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第5話 王女の決断

 ドラゴンが率いる魔物の軍勢が、いよいよ王宮のある城近くまで迫ってきた。

 だがまだドラゴンは姿を見せない。


 しかしそのことは国の民人たちに逆に疑心暗鬼と恐怖を与えた。

 今度はドラゴンがどのような手で国を奪いに来るのか。

 城下町の人々は、国内の情報をかき集め、国境の村々を次々おとしていくドラゴン軍の戦法について噂し合った。


「どうやらドラゴンは、魔物たちを先兵として送り込み、国境を守る兵たちの武器を奪ってから、悠々(ゆうゆう)と姿を現し、一帯をあの恐ろしい炎で焼き尽くすらしい」


「なぜ兵たちは、易々(やすやす)と武器を奪われてしまうのだろう?」


「兵たちの中に魔物がいつの間にか潜り込んでおり、まずは兵を率いる将の首を掻き切って、混乱する軍勢の隙を作ってからのち、武器庫に火を放ったと聞くぞ」


「ならば奴らの狙いは、初手に大将を暗殺することか。やれいまいましいトカゲめ。悪辣(あくらつ)な知恵ばかりつけおって」


「それよりも都は大丈夫であろうか。すでに魔物たちが潜んでいるのではないか」


「いや、それよりも王宮だ。我が国軍の将たる王女陛下に何かあれば、我が国はなすすべもなくあの暴竜の手に落ちてしまうぞ」


「いやしかし、王宮は堅く門を閉じ、衛兵たちが(ねずみ)一匹入らせぬよう、目を光らせておるではないが」


「いやいや、それでも安心は出来ぬ。相手は魔物ぞ。闇夜に(まぎ)れていずこからか王女様を手にかけんと、すでに王宮に忍び込んでいるやもしれん」


 このような人々の噂は、当然王宮内にも伝わっていた。

 衛兵たちや侍女ら、王女のおそばに控える者たちも、王女が魔物の手にかかることを恐れた。

 いかに腕の立つ王女であっても、眠っているときを狙われてはひとたまりもない。

 衛兵長は、王宮内での護衛を強化するよう、王女に進言した。

 王女は答えた。


「ならば、紅の騎士を常に我がそばに置き、逆に魔物の疑いのある他の者は、寝所や丸腰となる風呂などには近づかせず、ただ一人、騎士のみを護衛とすることとしましょう」


 しかし衛兵長は心配した。


「ですがあの紅の騎士は、自らがどこで生まれどう育ったのかも知らぬと申しておるではないですか。もしやあの者こそ、竜めが放った刺客かもしれませぬぞ」


 だが、王女はこの諫言(かんげん)を一笑に付した。


「では聞きますが、あの者は私に引けをとらぬ武の腕前を見せたではありませんか。するとそなたは、たかが魔物にそのような力を持つ者がいるというのですか?」


 衛兵長は、なるほどと、王女の言い分を認めた。


「たしかにあの者の腕前なら、すでに王宮内の衛兵たちを殺し、城内の武器を焼いていてもおかしくはありませんな」


 王女は嬉し気な微笑みを浮かべた。


「その通りです。それにかの騎士が暗殺者なら、とっくの昔に私が眠りについているときに、私の寝首をかいている。そうは思いませんか?」


 衛兵長は全くその通りです、と答え、すぐに紅の騎士に命じ、これからは常に王女陛下のおそばにいて、片時も離れず、護衛をするように命じた。


 その命を聞いた紅の騎士の顔は、思わずほころんだ。


 しかしその様子を不審に思った衛兵長はたずねた。


「いついかなる時もたった一人で、魔物たちから王女陛下をお守りする、危険な任務であるぞ? そなたは恐ろしくはないのか?」


 紅の騎士は答えた。


「恐ろしさよりも、この手で王女様をお守りすることが出来る喜びの方が、ずっと大きゅうございますゆえ」


 衛兵長はこの答えに、紅の騎士の王女陛下への忠誠が本物であることを確信した。

 そして事実、その後紅の騎士は、まるで王女の影のように常にその背後に控え、たとえ王女の前に立つのが大臣であっても、いかなる隙も与えることはなかった。


 また、湯屋(ゆや)でも寝所(しんじょ)でも、幸い紅の騎士は女性であったので、片時も離れず、たった一人で王女の護衛を務めることが出来た。


 一方衛兵長や侍女たちは、そうは言っても、魔物に狙われていると知った王女が、心休まぬ日々を送っているのではないかと懸念したが、しかしそれは杞憂(きゆう)であった。


 紅の騎士が護衛についてから、王女はその美しい肌にますます磨きがかかり、いままでにもまして活気があふれるようになったからだ。


 城内の人々は、これはよほど王女陛下が紅の騎士の忠義に信を置いているからだと、王女の護衛に対して疲れ一つ見せぬ騎士をほめそやした。


 しかしこのようなねぎらいに対して、紅の騎士はただ一言、もったいないお言葉ですと一礼を返すのみであった。

 しかし実は紅の騎士は、何を思い出したのか、そのたびに頬を染めていたのだが、彼女が紅い兜をかぶっているがゆえに、誰にも気づかれることはなかった。




 ある朝、王女のベッドで目を覚ました紅の騎士は、横にいる王女がすでに目を覚ましていることを知った。

 王女は紅の騎士に向かって言った。


「あなたは、いつまでこうして私の(そば)にいてくれるのかしら?」


 紅の騎士は答えた。


「王女様の、お命じになるままに」


「それでは、ずっと私の(そば)にいてくれますか?」


 紅の騎士は、即座に答えた。


御意(ぎょい)のままに」


 すると王女は紅の騎士を抱きすくめ口づけをした。


「ありがとう。これで私も、決心がつきましたわ」


 紅の騎士は、王女がなにを決心したのか、想像もつかなかったが、しかしその決意の内容は、その日の昼の国軍会議で明らかになった。



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