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母を訪ねて~転生妖狐の成長記録~  作者: 雨足怜
恋の季節

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29/45

アニマル喫茶テルセウスの日常

ずいぶん間があいてしまいました。

お久しぶりです。


書きたいと思いつつなかなか筆が進みませんでしたが、ある程度書き溜めができたこともあり、続編、あるいは新章の投稿をします。

途中で投稿が止まるかもしれませんが、少しでも面白い物語となるように章の完結まで書き進めてまいりますので、気長にお付き合いいただけると幸いです。


というわけで、転生妖狐ハクトの物語、続きます!

 アニマル喫茶テルセウス――人間の町、広い通りに面した一角に埋没するその喫茶店は、本場英国を思わせる落ち着きと、出迎える動物たちで人気の喫茶店である。


 テルセウスの店主はロマンスグレーという表現が美しい銀髪の壮年男性。名前はシュウ。

 英国紳士を思わせるスーツにネクタイにピン、袖口にはカフスリンクがきらりと光り、さりげなく胸元を飾るポケットチーフを含め、清潔感のある装いをしている。以前は杖を突き、わずかに片足を引きずっていた彼は、今では走り回るほどに健康な体をしている。なんでも最近はランニングに目覚めて早朝に走っているのだとか――なんてことはさておき。


 そんな店主と入れ替わりで入っているバイトのメンバーが、表向きの喫茶テルセウスのメンバー。日本人形を思わせる少女シトラス、どこか蠱惑的な気配を身にまとうユキメ、そして痩身の男性ハクト。


 何より、小さな子どもをはじめとする来客を出迎えるのはテルセウスに所属する動物たち。アニマル喫茶の名は伊達ではなく、初見の客はまず、店の一角に鎮座する深緑色の大蛇に目を奪われることだろう。艶めく鱗が特徴的な彼女はエメリーいう名で親しまれている。それから、フクロウと勘違いをされると拗ねて逃げてしまう、人語を介していそうな知恵を持ったミミズクのミネルバ。黒猫、そして二匹の狐。

 狐の一方は雪に染まったような純白の羽毛をしており、その凛々しさも相まって男女ともにファンを持っている。

 彼女はユキという愛称で親しまれている。


 では、なぜこの狐は本名ではなく愛称で呼ばれているか――それは、愛称でなければやや都合が悪いから。


 いつものように日暮れごろに店は閉まり、すぐさま窓という窓をカーテンブラインドが覆う。そうして店員たちは慣れた様子で店内の片づけを進めていく。

 今日のアルバイトはハクトとシトラス。成人男性と中学生ほどに見える少女というアンバランスな二人だが、仕事の能率はシトラスのほうがはるかに高い。

 それも当然、シトラスのほうがハクトよりも長くこのアルバイトを務めているのだから。

 そんな中、すっくと立ちあがった白狐ユキは、テーブルにぶつからないように気を付けながらしゃなりしゃなりとハクトのそばまで歩み寄り、わずかに体を陽炎のような揺らめきが包み込んだかと思えば、一瞬にして妙齢の美女に変貌する。

 濡羽色の長髪を揺らし、ユキ改めユキメはハクトにしなだれかかる。


 何を隠そう、白狐ユキは妖であり、変化の術を使うことのできる妖狐。妖というのは人の社会に紛れ、あるいは人と距離を取りながら古来より存在していた不思議な存在。彼らは妖気という力を宿した生き物であり、その中でも強い妖気を有した個体は神として古来より人間たちにあがめられてきた。

 ちなみに、ユキメに抱き着かれている青年ハクトは、そんな神の一員、新米の神様であったりする。


 そう、ここは一見人間たちが運営する喫茶店に見えて、その実、妖たちによって営まれている妖喫茶とでも呼ぶべき喫茶店だった。

 当然、店員は店主をはじめ、大蛇からミミズクに至るまですべてが妖。


「おい、ハクト。何さぼってるんだよ」

「僕はさぼっていないよ」


 だから、狭い店内を器用に飛翔したミミズクのミネルバがハクトの肩に止まり、その髪をつつきながら人の言葉で不平を言うのも当然のこと。

 文句ならユキメに言って――そう言いたげにちらとユキメのほうを見るハクト。だが、ミネルバはユキメに視線を向けることなく――そもそも反対の肩の方にいるため顔を見るのが難しいということもあるのだが――一層激しく、まるでキツツキのようにそのくちばしでハクトの頭を連打し、さらには肩につかまる力を強める。

 ビリ、と嫌な音が響いて、ハクトは顔を引きつらせる。


「あぁ、また服が!」

「……ハクト、どんまい」


 さっさと仕事を終わらせた少女シトラスは、んー、と軽く背筋を伸ばしながら無表情で告げる。接客業でありながら無表情を貫くシトラスだが、それを責めるものはいない。むしろその無表情ゆえに日本人形らしい可愛らしさが強調されていると告げる客の方が多い。

