第383話 ここはどこ?
私は今、心地よいふわふわの中にいる。まるで子供の頃に思い描いた、お日様の下、雲の上で寝そべっている様な心地よさだ。
あぁ、なんて気持ちよいのだろう。こんな心地よさを感じたことが無い。
また、左手には小さな手が、右手には大きな手があって、私の手を握り締め、そこから暖かさが伝わってくる…
両手から伝わる暖かさで、なんだか、心が安心できる…
ずっと、このままでいたい… 天国って、こんな所なのであろうか…
もしかして、私は死んで天国にいるの?
いや、私は確か… 死んでいないはず… 本当のレイチェルが…ディーバ先生の代わりに…
ディーバ先生!? ディーバ先生はどうなったの!? 私の胸から鎖が出て…
私はディーバ先生の事を思い出し、夢心地の気分から、一気に現実へと引き戻されていく。そして、意識が覚醒し始めて、自分が今まで眠っていた事に気が付く。
「ん…」
私はゆっくりと瞼を開き始め、やはり先程の事が夢であったと改めて気が付く。しかし、夢から覚めて、意識が覚醒したというのに、私の身体は非常に柔らかな物に包まれたままで、両手の暖かさもそのままだ。
瞼が開き、ぼやけながらも視界が開き始めると、私の目には天井…いやベッドの天蓋が映る。しかもコロンの家でも見た事のないような豪華な天蓋だ。一体、どこの家のベッドの天蓋であろうか?
「レイチェル様っ!」
すると、私の視界にクリクリの目を涙ぐませたエマの顔が飛び込んでくる。
「エ、エマ?」
「気が付いたようだな、レイチェル君」
そしてその反対の右側から、ディーバ先生の優し気な顔が視界に入ってくる。
「ディーバ先生!!」
そこで、まだ微睡んでいた私の意識は完全に覚醒して、私はすぐさま上体を跳ね起こす。
「ディーバ先生!!」
私は再びディーバ先生に向き直り、その姿を見て、ディーバ先生が鎖になって消えていない事を確認して、安心して、胸を撫で降ろす。
その時に、私が両手を使って二人の手を握り締めていた事に気が付き、恥ずかしくなって、慌ててその手を放して、自分の胸に引き戻す。
「ご、ごめんなさい…ずっと、二人の手を握っていたみたいで…」
「構わんさ、それで君が安心して眠っていられるようであったからな」
「私もですっ! 疲れた主に、穏やかな安眠を提供するのがメイドの役目です」
そう言って二人は私に微笑み掛ける。
私は鎖が解放されそうになった時に、精神世界で本当にレイチェルに出会い、彼女がディーバ先生の代わりに鎖になってくれた事を思い出した。そして、その後、目が覚めたらディーバ先生がいて、私はディーバ先生に…
その後の事も思い出し、その時の自分の発言を思い返して、顔が耳まで熱くなって真っ赤になる。そして、聖女の力をレイチェルに返した私は、脱力感から眠たくなって、そのままディーバ先生の胸の中で眠ってしまった事を思い出す。
そこまで思い出した私は、改めて周りの状況を確認する。
コロンの実家のロラード家は合宿中にかなり豪華な部屋を貸し出してくれたが、この部屋それ以上の豪華さの部屋である。壁紙のデザインの良さとその細かさ、部屋に備え付けられた家具などの調度品は、装飾品に金や宝石を使ったものでありながら品が良い。そして、このベッドだ。私が先程、雲に横たわるような心地良い夢を見ていたのは、このベッドの心地よさのせいであろう、その柔らかさで身体が沈んでいき、それでいて包まれるような感触がある。
「えっと、もしかして、ここはディーバ先生の家なのですか?」
コロンのロラード家を上回る豪華さから、公爵家の先生の家ではないかと推察する。
「いや、私の家はこんな豪華なものではないさ、コロン君の家の方が豪華なぐらいだ」
ディーバ先生は柔らかい表情でそう答える。確かにそう言われてみれば、ディーバ先生の性格からして、こんな豪華な部屋の作りにはしないであろう。寝れれば良いとまでは言わないが、シンプルイズベストって感じがする。
