第七話 おいミッキュ、どこ見てるのかねぇ?
「あ、あの……じ、実はっ──」
最初こそ、不幸が重なった出会いではあったが。アタシが誠心誠意、話を聞こうという態度が伝わったからなのか。
まだ若干の怯えこそ見せてはいたものの、少女はようやくこちらの問いに答えてくれそうな気配。
「その前に……お前は一体、誰だっキュ?」
「あっ!」
その時、少女の言葉に割り込んできたのはミッキュ。どうやらミッキュは、事情よりも少女の名前が気になる様子だった。
「え、えっと……私は、モネっていいます」
「ほうほう。年齢は、歳はいくつっキュ?」
「はい。今年で、十四になりました」
いや……ミッキュが気になっていたのは少女の名ではなかった。
ミッキュの視線は、側から見ても分かるほど、少女の胸の膨らみをジッと見つめていたのだから。
「ほうほうほう……十四にしては、立派なおっぱいだっキュ。その成長ぶり、ほのかにも見習って欲しいモノだっキュっキュ」
(……むぅ。素直じゃないねぇ)
アタシが、今の桃紅色のヒラヒラの礼装服のような衣装を着た時にもだったが。
どうもミッキュは他人の胸を、成長が乏しいほのかの胸と比較したがる。
一見すると、ほのかを小馬鹿にして罵ってるようだが、本当はほのかの元に帰りたいのではなかろうか。
そう思ったアタシは、少女の胸を凝視していたミッキュの耳元に足音を殺してそっと近づき。
少女には聞こえないような小声でそっと囁く。
「……そんなコト言ってイイのかい、ミッキュ。ほのかに、言いつけちまうぜぇ……ッ?」
すると、ミッキュの身体がカチンコチンに固まり、身体の表面からダラダラと汗をかき出し始め。
「──へ、っきょおぉっっっ!」
「う、うおぉッ?」
聞いたこともない奇妙な叫び声を発して、まるでスライムが移動するかのように空高く飛び上がるミッキュ。
「お、驚かせんじゃねぇよ……ッて、ど、どうしたよ、ミッキュ?」
釣られて驚いてしまったアタシだったが、飛び上がったミッキュの身体がアタシの肩に着地した途端。
何かに怯えたようにぶるぶると震えながら。
「ほ、ほのかには絶対内緒だっキュ! でないと、ミッキュは……ミッキュはっ……」
そう。
そもそもミッキュがアタシの世界に飛ばされてきた理由だって、ほのかの胸の小ささを馬鹿にしたからだというのに。
もう、その時のほのかの怒りの鉄拳制裁の威力を忘れたのか。もしくは……いや、きっと。
(ミッキュはそれだけほのかの事が好きなんだな)
ミッキュがほのかを馬鹿にしたような言葉を並べるのは、好意の裏返しなのだと思い。
そう考えるとアタシは思わず顔がニヤけてしまうが。
「おっと、と……」
ミッキュに弱味を握られてるのは、フリフリの礼装服みたいな服を着せられたアタシも同様なのだ。
もし、知り合いにこんな服を着てるのを見られようものなら、本格的にミッキュの世界に逃げ出したくなるかもしれない。
「で、でさッ、モネ……だっけ?」
アタシは、ミッキュに表情を悟られないうちに、モネと名乗った少女へと話しかけていくと。
「何で、こんなところに一人でいたん──」
「そ、そうでしたっ! あまりに目の前でお馬鹿なやり取りが繰り広げられてたから、すっかり忘れてましたよっ!」
モネは、ようやく自分のターンが巡ってきたと見るや、こちらの言葉に割り込み、捲し立てるように喋り始めた。
どうやら、しおらしかったのは最初だけで。アタシとミッキュとのやり取りを目の当たりにして緊張が解けたようだ。
「お願いです! うちのお母さんを……助けて下さいっ!」
「はあッ? お、おいおい、そりゃ物騒な話じゃ……」
「だって、このままじゃお母さん……死んじゃうんだもんっ!」
あまりに単刀直入、かつ突拍子もないモネの嘆願の内容。
さすがにこれまでのミッキュとの会話の流れだ、最初は「母親が死ぬ」など冗談か何かかと思い、軽くあしらおうとしたアタシだったが。
「……ぅぅぅっ」
こちらをジッと睨みつけるように見ているモネの両眼には、薄っすらとだが涙が浮かんでいた。
モネの真剣な表情が、先程の「母親を助けて欲しい」という嘆願が、どうやら危急を要するものらしい事を物語っていた。
(……参ったねぇ、どうも。アタシゃ、子供に泣かれるのにゃ滅法弱いんだよねぇ……)
子供の頃に、肌が褐色だというだけで謂れのない誹謗中傷を受けたアタシは。
その頃のやるせない思いを他の子供には味わって欲しくない、という気持ちからか。どうも子供には態度が甘くなってしまう傾向があった。
こんな恥ずかしい格好のまま、ミッキュに元に戻してもらうより前に。アタシは屈んでモネと同じ目線の高さになると。
「……モネ。アンタの母親に何があったか、聞かせてくれないかい?」




