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第006話 一休み

 レイチェルは校舎の敷地から、寄宿舎の敷地に辿り着くと、一度振り返り、追手がいないことを確認してから、駆け足を止め、乱れた呼吸を整える。


「はぁ… はぁ… ここまで来れば安心かしら…」


 レイチェルにとって、この様に身体の全力を使うのは前世ぶりである。やはり貴族の令嬢の身体など、運動には向いていない。


「ねぇ… レイチェル、本当に大丈夫なの?」


リーフが心配そうな顔つきでレイチェルの顔を覗き込む。


「ちょっと、大丈夫じゃないかしら… 出来れば早く休みたいわ…」


 レイチェルは汗を拭いながら答える。


「あぁ、そうだね、レイチェルも休んだ方が良さそうだね」


 リーフの言葉から、どうやらマルティナを放っておいても大丈夫だったのかと聞いたつもりである事が分かったが、レイチェルの事も心配してくれているようだ。レイチェルは息を整えながら無言でリーフを見つめ返す。


 レイチェルはしばらく間、息と脈が落ち着くのを待ち、もう大丈夫と思った所で、走って乱れた身なりを整え、令嬢然とした身なりと仕草で、寄宿舎の中へと入っていく。


 そして、すれ違う令嬢たちにまるで先ほどまで全力疾走していたとは思わせない、作法で会釈して通り過ぎていく。


「レイチェル、切り替え凄いね」


 他人のいる所へ入っていくので、リーフはレイチェルの髪の中に隠れながら語りかけてくる。


「なんだかんだ言っても、貴族の子女がいる場所だから、仕草や作法は気が抜けないのよ」


「大変だよね」


 本当は色々な疲れで身体を引きずって歩きたいレイチェルであったが、我慢して自室の前に辿り着く。そして、扉のドアノッカーを四回鳴らす。


「エマ、帰ったわよ」


 レイチェルがドアの前で告げると、扉の向こう側からトタトタと物音が鳴り響いて、カチャリと扉が開かれる。


「おかえりなさいませっ レイチェル様っ」


 扉の向こう側には、ふわふわしたしたレイチェルと同じ黒髪のショートヘア、くりくりの大きな目に、ちょっぴり太眉毛の小柄のエプロンドレスのメイドがいた。


「エマ、ちょっと、お水をいただけるかしら?」


 レイチェルは部屋の中に進みながら部屋の中央に進む。エマは扉を閉めると小走りで水差しの所へ向かい、グラスに水を入れて駆け寄ってくる。


「はい、レイチェル様」


 レイチェルはエマから差し出された水を受け取ると、一気に飲み干していく。ここまですました顔でやって来たものの、全力疾走で汗を掻いた身体はやはり水分を欲しいたのだ。


「ありがとう、エマ」


 レイチェルは空になったグラスを返しながら、チラリと時計を見る。時計の針はエマの終業時間を少し回っていた。


 大貴族や、お金に余裕のある家の子弟であれば、実家からの専属メイドを連れてきたりするが、お金に余裕の無いレイチェルの様な下級貴族では、エマの様なパートタイムメイドを使う事になる。そして、そのパートタイムメイドには始業時間と終業時間が決められており、終業時間が来たら帰らせなければならない。


 今日は、放課後の『イベント』の確認や、そのあとのマルティナの事もあったので、大幅に帰寮時間が過ぎてしまっていたのである。


「エマ、ちょっと時間が回ってしまったようね、今日はもう上がっていいわよ、ありがとう」


「あっ、はい、分かりました」


 エマはそう答えると、グラスを洗って片づけると、一礼して部屋を後にした。部屋の扉が締まり、エマのトタトタとする足音が遠ざかるのを確認してから、レイチェルの髪の中からリーフが顔を出す。


「もう、出ても大丈夫そうだね」


「えぇ、エマは帰らせたから大丈夫よ」


 レイチェルはそう言うと、ベッドの所へ向かい、その隣のサイドテーブルの上にある植木鉢に植えられた小さな樹の所へリーフを降ろす。


「レイチェル、あの娘には私の事を話しても良いと思うんだけど…」


「…それにはまだ早いのではないかしら? 信用できるかどうか分からないわ」


「レイチェルは厳しいというか警戒心が強いね、私の目から見ればあの娘のオーラは十分信用に値すると思うんだけどね」


 確かにリーフがそう言うのであれば、そうなのかも知れない。リーフは小さな人形のような妖精の姿を持つ存在である。しかし、彼女は肉体を持っているが、生物というよりも精霊に近い存在である。なので、物理的な見た目だけではなく、精神的な情報も見る事が出来る。なので、リーフは見た目には騙されず、対象の本質を見抜く事が容易なのだ。


 しかし、リーフがエマの事を善良に見えるからと言って、すぐさまエマを信用することは出来ないとレイチェルは考える。本人に悪意がないと言って、悪意のある第三者に利用されれば、リーフでは見抜くことが出来ないと思われるからだ。


 レイチェルはリーフ自身の存在的な価値と、自分にとって唯一無二の親友である事を考えると安易に人を信用して、その存在を教える事は出来なかった。


「では、私は浴場で汗を流しているから、少しの間、一人でいてくれるかしら?」


 今日は色々な事があったので、本来であれば、すぐさまベッドに入って休みたい所ではあるが、レイチェルはこれでも学院に通う令嬢であるので、全力疾走と汗を掻いたままで眠る事は出来ない。


「分かったよ」


 リーフはそう答えると、自分の本体の樹木より分けた盆栽のような苗木に、水をやり始める。自分で自分の世話をする樹木とはなんと便利な事かと、レイチェルは思いながら、着替えを準備して、浴場へと向かう。


 レイチェルは浴場に辿り着き、制服を脱ぎ始める。最初は湯船にお湯をはって浸かろうかと思ったが、色々疲れがあるので、シャワーを浴びて汗を流すだけにとどめる。


 シャワーを浴びた後、パジャマに着替え、髪をタオルで拭っていると、猛烈な睡魔が襲ってくる。思った以上に身体と心が疲れている様だ。


 もう我慢できないと思い、レイチェルは寝室へと戻る。


「レイチェル、早かったね」


リーフは植木鉢の苗木の上で答える。


「えぇ、疲れているからシャワーだけで済ませたのよ… もう眠くて眠くて…」


そう言ってレイチェルはベッドの上に倒れこむ。


「そのまま、寝ちゃだめだよ、風邪ひくよっ ちゃんと掛け布団を掛けないと」


 リーフの言葉にレイチェルはもぞもぞと身体を動かして、眠る態勢へと身体を整える。そして、リーフにおやすみの言葉を言う前に深い眠りへとついたのであった。




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