第375話 悪霊vs魔族
「ヴォォォォォォォォォ!!!!」
アイツが私の声に反応して、天を仰いで歓喜の声の様に、地響きのような咆哮をあげる。
「グォォォォォォォォォ!!!!」
原初の魔族も、それに呼応するかのように、胸元を開いて雄叫びを上げる。
咆哮と雄叫びを終えた両者は、頭を下げ、互いを正面に捉えてにらみ合う。
アイツは原初の魔族の姿を見て、あのピンクの肉色の歯茎と気持ち悪いほど白い歯を剥いて、ニタリと笑う。対する原初の悪魔は、憤怒の表情を見せるかのように歯を食いしばり、鼻から、エンジンの排気の様な鼻息を出す。
暫し、両者はタイミングと間合いを計るかのように、にらみ合った後、先に原初の魔族が拳を握り締め、まるで野球の投球でもするようなフォームで、アイツの顔目掛けて拳を繰り出した。
「ウヌゥゥゥゥゥゥ!!!!」
しかし、アイツはその拳を避けようともせずに、そのまま魔族の拳を顔面で受け止める。
グニュッ!!!
魔族が繰り出した右拳は、アイツの左頬を捕らえて、そのまま振り抜く。アイツは顔を仰け反らせて、殴られた拍子にアイツの体表を覆う黒い塊が私の所にも飛び散ってくる。
「ア、アイツでも原初の魔族には勝てないの!?」
そう私が口に漏らした時、辺りから、呟くような小さな声が聞こえてくる。私は何事かと思い、その声の発生源に視線を向けると、先程、魔族によって、剝ぎ取られたアイツの左頬の体表の黒い塊から聞こえてくる。
その黒い塊は、まるでではなく、正しく黒い蛆虫の如くにもぞもぞと蠢き、人の言葉の声をあげていた。
「クワセロ…」
「ユルサナイ…ユルサナイ…」
「オレタチノクルシミ…オマエニ…」
その言葉を聞いた時、私の全身に悪寒と鳥肌が一瞬にして立っていく。
何なの!? あの黒い表面はただのオーラではなく、この黒い蛆虫のような物が、無数にひしめき合って蠢いているというの!?
私は視線をアイツに戻す。アイツは魔族の二撃目の拳によって、右肩の体表が剥ぎ取られ、その内側に、表皮の無い人間のむき出しのピンク色の筋肉の様な物が露出していた。
「何なの… 本当にアイツは何者なの!?」
私は今更ながら、アイツの異様さ悍ましさに、改めて驚き恐怖した。
アイツは先に二発も殴られながらも、あの不気味な口はニヤついたままで、魔族を見据える。そして、アイツも左手を弓を引くように引き搾り、弓矢の様に魔族に向けて撃ち出す。
その左手はお前も殴って見ろと言わんばかりに、胸を張っていた魔族の右頬を貫く!
次の瞬間、魔族の右頬から鮮血が飛び散る。アイツは拳でなく、抜き手で魔族の右頬を撃ち抜いていたのである。
「グォォォォォ!!!」
魔族は痛みの為か悲鳴の様な雄叫びを上げる。しかし、アイツは突き刺さった手に力を込めて握り締め、力任せに腕を引き戻す!!
ブチッ! ブチブチブチッ!
魔族の下顎が引き千切られ、それと共に魔族の鮮血が飛び散る。
「ウゥゥゥゥ!!! ウゥゥッゥゥ!!!」
魔族は下顎を引き千切られた痛みに、顔を歪ませながらも、奪った下顎を返せと言わんばかりに、左手をアイツに伸ばす。だが、アイツはその左腕をガッシリと受け止め、その腕を万力で締め上げる様に握り締めていく。そして、あの筋肉が柱の様に太い魔族の腕が、アイツに握り締められることによって、まるで水風船でも握りつぶす様に弾ける。
ブチュッ! バキバキバキッ!
肉の爆ぜる音と、骨が砕ける音が辺りに響く。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」
魔族が下顎を失った口で悲鳴を上げながら再び右拳をアイツの顔目掛けて撃ち出す。
しかし、アイツは避けるでもなく、逆に大きく口を開け広げて待ち構える。
ガブッ!!
