第245話 家族水入らず
私とマルティナは夕食が終わった後、マルティナの部屋に来ていた。
「ふぁ~ もう緊張して、何を食べても味がしなかったわよ…」
マルティナがソファーの背もたれにどっしりと身体を預けて愚痴を漏らす。
「マルティナは緊張しすぎて、身体がガチガチだったものね…」
私は平静を装ってそう返しているものの、頭の中では、マルティナが猫に追いつめられた時のネズミのような顔をしているのを思い出して、笑いを堪えるのに必死である。
「それより、マルティナ…」
「何、レイチェル」
マルティナは背もたれに身体を預けて、天井を仰ぎ見ている様な状態だ。
「あの時、へたれてあんな事をいっていたけど、婚約破棄の事をどうするのよ…」
「いや、どうするって言われても… 皆の前であんな事を言われた手前、言い出せないでしょ…」
マルティナはそのままの体勢で答える。
「でも、言わないと、あのカイレルにぐちぐち言われる日々が続くわよ?」
「うぅ~、もう親に相談せずに、こちらで勝手に破棄しちゃおうかな~」
そう言って、マルティナは足をプラプラとさせる。
「でも、そうすると、マルティナ、貴方のバッドエンドフラグが立つから、なんとか親を説得しようという話ではなかったの?」
「確かにそうなんだけど… なんだか前門のクソ眼鏡に後門の親眼鏡って感じだわ…」
「それって虎と狼の事よね…まぁマルティナの場合はそれで問題ないけど」
では、眼鏡を掛けていたアーロン君は差し詰め、非常口というところか?
とりあえず、マルティナは、カイレルがマルティナ有責にするように、あらぬ噂をながしているので、なんとかカイレルの悪事を暴き立てて、カイレルとの婚約破棄を望んでいる。しかし、ゲームの中のイベントでは、それがマルティナのバッドエンドのフラグになり、追放エンドになってしまう。
元々のマルティナも金銭的に甘やかされて育てられ、今のマルティナも中身は女子高生である。そんな女の子が、無一文で追い出されても生きていける訳がない。というのが、マルティナの恐れている事である。
私自身は、最初の頃こそ、確かにその通りだと思っていたが、最近のマルティナを見ていると、無一文で追放されても図太く生きていく様な気がしてならない。かといって、助けない訳にも行かない。
しかし、マルティナの今回の帰省の要件を聞く前に、ジュノー卿が皆に対してあのような発言をしたのは、実は婚約破棄をしたがっている事を事前に知ったうえで、釘を差す意味でしたのではないかと思えるようになってきた。
ジュノー卿が来る前に、マルティナとアーロン君が口喧嘩をディスカッションやディーべートしていたのと同様に、ジュノー卿も論戦が得意だとすれば、事前にマルティナを叩き潰す為の作戦だったと思える。だとすると、流石、マルティナの父親である。
「んー このままだと、マルティナがあのお父さんのジュノー卿を言い負かすのは難しそうね…」
「でしょ? なんというか、エリートビジネスマンって感じのドライな人だから、最終的には切り捨てられそうで怖いのよ…」
「確かにそんな感じには見えるわね…でも、何だっけ…将を射んとする者はまず馬を射よだっけ、そのやり方で行けばどうかしら?」
「それって…」
マルティナが口を開いた時に、バーンっと部屋の扉が開かれる。
「マルティナお姉ちゃん!!」
「お姉ちゃん! 一緒にお風呂はいろ!!」
マルティナの下の方の弟と妹たちが、部屋になだれ込んでくる。
「あっ エーギル、エーヴァ、ヘルゲ、インガ」
マルティナはそう言うと、仰向けにしていた身体をくるっと捻って子供たちに向き直る。
「マルティナちゃん、今日は久々にお母さんとも一緒に入りましょう」
マリアナさんも子供たちの後ろから姿を現す。
「お母様!!」
また、あの声だ。なんでマルティナはマリアナさんにだけはこの声を出すのであろうか…
「あら、レイチェルちゃんもこちらにいたのね、どう?一緒にお風呂は? うちのお風呂は温泉をひいているからいいお湯よ」
「はい、是非ともご一緒させて頂きます」
私は温泉と聞いて即座に答えた。
と言う訳でお風呂に来たわけだが、やはりお金持ちの侯爵家だけあって凄いお風呂である。まるで温泉旅館のような作りだ。私がいつも寄宿舎でユニットバスのような小さな浴槽とは訳が違う。天然石を使ったメインの岩風呂に、定番の檜風呂、後は水風呂に、かけ湯をする場所すらあった。
「マルティナお姉ちゃん! 自分で洗えるよ!」
「ダメよエーギル、貴方、いつも耳の後ろを洗わないでしょ!」
そう言いながらマルティナはエーギル君を洗ってやっている。
「レイチェルちゃん、ごめんなさいね、お手伝いさせて」
マリアナさんがヘルゲ君を洗いながら声を掛けてくる。
「いえ、構いませんよ、私も妹が出来たみたいで楽しいですから」
私は、一番下のインガちゃんの髪を洗いながら答える。ちなみに、エーヴァちゃんは一人で洗えるようだ。
「インガちゃん、お湯掛けるわよ、目を瞑って」
「うー!」
インガちゃんがきゅっと目を瞑る仕草が可愛い。私は暫く見ていたい気持ちになったが、さぁっとお湯を掛け、泡を落としていく。その後、インガちゃんは残った泡とお湯の雫を飛ばす為にプルプルと小動物のように頭を振る。本当に可愛い。
「さぁ、これで大丈夫よ」
インガちゃんは振り返って、きょとんとしたクリクリの瞳で私を見る。
「レイチェルおねえちゃん」
「ん?何、インガちゃん」
「レイチェルお姉ちゃん、ちゃんとご飯食べてる? 食べていないなら私のお菓子あげようか?」
えっ? 私ってそんなに痩せて見えるのであろうか?
