怪談の過去は誰なのか
小野かんな
年齢の欄を見ればまだ10歳。20年くらい前だから、今は30ほどだろうか。
病気とか薬についての知識はさっぱりだし、そもそもそういう部分は日本語で書かれていないから読めない。
一階で会ったフカミさんはかなり背が高かったし、もしかしたらワンチャン生きてる人間なのでは?と思ったがむしろそっちの方が怖い気がするのでその考えはやめた。
どちらにしろ、これだけではなぜ"フカミさんになったのか"はわからない。
もう一方の書類……"施術台発注書"の方にも目を通す。
1枚目には病院の名前と、製作所がついた医療器具は扱ってなさそうな会社名、そして高額な製作費の明細が書かれている。
施術台、施術補助台、補助ベルト、クランク……パーツ名だけだと形状がわからない。
ペラリと次のページへ行くと、施術台の説明図を見た瞬間に音を立てて血が下がっていった。
十字架に似た施術台には、上腕、前腕、上半身、下半身、大腿、下腿にスライドするパーツが設置されている。
そのスライド部分それぞれにベルトが2本とロープが1本、それに大きいストッパーがついていて、施術台本体の端にはロープを巻くクランクが取り付けられていた。
これは"人体を引き伸ばす装置"だ。
磔にして、ロープを巻いて任意の場所を引き伸ばす。そういう用途にしか見えないし、ちらりと目線をずらすと図の横の文章にも同様の単語が散っていた。
10歳、まだ小学生であろう女の子にこれを使ったのか?正気の沙汰じゃない。いや、被害者の年齢や性別に関係なく、こんなこと思いつく時点でどうかしてる。
フカミさんが背が高かったのは成長したからじゃない。
引き伸ばされたのだ。
恐らく出来るだけ死なないように、ゆっくりとギリギリ限界まで負荷をかけて。
『ほー。自分がされたこと他人にしてんのか』
あっけらかんとラジオが言った。
顔を真っ青にする俺を他所に、次のページをめくるように指示してくる。
半ば呆然としながら指示通りにすると、希望設置場所について記載があった。
「別棟地下」
『地下ならまだ残ってる可能性があるな』
「え?それ行けって言ってる?」
『さすが相棒は俺の気持ちをよくわかってくれる』
「分かりたくない、あと相棒じゃない」
『それまだ言う?』
呆れた声を上げるラジオはさておき、カルテと発注書を封筒に戻す。
いつも通りというほど長い時間は過ごしてないのかもしれないけど、調子の変わらないラジオのお陰で冷静さを取り戻しつつあった。
ハサミも筆記用具入れに収めて封筒とともにリュックサックに押し込む。
「安全は保証できないけど、家に帰れるってたしかに言ったよな」
『ああ、言った。間違いなく』
リュックを背負って深呼吸する。換気のされてないない淀んだ埃っぽい空気に、ハウスダストアレルギーがなくて良かったなとぼんやり考える。
吸い込んだ息を吐き終わる頃には、覚悟が決まっていた。
「信じるからな、その言葉」
『そうこなくっちゃ』
走ったせいで抜けていたジャックを挿し直し、耳にイヤホンを入れ直す。
部屋に入る時に一緒に床に転がっていた懐中電灯を手にとり、内鍵へと手を伸ばしたのだった。
***
ラジオの指示を聞きながら別棟へつながる通路に出る。一階に降りたがフカミさんに会うことはなかった。
俺たちを探してどこか別のところへ行ってしまったのかもしれない。例えば二階の廃棄カルテ置き場とか。
曇りガラスの小窓がついた押し扉は片方外れて外に投げ出されている。
蝶番が劣化してこうなったのか、はたまた誰かが故意に壊したのかはわからないけれど、音を立てずに外に出られるのはラッキーだった。
扉の横をすり抜けて別棟……正確には別棟跡へと到着する。
あたりに蔓延る草の間にうっすらと残る土のラインが、そこにあったであろう別棟の名残を唯一残していた。
ライトで丁寧に地面を確認していく。
かなり広い範囲だ。悠長にしていられる時間があるのがわからないが、確認を危険と天秤にかけてもここで見落とす方が痛い。
「あ、これ」
虱潰しに見ていくと、とある場所で違和感を感じて立ち止まる。
上に土がかぶさっていて分かりにくかったが、錆びて茶色くなったハッチを見つけた。
急いで荷物の中から軍手を取り出して土を取り払いつつとびらの取手をつかむ。少し引いたくらいではびくともしない。
両手両足を突っ張って後ろに倒れ込むように全身を使い引っ張り上げると、バゴッ!っと音を立てながら扉が外れた。
外れた。開いたではなく。
勢いで尻餅をつき一瞬思考停止してしまったが、ハッとしてあたりを見回してもフカミさんが来たりはしていなかった。
取れたハッチの扉は捨て置き中を覗き込む。
そこには疎に短く雑草の生えた土があるだけだった。
『埋め立てられたか?流石に掘り出すのは現実的じゃないな』
「ここまで来て……」
恐怖を抑え込んで部屋から出て、時間をかけて調べたにも関わらずの結果に落胆する。
もしかしたら他に地下への出入口があるのかもしれないが、わざわざここが埋め立ててあることを鑑みるとその考えは難しいと思った。
結局手に入った情報は黒い封筒だけか?次はどこを探したらいいのか見当がつかない。
黙り込んでその場に膝を抱え始めた俺に、ラジオが明るく話しかけてきた。
『そう落ち込むなよ相棒』
「相棒じゃない……」
『頑張った相棒にご褒美、ってわけじゃないが俺も一肌脱ごうじゃないか』
こいつに顔があるのなら、間違いなくドヤ顔をしている。そういう声だった。
期待して若干損をした前例がある。文字通り手も足も出ないラジオの言うことは、話半分くらいが丁度いいのかもしれない。
「つかお前、脱ぐ肌なくね?」
『気にするところそこかよ』
夜風がひゅうと通り過ぎていく屋外。
ラジオの話に耳を傾けるように、あたりの草が揺れていた。




