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(1)このヒロイン、(馬鹿で)危険につき

 侯爵令嬢カトリーヌ・カドレッドの人生は、十の時にやや脱線した。

 原因は、幼馴染の伯爵令嬢リリア・ノトシュにある。


「カトちゃんごべんねぇぇぇぇぇぇ!!」


 うっかりやのリリアが池に落ちかけたのを、しっかり者のカトリーヌがすんでのところで助けたら、こんな情けない声が返ってきた。

 どうやら謝罪のつもりらしい。カトちゃんってなんだ。


 ただでさえ舌っ足らずなのにぐずぐず泣いてさらに要領を得ないリリアの訴えを、カトリーヌなりに翻訳してみたところ。


・リリアには、こことは全く異なる世界で庶民暮らしをしていた前世の記憶がある。(池に落ちそうになったショックで思い出した)

・この世界は、前世の世界における「オトメゲー」なる恋愛主題の創作物の世界である。

・「オトメゲー」には多数の選択肢と複数の結末が存在する。

・リリアは「オトメゲー」の主人公、すなわちヒロインである。

・カトリーヌは悪役令嬢、すなわちヒロインのライバルである。


 ……ということらしい。


「ひっく……わたしたち、あと何年かしたら、ガッコウ、いくでしょ?」

「そうね、学園ね」

「そこにね、ニュウガクしたらね、カトちゃんはね……うぅぅ」

「そのカトちゃんっていうのはやめて、なんか知らないけどすごくイヤ」

「カトちゃんは、カトちゃんはっ……わたしのこといぢめるのぉぉぉぉ!!」

「はぁ?」


 ……曰く。

 ヒロインは主人公なので、学園のイケメンたちにとってもモテモテ。

 ヒロインの幼馴染で、常々ヒロインを下に見ていた悪役令嬢はその状況が面白くない。

 小さな嫌味や悪口に始まって、徐々に嫌がらせがエスカレート、最終的には陰惨ないじめに発展する……らしい。


「……確かに事実として、どこをどうとってもあんたは私の下だけど」

「ひっひどいっ」

「あんたに男ができるからって、いじめ……? なんだかそれって……」

「ほ、ほんとだもん! それでいじめがいきすぎちゃって、カトちゃんたいへんなことになるんだよ!?」

「大変って?」

「えっとね……牢屋送りになったりとか、修道院送りになったりとか、国外追放になったりとか!」

「なんであんたヤバい単語だけ流暢になるのよ……ていうか、なにその処分。政治犯かなにか?」


 悪役令嬢とやらが人命や国益に関わる致命的な失態でも犯したか。あるいはリリアの相手の男がそれなりの権力者で、狭量な職権乱用でも敢行したか?


「あんたに惚れるイケメンって、具体的に誰?」

「えっとね、第二王子、公爵子息、宰相の息子、騎士団長の息子、隣国の王子……」

「職権乱用確定か」


 相変わらずよくわからないところで流暢になるリリアだが、まあそれは置いといて。


 それにしてもラインナップが夢見がちな方向にえげつない。

 確かに女性にとっては、射止めてしまえば人生あがりというレベルの強力な肩書きばかりだ。ただし恋にかまけて職権乱用する愚物と知っては魅力激減だが。

 ……いや、たったひとりの女性のために尽くしてくれる男というのは、女性にとっての究極の理想とも言えるか。恋愛主題の創作物とは、要するに少女小説やロマンス小説の類なのだろう。


「……で。それを言ってあんたは何したいの。どうして私に謝ったの?」

「うぅぅ……だってぇ」


 リリアは両手人差し指をツンツンさせて言いづらそう。


 ここまでの話は──事実かどうかはさておき──リリアが未来の情報を握っているという告白だ。

 しかもリリアとカトリーヌが将来的に敵対するとまで明言している。

 未来の情報なんてもの、一人で握り込んで利用してしまえばいいのに。誰かに相談してしまった時点で価値は大暴落。まして自ら(未来の)敵にバラしてどうするのか。


 しかしここで黙っていられなかったのが、リリアらしいといえばらしいのかもしれない。


「……だってだって! カトちゃんやさしいんだもん! お池におちそうになって、わたしすっごくこわくて、そしたらカトちゃん王子さまみたいにたすけてくれたし……それなのに、ガッコウいったらあんなことになっちゃうなんて……わたし、むねがいたくて……」


「あら、助けた甲斐はあったのかしら? でも別に謝るようなことじゃないでしょ。あんたは前世を思い出してすぐにそれを私に教えてくれたんだもの。私にとってまずい未来だというなら、これから対策を練って避けてしまえばいいわ。むしろ私が感謝してもいいくらい」


