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(15)生徒会に巻き込まれました

 ヒルデガルト発案のリリア・ノトシュ改造計画は、一見くだらない内容に見えて、カトリーヌにとっては大いにメリットのある話だった。


「リリアさんに必要なのは訓練です。思ったことを即座に口に出さない訓練。長時間黙り続ける訓練。空気を読む訓練。勉強に集中する訓練」


 ヒルデガルトはリリアの弱点をにこやかに指折り数えて示してみせた。内容はまるで幼児教育である。


「そのために常日頃から監視──もといお目付け役がついておくべきなのでしょうが、さすがにそこまでは手が回りません。わたくしが四六時中ついて回ることは不可能ですし、カトリーヌさんに全ての負担を負わせてしまうわけにもまいりません。こういったことに公爵家の手勢は使えませんし、かと言ってノトシュ伯爵家に忠告だけして任せられるかと言えば……」


「無理ですね」


 カトリーヌはすげなく首を振った。リリアをこの有様に育てあげ、今現在も事実上放任しているのは彼女の親であり実家である。きちんと躾ができる人材がいないからこうなっているのだし、そもそも今のままではマズイという危機感すらなさそうだ。


「まあわたくしも、この件を大人に預けるなどという無粋なことは考えておりませんわ。大事にする前に、まずは我々の出来る範囲で問題行動の予防に努めましょう。というわけですのでお二方には、生徒会執行部に入部して頂こうと思っております」


「──は?」

「いいんですかっ!?」


「ええ。そうして頂ければ、大手を振ってリリアさんの再教育に専念できますもの」


 唐突な提案にカトリーヌは唖然とする。辛抱たまらずマスクを下げて目を輝かせるリリアを叱責するのも忘れて、信じがたい提案を脳内で高速咀嚼開始。


 リリアの「五股」という目的にとって、生徒会に所属することは多大なる進展ということになるだろう。というか、いつだったか「生徒会に入ってイケメンと仲良くするんだー」的な妄想を聞かされた記憶がある。

 またぞろリリアを調子に乗らせるだけでは、とツッコミたいところだが、「わたくしがそのような不手際をするとでも?」という怖い笑顔が返ってきそうなのでそこはスルー。

 実際、一日のうちリリアがもっとも自由に解き放たれる放課後に、生徒会室に縛り付けて監視するのは合理的だ。五股できるイイ女云々は建前で、ヒルデガルトの最大の目的はリリアがトラブルを起こす可能性を(面白おかしく)潰すことなのだから。


 問題は、そこにカトリーヌが否応なく巻き込まれることが確定している件である。


「……私、いなきゃだめです?」


「いなきゃだめだよっ!」


 なぜかカッと怖いくらいに目を見開いたリリアに凝視&力説された。

 ヒルデガルトも優雅に、それでいて有無を言わせぬ笑顔でうなずく。


「わたくしも、リリアさんのことを一番わかっていらっしゃるカトリーヌさんには是非協力して頂きたいですわ。親友の人生の岐路ですもの。カトリーヌさんも見逃せ──いえ見過ごせないでしょう?」


 野次馬的本音が漏れているのはさておき。つまるところ自分の手を煩わすことなく動いてくれる手駒が欲しいということであろう。


「……そもそも生徒会役員って、そんな簡単にほいほい人間増やしていいものなんです?」


「生徒の信任を得る必要があるのは生徒会長だけ。他の役員は会長の指名で選出されます。まあ実際のところ副会長・書記・会計といった主要役員はそれなりに説得力のある人員を配するべきですけれど、会長の判断次第で下位の役員を後から迎え入れることは可能ですわ。差し当たりお二人は庶務ということで……カトリーヌさんは書記の補佐をして頂くのも悪くなさそうですわね」


 ヒルデガルトはリリアの証言が書きつけられたメモを取り上げて、その出来を愛でるように指でなぞった。……どうやらカトリーヌが臨時書記をやらされたのは、適性を見るためでもあったらしい。

 ちなみに水を向けられた生徒会長は、執務卓でくつろぎながらにこやかに手を上げている。唐突な役員加入に異論はないらしい。こちらも野次馬半分といったところ。

 残り半分はやはり、「フェネロ・クルクク=フェルディナン」発言事件がそれなりに重大な案件だと捉えられているらしい気配だ。しっかりとこちらの話に聞き耳たてているらしいのが伝わってくる。


 ……実際のところリリアの問題行動を封じるだけならば──生徒会の面々の立場や家格を前提とすれば──もっと短絡的で簡便で長期に渡って確実な効果のある方法など誰にでも思いつく。そういった強硬手段に出ずに面白おかしく済ませてくれようというのだから、結構な恩情だ。

 なんならリリアの異端っぷりを最も把握していたカトリーヌも、監督不行き届きやらなんちゃら理由をつけて、その強硬手段に巻き込まれていた可能性だってあるのだ。


 これは事実上、断るという選択肢は初めから用意されていないと見るべき。

 超速理解の末、高山地帯に棲息する某キツネばりに煤けた目つきになったカトリーヌに、さしものヒルデガルトも少しばかり眉尻を下げた。


「そんな顔なさらないで? それに、カトリーヌさんにとっても悪い話ではないはずですわ」


「……何がどうですか?」


「役員の仕事は大変なこともありますけれど、常に仕事詰めということはありません。何も仕事のない時間も多いのですわ。下位の役員であれば、毎日の放課後に生徒会室に顔を出し、三十分程度の簡単な定例会議で雑務をして、あとは我々主要執行部員が手伝いを必要としない限りは下校時間まで待機、という流れが基本になるでしょう。もちろん、学園祭や乗馬大会などの催しの前後は相応の忙しさを覚悟して頂きますけれど」


