(3)婚約打診取り消しの申し入れ
──このパターンは知っている。
カトリーヌはすまし顔でルペルトの正面に着座しながら思う。
場所を変えて、今は学園の食堂の一角。屋外の庇の下に設けられた定員四人の食卓だ。春先の晴天とあって日和も良い。
見晴らしよく、どんなやり取りが行われているかは傍から一目瞭然。それでいて他の席から適度に距離があり、周囲に人が隠れるような障害物もないため、聞き耳をたてられる心配もない。
……つまり、「内密な話はしたいけれど親密な仲だとは勘ぐられたくない」男女の、身の潔白を証明しつつの密談にもってこいのロケーションなのである。
「単刀直入に頼む。カドレッド、君のほうから縁談を断ってくれないか」
(やっぱりね)
案の定の展開だ。カトリーヌはかまわず紅茶を口に含み、たっぷりと間を開けたのち、いつも通りの答えを淡々と返す。
「わたくし、その件は初めてお聞きしました」
「……そうなのか?」
ルペルトは意外そうに呟く。目つきはずいぶんと疑わしげだ。
「はい。父が勝手に進めた話でしょう」
「……君が望んだのではなく?」
「父がそう申したのですか? ですがわたくしにはガルバスとの婚姻を望む理由がございません」
自分がモテて当然だと思ってんじゃねぇぞ、というのを言外と眼力に含ませて射抜くと、ルペルトは少々気まずげに目を逸らした。……半分は図星くさい。
「その……まだ内々の打診でしかないのだが。侯爵はかなり積極的に父に交渉されている。……こちらから断るのは角が立つ。カドレッドが諦め──いや、侯爵家側から話を白紙にしてくれればありがたいと思ったんだが……」
ルペルトの父は宰相だが、ガルバス家自体は一介の伯爵家に過ぎない。単純な家格を見れば侯爵家からの縁談は悪くない話だし、上位の他家に禍根を残すことを考えると断りにくい。
……こういう話が、学園に来てから、もう四度目。
父が勝手にカトリーヌの縁談の布石を方々に打ち、そのたびに標的となった格下の家の子息が泡を食ってカトリーヌのもとに来るのだ。
「僕は君に気はないから諦めてくれ」という本音を言葉の裏に潜ませた、婚約打診取り下げの交渉のために。
「……馬鹿にされたものね」
視線を低きに流して独白すると、相手がびくっと身体を揺らした気配がした。
いちいち取り合ってやるのも馬鹿馬鹿しくて、カトリーヌは事務的に必要事項だけを伝えることにした。
「誤解されているようですが、わたくしに婚姻相手を選択する権利はございません」
「そう、なのか?」
「貴族の子女とはそういったものでしょう?」
「しかし……侯爵は君のことを溺愛しているともっぱらの噂で……」
「実際にわたくしが溺愛されているところを、ご自身の目でご覧になったことは?」
ルペルトは黙り込んだ。
それはそうだ。そもそもカトリーヌは、公の場に父と共に出席したことさえ、ほとんどないのだから。
「噂は噂です。ですから、わたくしから父に意見したところで、父が行いを改めることはないでしょう」
「……なんとか、ならないのか」
ルペルトは腕を組んで唸った。本気で婚約を厭っているらしい。
これまで「交渉」に来た男どもと同じ。それが張本人であるカトリーヌを貶めて憚らない、舐めきった態度であるという自覚はないようだ。
こちらとてその気のない相手に突然「政略結婚だとしてもお前との結婚は御免被る」と、面と向かって言われているに等しいこの状況。言われた側の気分が良いわけがない。
そんな態度で、頼めば言うことを聞いてくれると、芯からカトリーヌを馬鹿にしている。
こんな男はこちらから願い下げである。
「ガルバス伯はこの学園の出身ですわよね?」
唐突な話題転換に、ルペルトが眉を顰める。
「父か? そうだが……」
「確か四十と少し……二十期生ぐらいでしょうか」
「……二十二期と聞いている」
「では二期か三期下の後輩のどなたかに、ハリスン・カドレッドについて助言を仰ぐよう、伯に進言されてはいかがでしょうか。婚約について決めるのはその後にしたほうが良いと。エズモンド子爵につてがあるなら、おそらく話が早いと思われます」
「エズモンド子爵に、侯爵について訊け、と?」
話が読めないという顔のルペルトだが、カトリーヌはこれ以上話を続けても無駄だと席を立った。
「父はいろいろと困った人なのです。母もですけどね」
その一言になにか思うところがあったのか、ルペルトはわずかに目を見開いた。
カトリーヌはけだるげな無愛想顔に極上の冷笑を描いて、捨て台詞を送る。
「お茶、ごちそうさま」
踵を返したカトリーヌの背に、呼び止める声はかからなかった。




