異世界への転移 ~ カセットテープは朝を告げる
その日のラジオのテーマは、カセットデッキであった。
生放送中、調子に乗ったボクが、得意のニワトリのモノマネを披露していたところ、突然 スタジオが 白い光に包まれた。
異世界への転移。
まさかそんなことが起こるなんて…。
こうしてボクは、斉候国に放り出された。
右も左も分からないボクを庇護してくれたのが、王様の甥にあたる田文さん。
たんぼの田が苗字、文章の文が名前。
この世界の名前は、漢字2文字が普通なんだと知った。
今からお話するのは、田文さんに付き従って、秦候国へと旅した時の話だ。
秦候国の昭襄王は、疑り深い人で、田文さんが秦の脅威になると感じたらしい。ボクたちが滞在している屋敷を包囲させ、田文さんを殺そうとした。
これはいけないっ。
ボクらは、夜陰に紛れ、東の斉候国へ向かって逃げ出した。しかし、スグに大きな難関に阻まれることとなる。
函谷関だ。
南と東の境界にある関所で15キロにもわたる大きな要衝。この関所は、朝にならねば開くことは無い。
「困ったのぅ。これでは、追っ手に捕まってしまう。」
田文さんは、ほとほと困り果て黙り込んでしまった。
ここは、ボクの出番だ。
函谷関は、昼なお暗く函の中を進むようであったことから、名づけられたと言われている。つまり、朝の訪れは、太陽の光以外で察知しているわけだ。
― ボクにお任せください。
そう言って、前に出ようとした時だった。
「私にまかせてっ。」
一人の女性が、サッと田文さんの前に立った。
あぁ、ボクと一緒にラジオ番組を放送していた悠衣子さん。
彼女がトンっと、置いたのは、ラジオ放送でテーマにしていたカセットデッキだった。
東南に向けて置かれたそのデッキに、彼女は1本のテープを差し込む。
― コケコッコー
大音量!スピーカーからニワトリの鳴き声が辺りに響いた。
昼でも暗いこの場所では、時をニワトリの鳴き声によって知る。
カセットテープの鶏鳴が、朝の訪れを告げたのだ。
ガガガっと音を立て、関所が開くっ。
こうして、ボクたちは、危うきを逃れた。
斉候国へと帰った田文さんは、斉の宰相となる。人々からは「孟嘗君」と呼ばれ、国を安寧に治めた。
そして、彼の命を救った悠衣子さん。
彼女は、カセットデッキを置いた方角、東南を意味するタツミの名を授与された。
授与式は、7日間かけて行われ、訪れた民衆は彼女の美しさに息を飲んだという。
そして、斉候国の荒野に、一人の男の叫び声が響いた。
『 オレの出番は、どこだぁぁぁぁ 』
文字数(空白・改行含まない):1000字
こちらは『第3回「下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ」大賞』用 超短編小説です。