「それは……思ったより緩いですね」


「なにぶん公務のある方、実家の事情を優先せざるを得ない者が執行部員として所属しておりますので、いざという時に即座に動けるよう、あまり活動を詰め込むわけにもいきませんの。形骸化しているとみなされない程度には活動をしているつもりですが、仰る通り、比較的余裕ある役職であることは保証します。こちらの都合で参加して頂く新規役員に、大きな負担はかけないとお約束できるでしょう」


 なるほど、貴族学校のイメージ通りの有閑生徒会だ。

 実際は各部活動のとりまとめや折衝、貴族の生徒と平民の生徒間で顕在化したトラブルの解決などに生徒会が駆り出されているところは何度か見ているので、言うほど暇でもないだろうし、なかなか骨のありそうなお役目だ。むしろそうしたトラブル発生に備えて待機しておくのが最大の役割といったところか。

 それに……


「生徒会があんまり忙しすぎると、貴族に憧れる甲斐もなければ、恋愛に興じる暇も作りにくい、と」


「「攻略対象」を仕事漬けにさせないための「設定」なのかもしれませんわねぇ」


 カトリーヌのぼやきの意図を正確に拾って、ヒルデガルトがくすくすと笑う。

 この世界が創作の物語というのは認めがたいが……どうもヒルデガルトの介入によって、リリアの前世にどんどん説得力が出てきてしまっている気がする。


 ちなみにさきほどから、会長の執務卓の脇で比較的簡素な作業机を囲って執務をしている宰相子息と公爵子息から、疑問と不審の視線がチラチラと寄越されている。まあそりゃ、自分たちのことを話題にされているのだからいろいろ訊きたいことはあるだろう。攻略対象ってなんだ、とか。

 が、ヒルデガルトは完全黙殺態勢。男子たちも無理にしゃしゃり出てはこようとはしない。ヒルデガルトの生徒会における信頼と威光のなせる業であろう。一見儚げに見えて大した女帝っぷりだ。むしろ彼女のほうが悪役令嬢の称号にふさわしいのではなかろうか。


 閑話休題。ヒルデガルトはしかと本題に踏み込んでくる。


「さて、いつまでもデメリットについてばかり語っていても仕方ありませんわね。わたくしからカトリーヌさんに提供できる、生徒会執行部所属特典はこちら」


 ヒルデガルトは何か見世物でも紹介するような仕草で、にこやかに右手を横に広げて見せた。


「生徒会室、ですわ」


「……この部屋ですか?」


「ええ。この頃のカトリーヌさんは、刺繍に集中できる場所を日々お探しでしょう?」


「……よくご存知で」


 まあ悪目立ちしていた自覚はあるので、把握されていたとしても驚くことではない。


「その点、この生徒会室はうってつけだと思いますの。役員であれば放課後いつでも使用できますし、常識的な内容の趣味や遊興でしたらして頂いても構いません。うるさく騒ぎ立てる人間もおりません。もちろん、リリアさんも含めて」


 ヒルデガルトに、にこ、と笑いかけられたリリアは、ぴゃっと背筋を伸ばすと自らてぬぐいマスクを装着し直して、無言でこくこくこくこくと忙しなく首を縦に振った。……よっぽどカトリーヌを巻き込みたいらしい。


 しかし確かに悪くない「特典」だ。

 この部屋は静かで、出入りする人間も基本的にはわきまえた者ばかり。彼らが同室で多少談笑しているぐらいなら、カトリーヌの集中力は途切れないだろう。

 リリアのお守りという余計な義務はつきまとうが、その程度ならはっきり言ってこれまでと大して変わらない。むしろ大手を振ってリリアを黙らせておけるのだから、状況は格段に改善していると言える。


 問題は……いや問題というにも些末なことだが、それでも気になるのは……放課後をまるまる拘束されるという事実。

 カトリーヌの脳裏に、昼下がりの日光を弾いてまばゆくきらめく池畔の光景がかすめる。


「ああ、とりたてて活動がない日でしたら、多少の時間……そうですわね、三十分くらいならば、席を外して頂いてもかまいませんわよ?」


 唐突なヒルデガルトの補足に、カトリーヌは下方に落ちかけていた目線を跳ね上げた。

 目が合ったヒルデガルトは、落ち着き払った笑みを返してくるばかり。

 ……彼女はどこまでカトリーヌのことを把握しているのだろうか。薄ら寒いものを感じずにはいられない。高位貴族の子女とは本来かくあるべきものなのか。


「もちろん、庶務としての義務は果たして頂くことになりますから、雑務に時間を取られたくないと仰るのでしたら無理強いはできませんが……」


「──いえ」


 メリットとデメリット、信用と不信。天秤にかけるべき材料は多々あったが、カトリーヌはその作業を一気に省略して、ほとんど衝動的に答えていた。

 たとえ誘導された選択肢だとしても、自分から飛び込んでみたい、という心から湧き上がる欲求に従って。


「庶務のお役目、謹んでお受けいたします」


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