 住み込みのバイトであり、同じ家で過ごしているハクトとしては、夜に無表情のシトラスと暗い場所で出会うとひどく怖いから少しは表情が変わらないかと期待しているのだが、一向に解決の兆しはない。


 それはさておき、シトラスは先ほどのユキメとは逆に、一瞬にして小さな黒猫姿に変化し、その場に給仕服を脱ぎ捨てて歩き出す。


「……あとお願い」

「わかったけれど、もう少し気を遣おうよ。下着だってあるんだから……」


 ハクトの言葉はシトラスに届くことはなく、二股に分かれた尻尾を振りながら悠然と歩いていく。その背中を見送るハクトは、ミネルバによる痛みと抱き着くユキメの柔らかさと甘い香り、そして床に放置された服から除く可愛らしい花柄の下着を前に目を回していた。


 そんな者たちと遠くからじっと見つめていた大蛇エメリーは、やれやれと首を振り、静かに移動を始める。淑女たるエメリーにとって、うるさい集団にかかわるのは時間の無駄。

 するすると移動してバックヤードに消えるエメリーに気づくことなく、ミネルバはハクトに罵声を浴びせる。


「ほら、仕事が遅いんだよ。姉御まで行っちまったぞ。早く片して飯にしろよ」

「ああ、今日は僕の番だっけ」

「ハクトが作るの?ハクトの料理はおいしいから好きよ」

「……ありがとう。でも、ユキメの作る料理も胸が温かくなるし好きだよ」


 いちゃつき始めた二人にいら立ちを募らせ、ミネルバはハクトの肩をつかむ足にさらに力を籠める。肉に鋭い爪が刺さり、ハクトの顔がゆがむ。


「あの、ミネルバ?痛いんだけれど」

「……ハン。俺の話に耳を貸さずにユキメの姉御にイチャつく野郎への罰だ。ほら、きびきび働け。そうして俺の飯を早く用意しろ」

「ミネルバのごはんって、生肉だけじゃん」

「いろいろあるだろうが。ひよこ、ウズラ、ネズミ、コオロギにワーム――」

「あ、コオロギとかワームは無理だから」

「おい、森育ち。何が無理だ何が」

「だってもう久しく食べていないし。狐姿ならまだしも、人の姿で虫を食べるのってどうにも違和感があるんだよね」

「~~~~だったら狐姿に戻ってやがれッ」


 怒りをむき出しにするミネルバにハクトが向けるのは生温かい笑み。その顔が、一層ミネルバの神経を逆なでする。

 この喫茶テルセウスで唯一ミネルバだけが人化をできない。それゆえに彼は常にミミズク姿であり、自分が最低層にいるように思えてならなかった。

 そんないら立ちのまま、彼は勢いよく飛びあがって今度はハクトの頭に止まる。そうして、逃避にかぎづめを食い込ませる。


「ま、待って。痛い痛いはげる!」

「お前、これ人化の術の姿だろうが。この姿でいくら髪が抜けたところではげるわけねぇだろ」


 人化の術――妖気を使う妖術を解除して再び人化すれば、ハクトの頭皮も傷も元に戻る。とはいえ体の総量は変わらず、例えば失った髪の長さのぶん、狐姿の時の毛がほんのわずかに短くなる。血を失えばその分本来の体に出血が生じる。

 ゆえにハクトが肩から血を流している結果は狐姿の時にも反映されるのだが、そんなことにミネルバは構いやしない。


 何しろハクトは神の中でも高位に該当する生命神で、回復はお手の物だから。

 もっとも、かつては新入りとして下に見ていたハクトが気づけば自分より遥か高みに行っていることがミネルバには許せないのだが。


「ああもう、分かったから離れて。とっておきのウズラ肉を解答するから!」

「わかればいいんだよ、わかれば」


 ふん、と鼻を鳴らしたミネルバが勢いよく店の奥へと続く通路へと飛び去って行く。

 その背中をじっと見送っていたユキメは、ハクトの耳元でささやくように――


「ねぇ、やっぱり丸焼きにして食べたらダメかな?」


――同僚の殺害を予告する。

 耳朶にかかる息のくすぐったさにめまいを覚えているハクトは、何とかダメだと声を絞り出し、すでに倒れこみたい気持ちの中、夕食づくりに向かうのだった。


 そうして今日もアニマル喫茶テルセウスでの平凡な一日が終わりを迎える。

 ハクトとユキメがこの喫茶店に落ち着いてから早一年。

 夜だというのに少しも涼しくならない夏の夜、店内を二人は身を寄せながら歩いていく。


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