抜けるかのように躱される剣、見てるだけで息が詰まりそうになる攻防、なのに両者に傷がつくことは無い。
観客が次第に熱を帯びていく。
(ほぼ互角かよ、リスクなしでそんな力が使えるなんて羨ましいな)
「疲れたね、一息入れよう」
余裕そうな顔を保ちながらオニキスは魔力を散布する。
オニキスとメーガンの試合を見ていたシルバーはその魔力を警戒し、距離を取った。
散布された魔力はいくつかの塊になりシルバーを追う。
シルバーは慎重に魔力でガードした聖剣で黒い魔力を振り払った。
(やっぱり聖剣に俺の魔力は流せないか)
聖剣は選ばれた者にしか従わない。歴代でこの剣を扱えた勇者達は皆、銀色の魔力を持っていた。
つまり聖剣は銀色の魔力しか受け入れない。そのため黒の魔力が流れない。
「まじでその剣なにでできてんの?」
オニキスの問いかけは届かない。彼はオニキスの一挙手一投足を見逃さないように集中している。
(安堵が見えない)
「聖剣には効かなかったけど、本体はどうかな?」
オニキスの周りにビー玉サイズに纏められた魔力が無数に浮かぶ。
シルバーはその隙を見逃せない。
シルバーがオニキスに接近しようと走る、が足が止まる。
同じタイミングでオニキスがシルバーへ接近を始めたからだ。
シルバーがオニキスの攻撃を受け止める。
続いて黒い魔力の塊が勇者を襲う。
シルバーが銀色の魔力で作った簡単な盾を作りこれを防ぐ。
オニキスの魔力に触れた銀色の盾が、黒く染まっていく。
「もーらい」
オニキスが白黒の盾を鷲掴みにし勇者に叩きつける。
盾が粉々に砕け、シルバーがゴロゴロと転がっていく。
オニキスはシルバーに傷が無い事を確認してまた、ビー玉を飛ばす。
(ここからはもう詰めだ、聖剣はまだかな?)
黒魔力を避けながらオニキスの剣を受け止める。
次第にオニキスの剣がシルバーを捉えるようになり、シルバーの硬い魔法の鎧と火花を散らす。
そろそろ観客も察し始めた、勇者にこれ以上手はないと。
勇者に負けの気配を感じ泣きそうな者もいる。
観客の熱は冷め、嫌な空気が流れる。
聖剣の能力を知ってる人を除いて。
聖剣が輝きを増し始めた。