第380話 最後の封印
アレン達は怒りに顔を歪ませる私の姿を見て、驚いて目を丸くする。
「ちょ、レイチェル、お前はあのファミレスにいたのかよ? でも、もう昔の事だろ?忘れよ」
エリシオは女の私が何もできないと思って、へらへらと余裕の表情を見せる。
「俺たちの為にファミレスで死に、そして、今回は俺たちの手柄の為にここで死ぬのか、不幸な女だな…」
私の事にもう気を遣わなくて良くなったカイレルは、ふんと鼻で笑う。
「なんで、私が貴方たちの為に死ななきゃならないのよ!! そんな事はまっぴらごめんだわ!!」
「じゃあ、どうするっていうんだよ? なんもできねぇだろ?」
オリオスが私の言葉に煽る様に返してくる。私はその言葉に怒りの頂点に達する。
「こうしてやるわよ!!!」
私は怒りに任せて駆け出し、拳を振り上げてアレンに殴りかかる。
「嘘…」
アレンがそう言いかけた所で、私の拳がアレンの頬に突き刺さる。私は拳に手応えを感じたので、そのまま拳を振り抜く。
「ぐはっ!!」
アレンは情けない呻き声を上げながら、地面に叩きつけられる。
「あはは、アレン、ちょーだっせ!」
オリオスは仲間がやられているのに心配するどころか、嘲り笑う。
「次はあんたよ!!!」
私は返す拳でオリオスに殴りかかる。私の拳は笑い声を上げて力を抜いていたオリオスの腹に突き刺さり、オリオスは豚の様な悲鳴を上げる。
「ブフォッ!」
それでも私のオリオスに対する怒りは収まらず、くの字に折れ曲がって突き出した顔に、再び拳を叩きつける。拳にオリオスの鼻の骨が砕ける感触が伝わってくるが、私はそのまま拳を振り抜く。
私の渾身の力で顔を殴られたオリオスは、吹き飛ばされながら転がり、車に轢かれたカエルのように床の上に横たわる。
「ちょっと、ヤベーんじゃないの!? カイレル! 後ろから押さえろ!!」
アレンとオリオスの様を見たエリシオが身に危険を感じて、カイレルに指示を飛ばす。カイレルはエリシオの指示に従い、後ろから私を捕えようと襲い掛かってくる。
そんなカイレルに対して私は振り向き様に、肘鉄をカイレルの顔目掛けて撃ち込む。
メキッ! ガシャン!!
カイレルのクソ眼鏡が砕ける音が響き、私の肘鉄がカイレルの顔面に突き刺さる。
「くそぉぉぉ!! このアマァァァァ!!!」
今度はエリシオが前から私を押さえつけようと襲い掛かる。
「クソは貴方よ!! エリシオ!!」
私はそんなエリシオにタイミングを合わせて前蹴りを喰らわせる。私の前蹴りは飛び掛かってきたエリシオの股間にぶち当たり、足の裏に嫌な感触が広がる。
「ウグッ!」
股間を蹴られたエリシオは目が飛び出しそうな顔をして、股間を押さえながらよろよろと後ずさりしていき、そのまま床に座り込む。
私はその光景を肩で息をしながら眺める。
「こ、これで…クソどもを…倒したわ…女の…私でも…やれば…出来るものね…」
そうして、腕で汗を拭っていると、突然、背中から腹部に鋭い痛みが突き抜ける。
「うっ!! えっ!?」
突然の痛みに腹部を見てみると、私の腹部から剣の切っ先が飛び出していた。
「女だからだと思って手加減していればつけあがりやがってクソアマァァ!!!」
背中からアレンの怒声が響く。
「うぉぉぉぉぉ!!!」
こんどは横からカイレルの怒声が響き、私に向かって拳を振り上げてくる。だが、私は腹部に剣を突き立てられており、躱す事が出来ない。私は拳から顔を逸らす事しかできなかった。そして、逸らした頭の米神にカイレルの怒りの拳が突き刺さる。
「あうっ!」
私は頭に激しい衝撃を受けた事で、意識が朦朧として姿勢を崩す。その崩れた姿勢の為に、剣の切っ先が私の腹部とその内臓を切り裂きながら、抜けていき、私はその痛みに耐え切れずに、そのまま地面に倒れ伏す。
腹部から激しい出血を感じ、倒れ伏している身体の全面が血で濡れているのが分かる。しかし、私は痛みで全く動けない。
「俺にもやらせろ!!!! 俺の鼻を潰しやがって!! このアマが!!!」
