第026話 露見
ディーバ先生が凍てつくような眼差しで私を見据え、その先生を警護する騎士が、犯罪者でも見るような目で、私を見下ろしている。
『大丈夫…まだ大丈夫よ…今の情報だけでは、私がマルティナ嬢に教科書を切り裂かれたという事だけ…全ては明るみになっていない…』
部屋の中は、私の弁明という名の発言を待っているらしく、凍り付いた沈黙に包まれている。私は発言するための決意を固める為、すぅっと静かに深呼吸をする。
「今の先生の話では、その礼拝堂に運び込まれた令嬢が、私の教科書を切り裂いた犯人かも知れないという事ですね…調査して頂きありがとうございます」
ディーバ先生は私が取り乱し、自らの行為を白状する事を期待していたかも知れないが、私は落ち着いて、私の教科書切り裂き事件の調査のお礼を述べる。
「ふむ…君は意外と冷静で強かだな…」
ディーバ先生は両肘を机の上につき、顔の前で両手を組む。
「確かにそうだ、礼拝堂に運び込まれた令嬢が、握りしめていたナイフが、君の教科書を切り裂いたものであることが判明しているだけだ」
ディーバ先生の姿は後ろに窓があり、そこからの逆光で、姿が陰になっており、悪だくみを考えているようにも見える。
「しかし、君の教科書がナイフによって切り裂かれ、そのナイフを持った令嬢が意識を失って礼拝堂で発見された。普通に考えれば、その令嬢の犯行を知った君が報復で彼女を意識不明に陥らせたとは考えられないか?」
「そ、それは…」
私は頭をフル回転させる。何か発言しなければならない。沈黙は肯定だと判断されてしまうからだ。
「もちろん、礼拝堂に令嬢が運び込まれた時に、君が寄宿舎に居なかったことも、学園の外に出ていない事も調査済みだ。どう答えるのだね?」
先回りして、言い訳の手段を断たれている。これは別の言い訳を誘導するための物ではなく、沈黙は肯定と言う状況を作り出す為のものである。なんだか、蛇のような陰険なやり方だ。
「レイチェルは悪くないよ!!」
鳥籠の中に閉じ込められているリーフがいきなり声を上げ、私の弁明を始める。
「ほぉ…彼女が悪くないとは、一体どういうことかね?」
ディーバ先生が鳥籠のリーフに視線を移す。
「あの令嬢が魔法を使ってレイチェルを眠らせたから、その反撃を受けただけだよっ!」
リーフは格子を掴んでディーバ先生に声を上げる。
『リーフ! そんな事言ったらだめよ!』
私は心の中でそう叫ぶが、言ってしまった言葉はもう口には戻らない。
「なるほど…君とレイチェル君は、令嬢が意識を失った現場に居たという事だね…」
「あっ!!」
ようやく、リーフは自分が何をしでかしたかに気が付く。
「令嬢は反撃を受けたと言ったが、反撃を行ったのはリーフ、君か?」
「…ううん…違う…私じゃない…」
リーフは俯いて答える。
「だろうな、君のような精霊が、人にあの様な害をなすようには見えない。その令嬢の状況は深刻だ…では、誰がやったというのかね?君でないとすれば…」
「…ちがう、レイチェルじゃない…」
リーフは小さく答える。
「そうだな…あれはただの人間に出来るような事ではない…あのような事が出来るのは…そうだな…」
ディーバ先生はゆっくりと視線を私に移す。獲物を捕らえるような視線は、私の心臓をビクリとさせる。
「例えば…悪霊とか…」
ディーバ先生の言葉に、私の体は一瞬にして強張る。
でまかせ!?いいえ、そんな事はない!今までの先生の話し方は、全て分かった上で話している様な物言いだ。では…先生は…
『見えている』
そう、先生は私に憑りついている『アイツ』が見えているのではないか?でも、そんなそぶりは…
「あっ…」
私は思わず声が漏れてしまう。
そうだ、最初に教室で出会った時、先生はぎょっとしていた。それは新任で生徒の多さや、上級貴族がいる事に、萎縮したものと思っていたが、ここしばらくの先生の言動を見る限り、そんな事で萎縮するような性格でもないし、そもそも先生の名前、『ディーバ・コレ・レグリアス』。『コレ』は公爵家の血筋を現すものだ。同じ上級貴族で萎縮するはずもない。
だから、先生は『アイツ』を見て、ぎょっとしていたのか…
なるほど、だから、事務室に来た時も応接セットのソファーには座らせず、逆にその応接セットを挟んで距離をとった椅子に座らせて、私を警戒していたのか…
「レイチェル君、君は私が『見えていない』とでも思ったのかね?私は最初から見えていたんだよ…マルティナ嬢を未だ昏睡状態に貶めている原因の『モノ』がね…」
ディーバ先生の全てを見通すような眼差しで、私の血の気を引き、身体を凍り付かせたかのように強張らせる。私はまるで、蛇に睨まれた蛙だ。
「最初に出会った時は、教室を覆いつくしそうな闇のオーラを持った人物に見えた。その後、君をこの事務室に呼び、このモノクルで改めて君の姿を見た」
ディーバ先生は指でコンコンと身に着けているモノクルを叩く。
「闇のオーラはただのオーラではなく、君の中から漏れ吹き出しているものだ。しかも、恐ろしく凶悪で、底が見えない闇に蠢く、人とは相容れぬ存在だ…」
見えているのは先生だけなのか、先生の説明によって、警備している騎士がピクリと動く。恐らくそんなものを相手にしているとは思わなかったのであろう。
「それは、君に憑りついているモノなのか…それとも、君自身なのか…」
ディーバ先生はゆっくりと静かに立ち上がる。
「君は一体、何者だ」
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