第一話 ほのか、目覚める
多分、気を失っていたのだろう。
草むらに倒れていた一人の少女の頬を、何か緑色の謎の生き物……にすら見えない何かが何度もビシバシと往復ビンタしていた。
「……起きるっキュ目を覚ますっキュ!ほのかっ!ここは何処だっキュ?だだだ大至急起きてミッキュに説明するっキュううう?」
「────うるせえゴラあああああ!ミッキュぅぅぅぅ……あと五分寝かせろっていつも言ってるだろうがボケぬいぐるみがああああ!」
「ぐ、ぐえええ……死ぬ、死ぬっキュぅぅぅ……」
目を覚ました栗色の髪を後頭部で結ってポニーテールにしていた、緑色の謎の人形に「ほのか」と呼ばれたわたしは。
起きるや否や、自分の頬をわたしが気を失っていたのをいいことに、往復ビンタしていたミッキュと呼ぶ緑色の、何らかの動物に似せた人形を、両手で握り潰そうとする勢いで掴んでいた。
「……ま、待つッキュ……よ、よく周りを見るんだキュ……ほのか冷静になれっキュ、そしてミッキュを今すぐ離すんだっキュ」
「────え?ちょ、ちょっと、ここ……破魔町じゃないし……わたしの家でもないじゃん?え?え?……何で……」
わたしは倒れる前に何があったかを思い出す。
確か、目の前でぶるんぶるんと揺れていたさちよさんのメロンと見間違うばかりの豊満な乳房が不意に「触って♪」と話しかけてきた気がしたので。
そのまま、さちよさんのメロンへと手を伸ばし。
顔面にさちよさんの鉄拳がカウンターで飛んできた……そこから、記憶がプッツリとない。
あ、ちなみに「さちよさん」とは。
わたしの先輩にあたる赤髪の女の人で、色々と謎と問題の多い人間ではあるが。
貴重なメロン、もとい立派な胸囲の持ち主であり、わたしもいずれ彼女のように豊満な胸になるために、そのコツを盗もうと日々研究対象にしているのだが。
「さちよさんが原因があああああ!」
「……いや、原因は間違いなくほのかっキュ?」
「いやだってさあ、さちよさんってば居候してる分際であんな立派なおっぱいをこれ見よがしにぶら下げてるんだよ!……巨乳の謎を解き明かすためにも、触るしかなかったんだよ」
普段ならばさちよさんは、胸をほのかに揉まれたくらいでは動揺の一つも見せずに。
「お?何だ、こんな乳房揉みたいならいつでも揉ませてやるぞ、邪魔なだけだしな、ガッハッハ!」
と、気さくにわたしが満足するまで胸を揉ませてくれているのだが。
どうやら巨乳に対する敵愾心が溢れ出てしまっていたらしく、それを殺気と勘違いされ戦闘マッシーンのさちよさんの拳が反射的に動いてしまったのだろう。
さちよさんの問題点の一つ。
それは彼女の比類なき戦闘力の高さである。
多分あの強さは、ゲームならばラスボスを通り越してレベルカンスト必須の隠し裏ボス級なのだ。
それにしても、ここは一体何処なのだろう。
それを確かめるために、わたしは杖を取り出して魔法を唱えてみるのだった。
「記憶、跳!……ってうわわあああああ?」
わたし、宮内ほのかは。
中学一年生ながら、日本で唯一「魔法を使うことが許された地区」破魔町で、色々と込み入った事情があって魔法少女をやらせてもらっていた。
そんなわたしたち魔法少女には、破魔町以外では魔法を使えない誓約があるのだが。
跳の魔法で、大空高くまで飛び上がってわたしが見た景色は。
そこは、わたしの知っている破魔町でも。
いや、日本ですらなかったかなくかなややにわかか輻ように見えた。
何しろ、学校やビルなどの建物はおろか、電柱や電線が一本も見えないし、道路も車も一つも見えない田舎なんて聞いたこともない。
ポケットからスマホを取り出して画面を見ると、電波は繋がっておらず、GPSすら機能していなかった。
なのに、魔法は使える。
何なの、ここ。
跳から着地したわたしへとミッキュが心配そうに寄り添ってくる。
「ど、どうだったキュほのか?ここが何処だか、わかったっキュ?」
「……わかんない、破魔町じゃないみたいなのに、魔法が使えるなんて……何なのここ……あと、さミッキュ……」
「……キュ?」
「どさくさに紛れて乙女の清らかな胸を揉んでるんじゃないわよっっっ!」
わたしの胸にしがみついて、その辺りをいやらしい手つきでまさぐる緑色の人形を無理やり引き剥がして、地面にへと思いっきり叩きつけていく。
「……むキュううぅぅ……な、何するッキュ!ミキュのゴォォルドフィンガァァでほのかの貧しい胸を少しでも大きくしてやろうというミキュの想いを────」
「誰が貧相な洗濯板だゴラあああああああああ!」
地面から起き上がってきたミッキュの言葉が、わたしの心の琴線に触れ。
怒声とともにミッキュを踏み潰すわたし。
まさかこんなスケベでゲスな人形……ミッキュこそが、わたしを魔法少女にしたキッカケだなんて今でも信じられないのだが。
ここが何処だかも見当がつかないまま、ミッキュを何度も何度も踏み付けていると。
ミッキュとの肉体言語による会話に割り込んでくる、というか背後から取り押さえられるわたし。
「ほのかっ?お前さん、ほのかじゃないか?……何でアンタが此処にいるんだいッ?」
「……あ、アズリアお姉さまっっ?」
そう、ここは日本などではなく。
ましてや、地球ですらなかった。
わたしは以前手違いからアズリアお姉さまを破魔町へと召喚してしまったという出来事があったが。
どうやら今度はわたしが、アズリアお姉さまが暮らしているラグシア大陸に時空の壁を破ってやってきてしまっていたようなのだ。
ここが地球じゃないとわかり、冷静になる……どころかわたしの頭はさらに困惑を極め、目をグルグルとさせながら。
「ど?……どどど、どうしようミッキュ?わたし今度はアズリアお姉さまの世界に来ちゃったみたい?何で?どうしてっ?ただわたしは誰もが羨むスイカに憧れてただけなのにっっっ?」
ミッキュに話しかけながらも何度も踏みつけていることから、わたしの頭がどれ程混乱しているか、その度合いがわかるというものだ。
「ぐへえ!……ぐええっ?……やめ、やめろっキュ!パンツ?ほのかのパンツが下から丸見えッキュよぉおおお?」
もはや煎餅みたいに真っ平らにされながらも、わたしの下着を覗くのを忘れないミッキュ。
……正真正銘のゲスコットである。
背後からわたしを羽交い締めにしていたアズリアお姉さまが腕を解くと、その手で手刀を作ると。
「……一旦落ち着け、ほのか」
「────はぐぅ?…………きゅううぅぅ……」
手刀が見事に後頭部へ放たれると、わたしの視界がぐるんと暗転し、意識を失ってしまうのだった。