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彼のポケット

作者: asymmetry

 知らない場所で目を覚ました。しかも、小人になっていた。

 にわかには信じられないので、十中八九夢だろうなと思って二度寝をしたのだが、現状は何ひとつ変わらなかった。いつの間にやらベッド代わりにしていたふわふわのクマのぬいぐるみに変わらずしがみ付いていた。あまりの心地よさに、すっかり身に馴染んでしまい、離れがたさすら感じる。それでも身を起こして、辺りをキョロキョロと見渡した。ぬいぐるみや、人形がたくさん。それから、ガラスのランプ、レトロなドアベルのついた扉、カウンターに置かれたレジスター。二度寝をする前と全く同じ光景だった。

 カウンターの奥から、人が入ってくる。男だった。男は、すぐに私に目をとめた。ぼんやりと男を見ていた私は、ばっちりと目が合ってから、ふと、見つからない方がよかったのではないかと思い至った。何せ、小人になった身だ。駆除されたりしないだろうか。ぬいぐるみの陰にでも隠れればよかったと思っても後の祭りで、男はこちらに近づいてくる。前に立つと、不審なものを見る目で、私を凝視した。私は、澄ました顔をつくり、息をとめ、人形のふりをした。しかし、長くは続かなかった。

「へぷちっ」

 くしゃみがでた。やっちまったなーという気持ちで、遥か上にある男の顔を見上げた。男は無表情だった。僅かに首を傾げて「動くのか」と呟いた。全く驚いているように見えない。想像していたより薄いリアクションに拍子抜けし、何もかも面倒くさくなった。途端に無気力になった私の体を、男の手のひらが掬い上げた。優しい手つきだった。手のひらの上にジャストサイズで収まる私を、男はじっと見ていた。徐にハンカチを取り出し、そのほんの端っこをつまんで、私の鼻の下をちょんちょんと撫でた。鼻水が出ていたのを拭ってくれたのかもしれない。でも、その力加減がくすぐったく更なるくしゃみを誘って、へぶしゅんとした後、遠慮なくハンカチで鼻をかませてもらった。

 男は私を、そっと胸のポケットに入れた。そうして私は、男のポケットで飼われることになった。



……

………

…………



 男——四郎は、代々続く人形屋の主人をしている。ぬいぐるみや人形の修繕を請け負ったり、捨てられる人形を引き取ったり。引き取った人形は、修繕と手入れを施して店に並べるか、修繕が難しければ供養するそうだ。

 四郎は、小さいものの扱いをよく心得ていた。手先は器用で、私を傷付けることはない。びっくりするほど甲斐甲斐しく世話を焼き、小さな体に慣れず定期的に命を落としかける私を上手に生かしている。私の服はすべて四郎の手作りで、着替えも彼がしてくれる。無駄に凝ったつくりの服に、私が着替えるのを面倒くさがるからだ。食事も、食材を小さく刻んで、ミニチュアの器に盛り付け、手ずから口に運んでくれる。のんびりとした私の食事にあわせ、ひと匙ずつゆっくりと、喉に詰まらせないよう、ほんのちょっぴりずつ。たしか、ミニチュアといえども、重すぎるカトラリーを扱えない私を見かねたのだったか。風呂は、私が洗面器の中で溺れて死にかけた時から、つきっきりである。

 私は基本的に、四郎のポケットにいる。方向音痴の私は、家の中でさえ迷子になるのだ。四郎にくっついていないと、部屋の隅っことか家具の下とかで行き倒れ、のたれ死んでいたとしても可笑しくない。目を離した隙に、何をしでかすかわからないと思われているのだろう。四郎は家にいることが多いが、外にでかける時も、もちろん、私を必ず連れて行く。ポケットの中は少し狭いが快適だ。人のいないところで顔を出して景色を楽しんだり、ゆりかごのようなそこで惰眠を貪ったり。お腹を空かせても、催促すれば、四郎はすぐに気づいて、小さな金平糖やボーロといったお菓子を与えてくれる。

 下手な小動物より、よっぽど手間のかかる私を、四郎は嫌がる素振りも見せずに飼っている。すごいな、よく捨てられていないな、私。



 そんなある日のことである。

 四郎に、寝癖のついた髪を梳かされていた時のことだった。カラカラとドアベルの音が鳴った。うとうととしていたのでハッと目が覚める。今日は休業日で、closeの札をかけているのに、と不思議に思う。

