千年狼
我々四人が正門へ着くとそこは地獄と化していた。
黒い牙の災厄と評されるナイトメアウルフが5体。それぞれブラックウルフ30体ほどを指揮し、完璧な連携を披露する一方、ダークエルフは突然の強襲とナイトメアウルフを一頭討伐していたことが招いた油断により、指揮系統が完全に崩壊している。
「ジークはゴブリン近衛を率いて住民の保護を優先せよ。ルースラは私と来い。ちょうどいい経験値稼ぎになるだろう、シズはナイトメアウルフを倒せる実力があるとはいえ一人で突っ走り過ぎだ。奴を死なせては今回のもう一つの要求も無意味になってしまう」
「承知いたしました閣下。ゴブリン近衛隊!!住民を族長邸宅周辺に集めて防御を固めるぞ!我々の任務は死なせず、死なずだ!!」
「アドルフ閣下、私は種族の王の末裔とはいえ、所詮はただのゴブリン。アドルフ閣下の速度に追いつけるとは思いませぬ。ジークと共に住民の防衛に専念した方が…」
「ならん。短期的な目線で危険を顧みると統治者として優秀とは言えんぞ」
「…承知いたしました」
と言ってもひとまずは急ぐものでもない。まずは観察と状況の整理からだ。
吸魔族の兵士たちは徐々に落ち着きを取り戻し、部隊を即座に再編成し、ブラックウルフ共に対抗している。しかし、ナイトメアウルフの対処はほぼできていない。というよりもただの武器や属性魔法ではナイトメアウルフの硬い毛皮を貫通させることができず、一方でナイトメアウルフは恐ろしい速度でダークエルフたちをかみ砕き、このままではジリ貧と言わざるを得ない。
しかし、実際のところ場は拮抗状態にある。それは間違いなくシズの異常な強さだ。ブラックウルフを物ともせず、ナイトメアウルフと互角以上に渡り合っている。連携が取れたならまず間違いなく現状の戦力のみで言えば勝つのはダークエルフ側だろう。
「シズは恐らくあのまま動かして問題ないだろう。まずは正門前の死守のために兵隊に加勢するぞ」
シズは現在、四体のナイトメアウルフの小隊を相手取っているおかげで、一体のナイトメアウルフに専念できているダークエルフたちをゴブリン近衛隊の避難活動の加勢とシズの加勢両方に人員を割ければ勝利は固い。
「さて、見ていろルースラ。私なりの吸血鬼の戦い方を…」
吸血族の戦い方は自身の爪や牙を使い、鎧や皮膚を切り裂いて、血液玉によるオートの血液回収で半永久的に戦いを続ける長期戦を最も得意とするらしいが私が目をつけたのはそこではない。
吸血鬼の速度、血液玉の自由度はこの地に降り立った初日の研究である程度操作可能だ。
「ヴラド一族は一般の吸血族に比べても血液の操作技術が実に高い水準で可能だったそうだ」
私は血液玉から少量分離させ、拳銃の形を作った手の先にセットする。
「血の弾丸」
指先から射出された血の弾丸はナイトメアウルフに最も近い位置にいたブラックウルフの身体を貫通する。
「所詮は畜生、逃げるという判断をしなかった時点で貴様の負けだナイトメアウルフ」
ブラックウルフの体内には私が操作していた血液が少量混じっている。ブラックウルフはもはや私の血液玉と何ら変わらん。
「鮮血の薔薇」
ブラックウルフの皮膚を血が引き裂き、ナイトメアウルフや周囲のブラックウルフを串刺しにする。
「た、助かった…」
「負傷者の手当急げ!」
「住民の避難を急ぐぞ!」
どうやら私が指示を出さずとも彼らは柔軟に対応している様子だ。
「ルースラよ、戦い方というのは常に進化する。自身の持てる力をどう活用するかというのはすべて自分次第だ。誇り高いのは悪いこととは言わんが誇りは命を懸けるほどのものではない」
「ゴブリンの誇り…正面からの真剣勝負のことですか」
多くは語らない。自分で思考をやめてしまえばそれは支配者の姿ではないからだ。ルースラにはそれを今から養ってもらわねばならん。
「…クソ!殺しても殺してもキリがない!隙さえあれば魔法をぶち込んでやるのに、イメージを広げる間を確実に狙って潰してくる…。これほどの知能はナイトメアウルフと言えどこれほどの作戦を立案する知能は持ち得ないはず…それにナイトメアウルフは本来縄張り意識の強い魔物…。何故そのナイトメアウルフが徒党を組んでるのよ…!!」
シズを取り囲むブラックウルフはいつの間にか二百を超えていた。
「こっちがブラックウルフを一体殺している間に十体は増えてる…。隙さえあればこんな狼如きに…!!」
シズが目の前のブラックウルフに目を向けていると、その背後から六体目のナイトメアウルフが現れ、シズの右腕を思い切りかみ砕く。
「ぐぅああああ!!!クソ!!」
シズの脳内に死がよぎり、走馬灯の中にかつての主人の姿が現れる。
「血の砲弾」
これでまずは二体か。ナイトメアウルフの動きから私という決め手の警戒が強くなっているのを感じる。先ほどのように不意打ちは不可能だろう。