私の目の前には、鼻血で顔を真っ赤にしたオリオスが怒りで更に顔を真っ赤にして仁王立ちしていた。そのオリオスは足を振り上げると、私に向かって力任せに振り下ろす。
新たに、後頭部に激しい衝撃が加わる。その衝撃に、私の意識は混濁し、目が回っているのか、視界が激しく揺らぐ。
「おい! エリシオ!! へたばってねぇで、お前もこの女にやり返せよ!!!」
オリオスが声をあげる。
「いや…俺は無理だ…動けねぇ…お前が俺の分までやってくれ…」
「情けねぇ奴だなぁ~ 分かった! 俺がお前の分までやってやんよ!!」
オリオスがエリシオにそう答えると、再び後頭部に激しい衝撃が加わる。
「このクソアマ!!! お前はよ!!! 俺たちに黙ってやられてたらいいんだよ!!! ていこうすんなっつーの!!!」
オリオスの蹴りが何度も何度も私の後頭部に加わる。その度に私の意識は混濁し朦朧としていく。
もう…ダメ…私は…ここで…終わりかも… みんな…ごめんなさい…
……
…
ぞわぞわぞわ……
諦めて、心の中で皆に謝っていた時に、背中に悪寒が走る。
「えっ…」
次の瞬間、その悪寒は全身に急速に泡立つように広がっていく。
マズイ…また…アイツが…
そう思った時には、私の全身から黒いオーラが吹き出していた。
「なっ! なんだ! こいつ!? なんか出て来たぞ!?」
「爆発でもするんじゃないのか?」
アレン達が私から後ずさり、遠巻きに離れる。
「うはっ!? なんだよこれ!? きもちわりー!!」
「これは…なんだ!? 人型になっていくぞ?」
声は聞こえるが、意識が混濁している今の私では、誰の声なのか分からない…
ジャラ… ジャラ… ジャラジャラ… ジャラリ…ジャラリ…
金属を引きずる様な、擦れる様な、大きな鎖を引きずる音が鳴り響く。倒れ込む私の周りにアイツの黒い闇のオーラが満ち始める。
「クウ…モットクウ…」
「アイツヲクイツクス…」
闇のオーラの中に潜む、蠢く蛆虫たちの囁く声が聞こえ始める。
「なっ! なんだよ!! この化け物はよう!!」
「ラ、ラスボスは倒したんじゃないのか!? なんで化け物が出てくるんだ!?」
アレン達の慌てふためく様子が聞こえてくる。
私はそんな様子を聞きながら、気を失い死んでいくのだと思っていたが、徐々に痛みは引いていき、意識の混濁もじょじょに晴れていき、意識が元通りになっていく。
「ど、どうして…痛みが引いていくの? そうか…聖女の力が自分自身も癒しているのか…」
私は痛みが引く理由が分かると、まだ完全に癒えたわけではないが、手を突っ張り身体を起こしていく。そして、足元をふらつかせながら起き上がると、腹部に手を当てて刺された傷口を確認する。
「傷口が完全に閉じてる…これでは私の方が化け物みたいね…」
私は塞がった傷口を見て自嘲する。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!! 放せ!!! 放せぇ!!!!」
私はその悲鳴に顔を上げると、床にカイレルの身体が転がり、アイツの手には見た事の無い男の魂が握られていた。
「アレが…カイレルの中の男?」
アイツは握り締めた男の頭に食らいつく。男は頭を咥えられて、暫く手足をバタバタさせていたが、ぶちゅっという音の後に、手足がだらりと垂れさがる。
「こ、こんなの相手してられっかよぉぉぁ!!!」
そう言ってオリオスがアイツから逃げ出そうとする。しかしアイツが足をバン!!とオリオスを踏みつけると、オリオスの身体だけが数歩歩いてパタリと倒れて、アイツが足を上げた後には、踏みつぶされて板状になった男の魂があった。
「あれでは元の姿が分からないわね…」
次にアイツは竦んで動けなくなったエリシオに目を向ける。
「ママァ~!!ママァ~!!!! 助けてよぉぉぉぉ!!!」
アイツはそんなエリシオの頭を摘まんで、中の男の魂を引きずり出す。
「あっ! あの男… 最後に煙草を吸おうとした奴だわ…」
アイツはそんな男のばたばたと足掻く手足を一本一本、弄る様に貪っていく。