「お届けものでーす」

 そう言いながら、男が入ってきた。四郎は、男を見て、首をちょっと傾げて「八重樫か」と言った。相変わらず、リアクションが薄い。四郎に八重樫と呼ばれた男は、慣れているのか気にせず要件を言った。

「頼まれてた生地とリボンを持ってきてやったんだよ。この俺が、わざわざ」

「珍しいな」

「お前、この間から、上等な布を買い込んでいるだろう。いったいどんな上モノが入ったのか気になってな」

 八重樫がこちらを見て「そいつか」と言った。

「うーわ、さすが、趣味が良いな。人形に対してだけってところがクッソ気持ち悪りぃけど。ふぅん、儚げ美少女ってとこか。それにしては、呑気な顔してる気もするが」

 そんなにまじまじと顔を見つめないで欲しい。人形のフリにも限界があるのだ。ああ、目が乾いてきた。もう無理。遂に、バッシバッシと音がしそうなほど激しく瞬きを繰り返してしまう。涙まで出てきた。

「は?」

 八重樫が、ぎょっとした顔をしている。四郎は、我関せずといった様子で、私の涙を指先で拭っていた。

「まさか、生きてんの?」

「ああ」

「ヤベェ、拗らせてるとは思っていたが、生きた人形を作り出すほどだとは思わなかった。それを生み出すために、どれだけの人間を犠牲にしたの?」

「拾った」

「へーえ? つまり、誘拐してきたと。もとあったところに返してきなさい」

「この店にいたから、おれのものだろう」

 四郎は、飄々と言ってのけた。八重樫は、まあ、それならいっかという顔をした。たぶん、どうでもよくなったんだろう。

 私は、気まぐれに、店の中のぬいぐるみたちと遊び始めた。ぬいぐるみは可愛くてふわふわしているので好きだ。ぬいぐるみと戯れる私を、四郎がじっと見ている。四郎をチラッと見た八重樫が、「目がヤベェ」と呟いた。

 眺めているのに飽きたのか、八重樫が面白そうな顔で、私に指先を向ける。小突く気なのだと、本能で判断して、反射的に噛み付いた。がじ、と歯をたてるがすぐに顎がダルくなって吐き出した。うぇ、不味いものを舐めてしまった。八重樫は、私の付けた小さな歯形をまじまじと見る。

「なんだコイツ、可愛いな。俺も欲しい」

 四郎が無言で、私をポケットに仕舞った。

 ポケットから顔を出した私に、八重樫は言った。

「アンタ、マジ、もう逃げられねーよ」

 意味がわからず、首を傾げる。八重樫が、うりうりと乱暴に頭を撫でてきた。鬱陶しいものを見るような目を向けてしまう。

「この男、家業だからって顔して人形屋を営んでいるけどな。とにかく“人形遊び”がだぁい好きな、根っからのド変態なんだぜ。ひとりじゃなぁんにも出来ないコが性癖なの。一から十まで世話して、ひたすら可愛いがるのがイイなんて、最高に歪んでるよな」

 本人を前にして、ひどい言いようである。私から言わせてみれば、「これでコイツが逃げ出して、面白いことにならねぇかな」と思っているのを、隠そうともしない八重樫の性根も、相当に歪んでいると思う。



 その日の夜。

 私は、キッチンから、小綺麗なリボンを拝借した。お菓子のラッピングに使われていたものだ。かつてない私の行動を、じっと四郎が観察している。私は、四郎に手を出せと要求する。素直に差し出された手の、その長い薬指に、四苦八苦しながら、リボンを巻き付けた。可愛くちょうちょ結びにでもしてやろうと思っていたが、難しかったので途中で諦めた。何だか、かなりぐちゃっとしてしまったが、まあいいか。ふーやれやれやってやったぜという気持ちで四郎を見上げる。四郎は、私のドヤ顔とリボンを見てから、ちょっと首を傾げて「くれるのか」と言った。何も伝わっていない気がする。逃げないよーという、意思表示のつもりだったのだが。他の方法を考えようかと考えたところで、何もかも面倒くさくなった。その場で寝ようとした私を、優しい手が掬い上げて、そっとポケットに入れた。ゆらゆら、あやすように揺られながら、眠りに落ちる。

 どうか、末永く飼ってほしい。このポケットの中はこんなにも、居心地が良いのだから。



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