回復魔法とは
世界には絶対というものがある。例えば形あるものはいずれ壊れるということ、例えば人はすべての人に愛されることができないということ。たとえば…
「私の望みは果たされた…。狼としてはあまりにも長い年月を過ごしてきたが、それもすべて今日この日のためだった…」
レーヴェは目を瞑り、ハールを殺した感触を味わう。
「…殺す。殺す。お前を…私が…!!この手で!!」
シズはもはや動いてはならないほどの怪我を、魔法で強制的に動かして立ち上がる。
「シズよ、お前の怒りは理解できる。しかしな、それは無知故の怒りだ。千年前の吸血鬼戦争、そのすべてを私は覚えている。お前に教えなければなるまい…何故本来負けるはずのなかったヴラド一族が敗北し、皆殺しにあったのかを」
レーヴェの言葉を遮るように赤い砲弾がレーヴェの右眼を掠める。
「避けたか。完全な奇襲だというのにそれほどの反応速度は見事だ」
「吸血鬼…!!」
レーヴェは私の登場に怒りで顔を歪める。恐らく先ほどのナイトメアウルフをすべて殺したのだと思っているのだろう。実際はルースラとジーク、血液玉で作った私の分身でなんとか拮抗状態を作っているにすぎないのだが。
「力量差がわからないのか、吸血鬼よ。瞬き程度の時間でお前の頭蓋を嚙み砕くことなど、私にとっては造作もないことだ」
恐らくこの狼の言っていることは本当だろう、先ほどの奇襲攻撃を避けられた時点で正直言って策は潰えた。せめてもう少し持っていけたら話は違ったのだろうが。
「どけ…この狼は私の獲物だ…私の為の、私のためだけの復讐なんだ」
シズはゆっくりと狼の前まで歩いていく。
その四肢の骨はまず間違いなく折れていることが見て取れる。
「シズ、すまないがこの吸血鬼に話すわけにはいかない。私は縄張りのある深部へと帰らなければならない。少し痛くするがお前なら必ず無事に生きていられるはずだ」
狼から小さな魔法陣が形成され、詠唱なしで放たれた空気弾はシズに直撃したのだろう。再びシズは吹き飛ばされ、その華奢な体から鈍い音が響き渡る。
「吸血鬼、貴様は私にその牙を向けるか?」
狼の問いに私は首を横に振る。勝ち目のない戦いに一人で挑むほどの蛮勇を私は持ち合わせていない。
「殺さなきゃ…いけないんだ」
シズからか細い声が漏れ出る。
「ほう、その状態でもまだ意識があるのか」
「その声は…吸血鬼……お前は…認めたくはないけどルナ様よりも…圧倒的に強い…私を眷属にして…やつを殺さなきゃいけないの…」
正直このシズの復讐になどあまり興味はないが、眷属にするというのはこちらとしても利益のある話だ。
「いいだろう。しかし、あれはそれなりに時間がかかるだろう?」
「略式儀礼がある…私の血を飲んで、あなたの血を与えれば眷属にすることができるわ…」
「____個体名【深淵のシズ】へ血の譲渡が可能で螟夜Κ縺九i縺ョ繧キ繧ケ繝?Β蟷イ貂峨′逋コ逕溘@縺セ縺励◆」
「…は?」
脳内アナウンスが流れたはずがそのアナウンスが突然バグが起きたように意味のない言葉の情報が頭に流れ込んでくる。
「____ヴァルプルギスの夜が発生しました。個体名【アドルフ・ヴラド】は狂騒状態へと陥ります。一時的に個体名【■■■■■・ヴラド】の能力が加算されます」
そのアナウンスはアドルフの耳に届くことはなかった。
「血が飲みたい」という欲求にアドルフは支配されていたのだ。
「貴様ッ!!シズに何をするのだ!!」
レーヴェの怒りの声はアドルフに届くことはなく、アドルフはシズの血をじっくりと味わう。
「____ヴァルプルギスの夜に生命からの吸血を行ったため、血の譲渡の特別条件が満たされました。血の譲渡により眷属化しますか?…回答が可能ではないと判断されたため、眷属化を中止いたしま螟夜Κ縺九i縺ョ繧キ繧ケ繝?Β蟷イ貂峨′逋コ逕溘@縺セ縺励◆…眷属化が完了しました」
アドルフは目の前にあった巨大なご馳走を喰らい尽くしたいという欲望に支配される。
「あぁ…シズ、こんな紛い物の眷属にされてしまうなんて…!!」
レーヴェの顔が悲しみに歪む。
それと反対にシズは何ともなかったかのように起き上がり、その眼にはレーヴェへの殺意のみが映っていた。
「今ならきっと使える。この千年間、ずっとそばで見ていたお爺様の魔法…そのお爺様でさえ到達できなかった魔法の到達点、レベル6【終末の雷霆】」
シズの体長と同じほどの魔法陣から放たれた雷はレーヴェの身体を貫いた。
「…っく、こんなところで死ぬわけにはいかない…。ワタシは…ワタシは…!!!」
レーヴェは鼓膜が破れるほどの大きな咆哮を上げる。
「…っは!!私は何を…」
アドルフはその咆哮で目を覚ます。
「…逃げられたか」
私の分体から見える視界の中にナイトメアウルフはすべて消えていた。
襲撃はついに終わりを迎えたのだ。
「…シズ……よ………」
シズは声の聞こえた方向、祖父ハールの方へと駆け寄る。
「お爺様!!大丈夫よ、今なら魔法の出力が上がっているのを感じるの。私の回復魔法で…」
ハールはシズの言葉を遮るように天を仰ぐ。
「今ワシが使っているのがレベル5回復魔法じゃ、それでも肉体の再生はできておらん。回復魔法と言えば聞こえはいいが、その実態は生命の自然治癒が多少早くなる程度じゃ。万病や欠損を治すなんて言うのはお伽噺のお話でしかない。もし、そんなものがあるのならこの世界に医学など存在しておらんのじゃ」
シズはその言葉を否定しようとするが、ハールの言葉を否定できるほど、どうやらこの世界は単純じゃないらしい。
「シズ。お前は自分では気が付いていないかもしれないが、既に同胞は皆、お前のことを次期族長として認めておる。ダークエルフを任せたぞ…」
「…はい」
シズは悔し涙を流して手を思い切り握りこむ。
「…アドルフ閣下よ」
「…なんだ、前族長殿」
「ほっほっほ、この一時はまだ族長でございますよ。あなたのもう一つの要求、差し詰め将来必ず起こるであろう人族及び魔族との戦争に向けての協力といったところでしょう」
「…そんなところだ」
「ダークエルフの族長として、そちらの協力要請、受諾致しましょう。ダークエルフの尊厳を取り戻すため尽力していただけるのでしょう?」
「このアドルフ・ヴラドの名に懸けて約束しよう。私はゴブリンだけではなく、ダークエルフに再び繁栄と栄誉をもたらすだろう」
「ならばよし……実に、実に長い生涯じゃった」
族長ハールは静かに息絶えた。
想像を絶する苦痛があったように思うが、その死に顔は肩の荷がすべて降りたように美しかった。
「…祖父は死にました。ダークエルフの族長である私はあなたの眷属となった。私にはルナ様の仇、両親の仇、そして祖父の仇の三つがございます。これが私をこれから突き動かし続けることになるでしょう」
「そうか。その仇討ち、私がいずれ見届けてやろう。まずは襲撃によって破損した建築物と負傷者の手当が先だ。前族長は今はここにおいていけ」