「大丈夫よ、インガちゃん、お姉ちゃん、ちゃんとご飯食べているから」
「でも、だって、マルティナおねえちゃんみたいにむ…」
「さぁさぁ、インガちゃん! お風呂に浸かりましょうね~」
言葉の途中で、マリアナさんがインガちゃんの手を引いていく。
インガちゃんは何を言いかけたのであろうか…
私はマルティナを見た。
まぁ、大体察しはつくのだけれど… 悪意が無くても人は傷つけられるものなのね…
とりあえず、私もお湯で身体を流してから、湯船へと向かいお湯に身体を付ける。
「あぁ~」
思わず声が漏れる。
「うふふ、やっぱり、お湯に浸かる時って、その言葉がでちゃうわよね」
先に浸かっていたマリアナさんが微笑んでくる。
「ふぁ~ 生き返るわぁ~」
お湯に浸かったマルティナが声を上げる。
「ちょっと、あれは我が娘ながらババ臭いわね…」
マリアナさんがマルティナの姿を見てこぼす。
「しかし、いいお風呂ですね」
「そうでしょ?このお風呂は初代皇帝も浸かった事のあるお風呂なのよ」
「そ、そんなに凄いのですか!?」
「そうね、なんでも皇帝がウリクリを支配下に置いた時に記念に作らせたそうなのよ」
となると、凄い歴史的に価値のあるお風呂に、私は入っているのか。
そんな訳で、私は歴史的価値のある温泉にゆっくりと浸かった後、再びマルティナと話をする為にマルティナの部屋に向かった。
「マルティナ、入るわよ」
私はマルティナの部屋に入る。
すると、マルティナは妹のベルタちゃんと一緒に変なポーズをしていた。
「お姉ちゃん、こう?」
「違う違う、ちゃんと胸の前の手でハート型を作らないと」
マルティナは片足立ちをして、胸の前で両手を使ってハートマークを作っている。
「えっと…マルティナ…何をしているの?」
「はっ! レイチェル! いや、ちょっと、い、妹に、の、悩殺ポーズを教えている所で…」
マルティナはしどろもどろになりながら答える。
「ちょっと、悩殺ポーズって…」
まだ小学生低学年ぐらいのベルタちゃんに何を教えているのだか…でも、インガちゃんもあんなに小さくても女の子だったし、これは一族の血がさせるものなのか…
「マルティナお姉ちゃん! それより、こっちで絵本読んでぇ~!」
ベッドの上には、パジャマ姿のインガちゃんもいる。
「マルティナちゃん、今日はお母さんと久々に一緒に寝ましょうか? あら?レイチェルちゃんもいるの?」
パジャマ姿のマリアナさんまで訪れる。
「お、お母様!?」
マルティナが顔を真っ赤にして、オクターブ高い声を上げる。
「あらあら、マルティナちゃん、そのポーズ、まだ覚えていてくれたのね」
このポーズは最初にマリアナさんがマルティナに教えたのか…
「レイチェルちゃんも一緒に寝る?」
マリアナさんがコロコロと微笑みながら私に聞いてくる。
私は、マルティナと話をしようとこの部屋に来たわけだが、この調子では話が出来そうにない。それに家族水入らずを邪魔するつもりもない。
「いえいえ、今日はひさしぶりのマリアナさんや妹ちゃんたちにマルティナは譲ります」
私はそう答えてマルティナの部屋を後にした。




