接触
族長ハールの死から三日間、吸魔族の負傷兵の手当や破壊された門の修理等、死の行軍の被害を計算して、書類を作成、人員の割り振りなどの管理を新たなる族長シズの緊急の補佐役という名目で休むことなくほぼすべて私が指示を出していた。
シズは恐らく吸魔族伝統の宗教儀式、死者の魂を鎮める舞踊やその準備に奔走していた。
シズはかつて、まだルナ・ヴラドという名の吸血族に身を捧げる前は神子として素晴らしい才覚を持っていたそうだ。
…本来であればシズの母親が神子となり、父親が族長を引き継いでいたがその両方が吸血族戦争にて戦死したとか。
「ふぅ、これでようやく一息つけるな」
吸血族となったこの身体は人間の頃よりも疲労を感じづらく、成長した吸血族なら一か月休みなく動くことも可能らしいが、私はまだこの身体を得てから日が浅い。さすがに疲れたな。
「総統閣下、さすがにお疲れでしょう。彼らも自主性が非常に高い種族だ。あとは時間と共に先の戦いの傷跡は修復されていきます。ここらで一度休みませんか?」
「…これはジークか。ダークエルフの衛兵達との合同訓練は終わったのか?」
「今日の訓練は先ほど終わりました。再編成された直後だというのに彼らの団結はやはり荒まじい。私が彼らを指揮できたならばその団結力を最大限活かしたいところですな」
ふとジークの右手に目をやると大きな革袋が目に入る。
「それは…酒か?随分と好きなんだな。ダークエルフの酒が」
「総統閣下もゴブリンの麦芽酒よりもダークエルフの葡萄酒がお好きでしょう?これは吸魔族達から閣下に感謝の品として渡されたものです。私はまだ一口も口をつけていないことを誓いますよ。どうです?私と一杯、亡きハール氏に向けて」
「それならば前族長の自宅、その客間を使わせていただこう。彼も初対面の我々と飲むほど酒が好きだったようだからな」
死霊や魂、ましてや神などというものを私は信じるつもりはないが、水を差すのは無粋というものだ。
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「やはりこれからはこの大森林を抜けて他国に我々の存在を示していかなければなりませんな!!」
「そのとおりだジーク!!そのためにも今は自分たちの身を守れるほどの剣が必要になる!!」
アドルフとジークは酒に呑まれながらこれからの自分たちの行く末を議論していた。
実際は非現実的なことであっても酒の場ではその幻想すべてが目の前の友人のようにリアルだった。
「私は閣下の将軍となり、大軍を率いて見せましょう!!ゴブリン近衛隊長は少数精鋭でなくても完璧に動かせることを証明して見せますぞ!!」
「ならば私はその大軍の武器を全く新しいものに一新して見せよう!!それに対応できるのかジークフリート将軍閣下よ!!」
二人は次第に大口をたたき合い、旧友のように幻想の会話を楽しんでいた。
「…あぁ、吞みすぎたな。それなりに酔いが回ってきた。ジーク、お前もそろそろ就寝の準備を…」
アドルフがジークの方へ視線を移そうとする。
しかし、その視線の先にジークが現れることはなかった。
…ここはあの自称神と会った場所か。
白い世界。何もない空間には元の老いぼれの私と、そして…
「自称神。何の用だ?貴様のせいで酔いが醒めた。最悪な気分だ」
「我は微かに期待していたのだ。お前はあの世界で友人ができれば、お前のうつろな心に友愛が芽生えるのではないかと」
腹が立つな、まるですべてを知った気でいるこのふざけた傲慢な存在に。
「貴様の猜疑心と憎悪に塗れた不愉快な胸中を覗くのは二度とごめんだ。なので私の質問に答えてもらうことにした」
それで、お前の質問に「はいそうです」と答えるほど私はお前に友好的じゃないのだが。
「お前の記憶を隅から隅まで一度見たからわかるが、お前は答えるさ。絶対に」
…相変わらず面倒な自称神だが、あながち間違いでもないだろう。その質問が終わればこんな気色の悪い場所から解放するという条件をつけさせてもらう。
「いいだろう、もとよりこちらもそのつもりだ。まず一つ、お前はジークや族長ハールについてどのような関係だと感じていた」
「…ジークは私の眷属、部下であり友人と言えるだろう。何度か酒を呑み交わした仲ではあるからな。前族長ハールについては、対等な友人になりえた可能性はあるだろうが、結果論から言えばそうはならなかった。奴はその前に死んだからな」
「では、族長ハールが死んだとき、何を想った?」
「お前が求めるような考えは一度も頭をよぎることはなかったな」
自称神は眉間にしわを寄せて、すこし悩んだようなしぐさを行って再び口を開く。
「…では、族長ハールが死んだときのお前の言葉は真実か?」
何を言ったか、ああそうそう。たしか吸魔族の尊厳を取り戻すように尽力すると誓ったな。
「真実だ」
「お前はやはり気持ち悪いな、何も思っていない相手に今忘れかけていたような誓いを真実だと?それが心の底からの言葉だから尚気持ちが悪い」
「貴様が質問に答えろといったのだろう。早く私をここから元いた場所に返すんだ」
「お前にはやはり地獄のような苦痛がお似合いだな」
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「…閣下?いきなり俯いて黙り込むとはどうしたのですか?…閣下?」
アドルフはその顔面を怒りに歪め、正に鬼のような表情を浮かべていた。
「あの自称神、やはり、殺さなくては気が済まん」




