第五話 魔女さちよさん降臨
その数刻前。
ほのかたちに空高く吹っ飛ばされた下衆なマスコット、略して下衆コットのミッキュは、惜しくも星にならず。
そのまま墜落していく姿を何とか視界に捉えたアズリアが、何とかキャッチしようと必死で駆け出していた。
「ひぃぃぃぃぃぃい?し、死ぬう?死ぬっっキュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ────っ⁉︎」
「待ってろよミッキュッッ!何とか追いついて受け止めてやるからなッ!」
もちろん普通ならば、人間が走って間に合う距離ではないのだが。
アズリアは右眼に宿した筋力増強の魔術文字を発動させ、常人の数倍の速度でミッキュを追跡していたのだ。
だが、それでもミッキュが落下する速度のほうが若干上回っていたようで。
このままではミッキュは地面に激突する。
「ぎゃあああああもう駄目っっキュううゥゥ‼︎‼︎」
「ミッキュううううう?」
落下地点に間に合わなかったアズリアは、地面に衝突する瞬間、潰れたミッキュを見ないように思わず目を手で覆ってしまったが。
「……あ、あれ?」
砂埃が舞い上がってはいたのだが、あれだけの高度と速度で落下したにもかかわらず、予想していた激しい衝突の音かなかったことを不思議に思い。
目を凝らすと、砂埃の中に人影が一つ。
「がっはっは!危ないとこだったねえミッキュぅ……それて?アタシに吹っ飛ばされたほのかは一体何処にいるんだい?」
「さ、さ、さちよぉぉぉ助かったッキュううう!」
「……胸を揉むのはちょっと後にしてくれないかねミッキュ。どうやらアタシに用がある人間がいるみたいだからね」
アズリアは「信じられない」といった表情で、砂埃の中で落下してきたミッキュを掴んで豪快に笑う黒いローブを着た赤髪の女性を睨みつけていた。
それも当然だ。
空高くから物凄い速度で落下してきたミッキュを地面に着く前に片手でキャッチする、なんて神業じみた事……アズリアにだって出来やしない。
それを、目の前の「さちよ」と呼ばれた女性は事も無げにやってのけたのだとしたら。
アズリアの額から冷や汗がツツーと頬に流れる。
「なぁ。アンタが何者だか知らないけど、アタシはミッキュ……その緑色の生き物を連れて帰らなきゃいけないんだ」
「……ふうん……なぁるほどね……それでアタシにどうして欲しいんだい?見たところ、アンタは魔法少女じゃないみたいだし使い魔なんか必要ないだろ?」
「……きゅ?ちょ、ちょっと二人ともどうしたっキュ?」
一方で、さちよのほうも。
破魔町でかつて「最強」の名を欲しいままにした自分の目の前に立っている異世界の女戦士を頭のてっぺんから爪先まで観察していく。
びっくりするようなデカい剣を背負っていたが、一番興味を惹いたのは……彼女の右眼から漏れ出していたその魔力の質と量だ。
さちよは思った。
彼女はどことなく昔の自分に酷似していたのだ、と。
「それでも……この使い魔を欲しいって言うんなら」
「欲しいってんなら……何だってんだい?」
さちよは、目の前の赤髪の女戦士の魔力に興味を示していた。
そしてアズリアもまた、赤髪の魔女さちよの実力を肌で感じたいと背中の大剣の柄に手を伸ばしていた。
「がっはっは!まだるっこしいのはアタシは嫌いなんでね。拳で決めようじゃないか」
「……面白ぇッ、そういう考え方はアタシも嫌いじゃねえ……ほのかが待ってるからねぇ、手短に済ませてもらうぜッッ!」
さちよが握った拳を見せていくと。
それに応えるように、アズリアが背中から自分の背丈程ある2メートル近い大剣を抜き、真正面に構えていく。
そんなさちよとアズリアを交互に見ながら、二人が臨戦体勢を整えていく様子をあたふたとしながら見ていたミッキュが何とか一触即発の状況を止めようとするが。
「さ、さちよもアズリアも肉体言語の使い手すぎるっキュうう⁉︎二人が戦っても何も良いコトないっキュよ────」
『黙りなミッキュ』
「────────……ッキュぅぅ」
戦る気になった二人はもう止まらない。
邪魔しようとするミッキュを怒鳴りつける二人の声がハモり、大人しく引き下がる。
そしてミッキュが吐いた諦めの溜め息。
それを合図代わりにして、二人がほぼ同時に一歩踏み出し。
「赤き魔女の紅き血潮が朱く燃えたぎる……赫き魔法は世界を染める────『赫』
さちよが詠唱と共に力を解き放つと。
彼女の身体が赤い魔力に覆われていき、彼女の姿が二体に分裂していく。
「「がっはっは!」」
「覚悟しな!こっからはウルトラスーパーハイパーキューティービューティーギガストリームっ……」
「大!魔法!少女のっ!さちよさんの妙技をたっぷりと味わいやがれっ!」
一方で、アズリアも負けてはいない。
右眼に既に発動させていた筋力増強の魔術文字と、もう一つ。
左眼に浮かび上がったのは、西の魔王と一騎討ちした際に行使する権利を勝ち取った魔術文字……「九天の雷神」。
「我、九天による願う。我こそは天空と雷霆を支配する者……人間が住まうかの地に雷の加護使わしたるモノ────その名をουρανός」
アズリアの身体が黄金に光り輝いていき、身体のあちこちからバチバチと火花が散り、真っ赤な髪が逆立っていき。
一人目のさちよさんが振るう拳を躱すと。
二人目のさちよさんの背後へと目にも止まらぬ速度で回り込んでいき、大剣を振り抜くが。
大剣の刃を拳で受け止め、二つの攻撃が衝突したその衝撃で互いに一度間合いの外へと距離を取る。
「がっはっは!武器を使ってるとはいえこの最強魔女さちよさんの拳に力負けしない人間がまだいたなんて驚いたよっ!」
「……アタシこそ九天の雷神を発動したこちらの速度についてこれるなんてさぁ……もしかしたらアンタ、魔王サマより強いかもしれないねぇ」
そのまま睨み合いを続けるさちよとアズリア。
その二人を交互に見ながら、敵対する理由がないのに真剣勝負を始めてしまったことを心配していたのかと思ったミッキュだったが。
「ぐへへへ……二人ともアレだけ激しく動くとぶるんぶるんと震えるたわわな二つの爆乳が最高っだっキュ!」
確かに、さちよもアズリアも巨乳……というよりは爆乳と呼んでも差し支えないサイズであったが。
まさかこの期に及んでも、二人の揺れる爆乳を眺めていたとは。
下衆コット、ここに極まれり。