「まだ右腕が潰れただけだろう、ダークエルフ。お前にはまだやってもらうことがある」
「アドルフ閣下、これほどのナイトメアウルフがいるということは、この死の行軍はまず間違いなくナイトメアウルフのものではなく…」
「ああ、言っていたな。伝承上の怪物、千年狼がいるとみて間違いないだろう」
「吸血鬼…助けてもらったことは感謝するが、千年狼がいるというのならなぜ奴は姿を現さないんだ。文字通り千年を生きた怪物。魔王や勇者であってもヴラド一族であっても踏み入ることが許されないこの大森林の中央部の魔物だぞ…。ドラゴンすらまともに討伐できないような我々ではまず相手にすらならない…。そんな化け物が何故このように配下だけを送り込んで回りくどいことをするのだ…」
「恐らくはダークエルフの中にそいつにとって自分で殺したいほど憎んでいる奴がいるか、殺してはいけないやつがいる。もしくはその両方だろう、そいつが現れない限りその真意はわからんがな」
ビリっと空気がひりつき始め、生命としての本能が千年狼が現れたことを察知した。
「どこだ…!!」
気が付くと正門にいたナイトメアウルフはすべて私たちの背後を取っていた。
「しまったな、挟撃か。ダークエルフ、ルースラ、お前たちはブラックウルフの相手をしろ。三体のナイトメアウルフ如き、私の相手ではない。千年狼のために温存できるものはすべて温存しなければならん…」
「吸血鬼、アンタに従うのは不服だけど、この腕じゃどのみちナイトメアウルフの相手はできない。任せるわよ。ルースラ、数秒だけでいい。私にこの狼共を近づけさせないで」
「私もジークに戦闘訓練をしてもらってますから、むしろ詠唱が終わるまでに全部狩り尽くしてしまいますよ」
こういう時にこの地獄耳は中々に役立つな、どうやらアズは魔法の詠唱をしているようだ。詠唱は本来イメージの補助のために行うらしいが、時間がかかり、相手によっては詠唱そのものが手の内を明かすことになる。
しかし、詠唱をすることによって発生する魔法は成功率が非常に高く、出力が強化されるために詠唱は広く普及した…。魔法技術の発展とその歴史という論文に書いてあったな。
「ありがとう、ルースラ。おかげで私たちの勝ちよ。レベル3深淵魔法【首狩り処刑人】」
ルースラが30体ほど殺したころに残りのブラックウルフの目の前に一瞬だけ死神のような影が現れ、それがすべてのブラックウルフの首を切り落としていった…。魔法はレベル9まで存在すると聞くが、3でこれほど凶悪ならば火薬などいらないわけだ。
「さて、よそ見をしてすまんな、こちらもぼちぼちやらねばならん。恐らく学習能力の高いお前ら狼は先ほどのような挙動をすればすぐに回避を行うだろう。ならばあのダークエルフのように一気に殲滅できるだけのイメージがあれば…」
私の脳内には魔法というイメージがない、すべては兵器由来のものだ。私生まれた時代には様々な娯楽があったがそれはすべて中流階級以上のものに向けられたものであり、私はファンタジーに触れてこなかったため、あの世界に実在したもののみが私のイメージを作っている。
「あぁ、そういえばあったな。フランス王国の終末を彩った処刑器具が。借りるぞ、ダークエルフ。お前の魔法を」
イメージは完璧だ。私も何度か使ったことがある。
「レベル3深淵魔法【首狩り処刑人】だったか?」
私のイメージはギロチンだ。逃げることなどできないだろう。
「き、吸血鬼、魔法が使えたのね…。というより、私の魔法をそのままコピーしたようね…。ナイトメアウルフを一度で殲滅してしまうほどの出力…あなた一人で全部片付いてしまいそうだけど」
「それは支配者のやり方ではない。国家はすべて一人で回るということはありえない、私一人ですべてを成すというのは私の望みではないのだよ」
一際大きな遠吠えの後に背後、正門に巨大な気配が忍び寄る。
「おでましか…」
「ニンゲン、いいやお前は吸血鬼だな。ワタシの下の息子たちを殺したお前をこの牙の餌食にしてもよいが…お前たちにかまっている暇はない。ワタシの息子たちが相手をする。先ほどと同じようにはいかん、五百年を生きた狼はヴラドをも喰らう存在だ」
先ほどよりも一回りは大きく、3mはありそうなナイトメアウルフ3体とそれの二倍ほどの大きさの右前足のない個体、それが千年狼。
「何を言っている、お前はルナ・ブラド様の配下が一人、深淵のシズが決して…!!」
目の前から巨大な千年狼が消える。同時に族長ハールのいるツリーハウスから破壊音が聞こえる。
「なっ…!吸血鬼、ここは任せた!!お爺様が危ない…!」
「……まったく、忙しないやつだ。ルースラ、ひとまずはこの狼共の相手だ。三分以内に片づけるぞ」
「はい!」