アイツは魔族の右腕を肘の辺りまで呑み込みながら受け止めた。そして、魔族をあざ笑うかのようにその口の口角を上げる。次の瞬間、また悍ましい音が鳴り響く。
ブチンッ!
アイツは顎を噛み締め、魔族の右腕を喰い千切った…いや、まだ途中で喰い千切るのを止めていた。そして、その状態で、頭を仰け反らせるように、大きく身を引いていく。
ブチブチブチブチッ!!
アイツはまるで、鳥の手羽先でも食べる様に、魔族の右腕から骨だけ残して、肉だけを歯でこそぎ落とす様に食い千切る。
私はあまりにも凄惨で悍ましい光景に、喉に胃液が込み上げて来て吐き気を催す。
だが、まだ決着はついていない…目を逸らす事は出来ない…
私はそう思い、吐き気を堪えて顔を上げ、アイツと魔族の戦闘に目を戻す。
アイツは高い段差でも乗り越える様に、右足を大きく振り上げていた。そして、その足を魔族の左膝目掛けて、力任せに蹴り飛ばす。
ガキュッ!!
魔族の左膝は大きな音を立てて撃ち抜かれ、通常ではありえない、まるで馬や鳥の足の様に反対方向に折れ曲がる。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」
魔族は痛みの苦痛によるものなのか、それともアイツに対しての恐怖なのか…どちらであるか分からないが、純粋に悲鳴の声を上げながら、片足を失ったその巨躯を時計台の屋上に倒れこむ。
だが、アイツの追撃はそれだけでは留まらず、痛みにもだえる魔族の上に馬乗りになり始める。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」
痛みに悶える魔族をアイツは膝で抑え込み、まるで飛び込みでもするかのように、両手を抜き手にして魔族の胸に突き立てた。そして、その指が魔族の分厚い胸板に全て埋まった所で、その両腕を開き始める。
ブチッ! メリメリメリッ!!
魔族の分厚い胸筋をまるで両開きの扉でも開くかのように、広げていく。
「ア゛ア゛ア゛!!ア゛ア゛ア゛!!ア゛ア゛ア゛!!!」
アイツはその開いた胸に再び手を入れて何かを握り始める。
バキバキバキバキッ!
骨の砕ける音が鳴り響いたかと思うと、アイツは魔族の胸からまるでゴミでも捨てる様に何かを放り投げる。その放り投げられたものは、血の粘着音と硬い物が転がる音を立てながら床に転がる。
私がその物体の正体が分かった瞬間、再び、猛烈に胃液が込み上げ、吐き気を催した。
それは、魔族の砕かれた肋骨と胸骨であった。
アイツは心臓をむき出しにする為に、胸筋を開き、肋骨を砕いて胸骨を取り除いたのだ。
アイツは心臓が露出した胸に、まるで極上の料理を目の当たりにしたように、嬉しそうにあの不気味な口の口角を吊り上げ、頭を心臓に寄せていく。
そして、その不気味な口から、蛇のように長い舌が伸びて、まるで味見でもするように魔族の心臓を舐める。
「ア゛ア゛ア゛!!」
心臓に感触があるのかは分からないが、魔族が弱々しくなった悲鳴を上げる。
だか、アイツはその悲鳴を無視するかのように、心臓に更に顔を近づける。
ニュルッ!
不快な音が響いたと思うと、アイツは動脈などの血管が繋がれたままの心臓を咥え込んでいた。そして、口の中で心臓の味を味わうように舌で転がし始める。
ブチンッ!!
舌で転がす事を堪能したのか、血管を噛み千切る音が鳴り響く。それ共に、アイツの口からは鮮血が溢れて飛び散り、辺りを赤く染め上げていく。
「ア゛ア゛ア゛アァァァァァ…………」
そして、か細く弱々しい、魔族の断末魔の悲鳴が時計台の屋上に響き渡る。その断末魔の悲鳴の中、アイツは暫く心臓を口の中で転がした後、頭を上げて、ゴクリとそのまま呑み込み、口を小さく開き、まるで御馳走を食べた後に、ため息を漏らした。
アイツが魔族に完全勝利した瞬間であった。




