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押しかけ人魚

作者: 高城ノキ



 母は言った。

 陸には恐ろしい生き物達が沢山居ると。その中でも『鬼』には気を付けなさいと。

 彼奴等にはけして見付かったり、近付いてはいけないと。

 もし、捕まってしまったら、二度と海へは帰れないと。

 母は幼い仔達に言い聞かせた。


「―― でも、実際そんな事ありませんでしたね! 白夜様!」

「そうだね。『結婚しなければ、海へ引き摺り込むぞ!』と脅した人魚は君が初めてだよ」


 透ける様な白銀の髪。鬼の証で在る赤い眸。一見、病弱な優男にも見える彼は正真正銘の鬼だ。

 『白夜(びゃくや)』と呼ばれる彼は鬼の一族の中でも高位の存在で在り、鬼神に等しい。そんな鬼を脅し、番となったのが『璃々日(りりか)』と名乗る人魚の娘だった。


 あれは満月の夜。気紛れで海辺へ足を運んだ白夜は美しい人魚を見た。

 栗色の髪に海色の眸。しなやかな曲線を描いた体。柔らかそうな白い肌。

 何処かあどけなさを残した彼女の顔立ちは無垢な印象を与えた。


「だって、生まれて初めて一目惚れしたんですよ、私。陸の常識なんて知りません」


 丸く、大きな水槽の中から顔を出した璃々日の尾鰭がパチャパチャと水面を叩く。

 人魚は水が無ければ、生きられない。更に陽が当たれば、その身は焦げて灰になる。歌声は悪夢を見せ、力が強い者は歌声だけで相手を死に至らしめる。

 異種族同士の婚礼はけして珍しくは無い。

 しかし、人魚の様に面倒な種族を番に迎える者はごく少数だ。


「でも、薬の完成は間近なんだ。今後は陸の生活に慣れて貰わないと」


 白夜の一族は代々薬学に造詣が深い。毒薬から不老不死の秘薬迄、ありとあらゆる薬を浮世に広めた。彼も又、歴代の当主に劣らず秀才だ。


「嗚呼、早く白夜様と陽の下を歩きたいです」


 うっとりとした声色。未来図を想像し、僅かに紅潮した頬は愛らしい。

 海色の眸は白夜の眸の色を映し、赤く輝く。


「僕もだよ、璃々日。提供してくれた君の弟妹達には感謝しないとね」

「はい。きっと皆、私の新たな門出を祝福してくれるでしょう」


 璃々日の頬に白夜の指が滑る。水に濡れ、冷たい肌は心地良い。綺麗な指はそのまま彼女の下唇をなぞり、顎を掬い上げる。

 其れが合図だと言わんばかりに璃々日は瞼を閉じた。その直後に訪れた柔らかな感触。唇が火傷してしまいそうな温度に体が高揚する。


―― 幸せだ。


 昔、人間に恋をした人魚は想いが実らず、泡となって消えたらしい。

 話を聞いた当時は愚かな人魚だと嘲笑していた。けれど、今は彼女の気持ちが解る。

 彼を一目見た時、どうしようも無い程、胸が焦がれた。もし彼が他の者と結婚してしまったら、自分も泡となり、消えていたかも知れない。

 だからこそ、この時間が。この一瞬が。とても大切で愛しく思える。


「―― 愛してます、白夜様。ずっと御傍に居させてください」

「僕も愛してるよ、璃々日。ずっと一緒に生きて行こう」


 互いに顔を見合わせ、もう一度だけ深く口付ける。


 母は言った。

 陸には恐ろしい生き物達が沢山居ると。その中でも『鬼』には気を付けなさいと。

 彼奴等にはけして見付かったり、近付いてはいけないと。

 もし、捕まってしまったら、二度と海へは帰れないと。

 何故なら、我々の肉は不老不死を与え、骨は薬になるからだと。

 母は幼い仔等に言い聞かせた。


 二人の愛の為に、小さな残骸は狭い水槽の底へ沈んだ。




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