「手がぁぁぁ~!!! 手がぁぁぁぁ!!!」
アイツは男が泣こうが叫ぼうが、手足を貪るのを止めない。そして、ついに頭と胴体だけになった時、頭を上げて、そのまま口に放り込む。そしてゴクリと飲み込んだ後、嬉しそうにニヤリと笑う。
「くっ! くそぉぉ~!!! カイレルもオリオスもエリシオも…みんな喰われた!!! お、俺は喰われたりしないぞ!!!」
最後に残ったアレンが声を上げる。その声にアイツはアレンに顔を向ける。
「馬鹿ね…黙って隠れていればいいのに…」
アイツはゆっくりとアレンに近づいていく。まるで、近づく度にアレンの慌てふためく様子を楽しむように…
「くそ! くそぉぉ!!! 俺は皇族なんだ!! 皇子なんだ!!! こんな所で、こんな化け物に喰われていい人間ではないんだ!!!」
アイツはアレンの前まで辿り着くと、まるで子供に目線を合わせる様にしゃがみ込む。
「は、離れろ!! この化け物が!! 俺はこの帝国の皇子だぞ!!!」
アイツはそんなアレンの言葉を無視して、アレンの頭に手を伸ばして、その魂を引き抜く。すると中から小太りのとても皇子には見えない姿の男の魂が出てくる。
「戻せ!! 戻せよ!! 俺はあの身体でまだまだやることがあるんだ!!」
この期に及んで男は無駄な叫びをあげる。アイツはそんな男の叫びを無視して、頭を上げて丸呑みの体勢に入る。
「止めろ!! 止めろぉぉ!!!」
アイツはそんな男の足に噛り付く。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!! 足がぁぁぁぁ!! 足がぁぁぁぁ!!!」
男は悲鳴を上げるが、アイツは足からガジガジと男を貪っていく。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
男は足から順に齧られながら悲鳴を上げる。そして、頭だけになった時、とても皇子の魂とは思えない情けない表情になっていた。そして、アイツは最後の頭を呑み込んだ。
「これで終わった…全て終わったわ…」
私は力が抜けてストンと地べたに座り込む。
ガゴンッ!
突然の何かが砕ける轟音に私は肩を竦めて驚く。すぐさまその音に視線を向ける。
すると、アイツの右腕を拘束する鎖を繋ぎ止める枷がはじけ飛んでいた。
「右腕を拘束する枷が…」
私はそう言いながらも、まだ二本残る鎖に安心していた。
ピキッ!
「えっ!?」
左腕を拘束する枷にもヒビが入り始め、私は頭から冷や水を浴びせられたような驚きと緊張が走る。
ピキッ! ピキピキッ! パリンッ!
私の目の前で、左腕の枷がはじけ飛び、先程と同じ轟音を立てて床に崩れ落ちる。
「どうして!? エリックの時は一本も砕けなかったのに!?」
私は思わず声に出して驚く。だが、胸の奥底では、淡い希望的予測を考えていた。
まだ、一本残っている…この一本さえ残っていれば…何とか助かる…
しかし、そんな私の期待とは裏腹に、残された首の鎖を繋ぐ枷にヒビが入る。
ピキッ!
「嘘!? そんな!!?」
目の前の衝撃の光景に、身体全体に激しい恐怖と緊張が走り、身体が強張ってわなわなと震えだす。
「ダ…ダメ! その一本はダメ! その一本が弾けたら…」
ピキッ! ピキピキッ!
しかし、私の願いを無視するかのように、首の枷に更にヒビが走っていく。
「や、止めて…お願いだから止めて… その一本が弾けたら…その一本が弾けたら…」
パキンッ!
だが、無情にも、私の目の前で、その最後の枷が砕け散った。
その事にアイツがあの不気味な口を使ってニタリとこれまでにない喜びの表情を作る。
そして、私の胸に刻まれたあの魔法陣が輝き始める。
「いや!!! 止めてぇぇ!!! 出ないで!!! ディーバ先生が… ディーバ先生がぁあ!!!」
私は発動しようとする魔法陣を手で押さえて止めようとする。
しかし、魔法陣は凶暴な光を迸って、私の手を払いのける。
そして、魔法陣から鎖が飛び出した。