「では、ここはどちらなのですか?」
私は全く見当が付かず、首を傾げて尋ねる。
「その事も含めて、レイチェル君には目覚めたばかりで悪いが、至急、面会して頂きたい御方がいる」
「面会して頂きたい御方?」
ディーバ先生の御方と言う言葉に何か引っかかる。
「でも、私は服が…」
あの時、私はアレンに背中からお腹を刺されて血まみれになっていたはずである。そんな姿では面会などできないと思って、自分の姿を確認すると、私は真新しい制服に着替えさせられていた。
「レイチェル様っ、お召しになっていた服は、そのボロボロになっていたので、私が寝ている間に、身体の手入れをして御着替えをさせて頂きましたっ」
「ありがとう、エマ」
あぁ、これで入学してから何着、制服をダメにしたのであろう… 今回の制服は切り裂かれているから、再利用は完全に不可能であろう。まぁ、エマの洗濯する手間が省けるので良いだろう。
「それで、どなたなんですか?」
私はディーバ先生の手を借りながら、ベッドから降りる。
「とりあえず、あちらの御方が会うまで秘密にするようにと言われているのでな、答えられぬ」
ディーバ先生の顔が少し硬くなったような気がする。なんでだろう…
「では、エマよ、私がレイチェル君を案内するので、君はこの部屋で留守番をしてくれないか」
「分かりましたっ、ディーバ様、レイチェル様、お帰りをお待ちしております」
私たちはエマの見送りを受けながら、部屋の外に出る。部屋の外に出たとたん、その廊下の豪華さに驚かされる。天井までがかなり高い。こんな天井の高い邸宅は見たことが無い。
私はその凄さに、キョロキョロと周りを見渡しそうになったか、私を案内するディーバ先生の姿を見て、姿勢を正す。そんな私の素振りを見て、ディーバ先生は優しくふっと笑い、目的に向かって歩き始める。
「ディーバ先生、コロンやマルティナたちはどうしているんですか?」
私はディーバ先生の後に続きながら、姿の見えないコロンやマルティナ達の事について尋ねる。
「安心したまえ、レイチェル君、全員無事だ。彼女たちは別の場所で治療を受けているが、コロン君以外は特に目立った問題は無い」
「コロンに何かあったんですか?」
ディーバ先生の言葉に心配になって声を上げる。
「うむ、面会前に君を不安にする事は言いたくないのだが…コロン君は健康であることに問題は無いのだが…姿が小さくなって12歳ほど子供の姿になっている…原因は不明だ…」
「あっ…」
先生の言葉に私は思わず声を漏らす。
「レイチェル君は何か知っているのか?」
ディーバ先生は立ち止まり、私に振り返る。
「知っているというか…私がそうしましたので…」
私はいたずらをした子供がそのいたずらを自白する時の様に身を窄める。
「そうしたって、どういうことなのだ?」
「その…コロンは戦闘で手足を失い、息も止まった状態だったので、治療の為に、身体を再構築いたしました…」
私の言葉にディーバ先生は目を見開いて驚いて立ち尽くす。そして、何か聞きたそうに口を開くが、直ぐ首を横にふる。
「色々と詳しいことを聞きたくなったが、話が長くなりそうだな…この話は後にしよう、とりあえずは目的地に進むぞ。これから先は私語を慎むように」
「わ、わかりました、ディーバ先生…」
私はそう答えると、黙々とディーバ先生の後に続く。そして、長い廊下を突き当りまで進んだ所で、見た事も無い豪華な装備を纏った騎士に守られた。大きな扉があった。
「ここだ」
ディーバ先生は視線を促して、そう口を開く。
その扉には、聖剣に宝玉、それに旭日の紋章が描かれている。
これって…皇室の紋章!?
私はその紋章に心臓が飛び出しそうなぐらいに驚いた。