「ん、ん~~……で、でもねでもね、ゲームの強制力みたいなことがあるかもしれないしぃ……それにね」


 微妙に歯切れ悪く目線をうろうろさせていたリリアは、意を決したようにぐっと拳を握って声を張り上げた。


「──わたし、逆ハーエンドをめざそうとおもってるの!」


 ……ボォォォン……と、絶妙なタイミングで居間の柱時計の鐘が昼の一時を告げたので、変な余韻が尾を引いた。


「……わ、わたし、逆ハーエンド……!」

「ああうん聞こえてたから。なに、その……ギャクハーエンド? そういうイケメンがいるの? 知らない名前だけど」

「ち、がぁーう! 逆・ハーレム・エンディング!」


 ……曰く。

 男性が多数の女性を囲ってハーレムを成すように、女性が多数の男性に囲まれてハーレムのような状態になることを、「ギャクハー」と呼ぶらしい。

 つまり学園で知り合うイケメンたち全員と懇意に……恋人になるのが、リリアの目標なのだという。


「…………それ、気持ち悪くない?」

「キモッ……!?」

「いやだって、他の男と一人の女性をシェアして納得する男って、あんまり魅力がないっていうか、不気味っていうか、愛されてる感じがしないっていうか。たった一人を一途に愛して独占しようとしてくれるたった一人の男性のほうが、私はいいわ」


 リリアは口をパクパク開け閉めしている。

 ガラにもないことを言ってしまったかと、ちょっと居心地の悪いカトリーヌ。

 しかしリリアは静かに顔を伏せると、肩をぶるぶる震わせ始めた。


「……ってない」

「え?」

「わかってない。カトちゃんはっ、なんにもっ、わかってないっ……!」


 そして涙目のままの顔をキリリと上げて、力説する。


「カトちゃんっ! この世界にはとってもステキな男性がたくさんいるんだよっ!?」

「そ、そう?」

「そう! アウレリウスさまもジュルダンさまもルペルトさまもデレクさまもフェルディナンさまもっ! みんな違ってみんないいのっ!」

「そ、そう……」

「そうっ! そして! 人生は一度しかないのっ! せっかく大好きなゲームの世界に転生したのに、このたった一度を逃したら悔やんでも悔やみきれないのっ……!」


 リリアは目を爛々とさせて、舌っ足らずなところもすっかり抜けている。どうやら前世の記憶に関することになるとたちまち流暢になるらしい。

 幼馴染が突然別の誰かにすげ替えられたかのような気味の悪さを覚えないでもないが……しかしこの論理の飛躍と頭の足りなさはリリア本人に間違いないと、カトリーヌは諦観の向こう岸に視線を馳せる。


 ようするにこの女、五股をしたいのだと主張している。


 一夫多妻すら認められていないこの国で、一妻多夫をやろうとしている。

 ワンシーズン限りの危険なアバンチュール、くらいならばまあ、不可能ではないのかもしれないが。さらにその先の将来というものを見据えると、破綻は目に見えている。


 カトリーヌは白けた目でリリアに問う。


「で、あんたがそのギャクハーエンドを選ぶと、私はどうなるって?」

「う……っ」


 あからさまに詰まった。気合に満ちていた姿はどこへやら、急にわたわたしだして挙動不審。

 案の定である。謝った、ということはそういうことなのだ。


「あっ、あのえっと……えええっとね……?」

「よっぽどひどい目にあうのねぇ」

「うぅぅ………………はひ」

「で、あんたは私を見捨てて踏み台にしてでも男と五股してやろうと」

「そんないいかたひどいぃぃっ!」

「事実でしょ?」

「うぅぅぅぅ……だっだいじょーぶだよ、カトちゃんがあんまりひどいことにならないようにわたしもがんばるから!」

「……そこで友達のために五股を思いとどまる良心はないわけね」

「だ、だってぇ……」


 ぐずぐず言い訳しているリリアの瞳孔が急に、すっ、と蛇のように細まった。


「推しのためなら、女の友情なんて投げ捨てても仕方ないと思うの」


 見る者の全身に寒気が駆け抜けるようなその真顔を、カトリーヌは生涯忘れないだろう。




 かくてリリアのエゴにより、二人の関係は決裂した……わけでもない。


「カトちゃああああぁぁぁぁんっ!!」

「ああもうあんたはこんなとこでまで! そのカトちゃんっていうのをやめなさいって何度も言ってるでしょうがッ!」


 半泣きで抱きついてくるふわふわミルクティーブロンドの愛らしい女子生徒。

 豊かな赤毛を地味で窮屈な三つ編みにした女子生徒が彼女を抱きとめ、つり目気味のキツイ顔立ちを思いっきり顔をしかめる。


 二人の関係は、学園入学後もほとんど変わっていない。在学二年目となった今もなお。

 ただ、カトリーヌの人生は少しだけ脱線したまま、復帰できていないままだ。


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