噂の元に名前はあるのか
『俺がいる。俺はお前を死なせるためにここに来るよう言った訳じゃない』
何か策があるらしいラジオに、素直に聞いてみる。
「じゃあ……安全に帰れんの俺……?」
『いや、それは無理』
「このやろう」
一瞬でも期待したのがバカだった。ちょっと感動までしてしまった俺の気持ちを返してほしい。
フカミさんにラジオをぶん投げて、気を取られてる隙に逃げるのも手なのでは?それが今できる最善な気がしてきた。
そんな考えを知ってか知らずか焦った様にラジオが続ける。
『安全に、は多分無理だ。どうしてもリスクがある。別に意地悪で言ってるんじゃない。アレをどうにかするには対面する必要があるからだ』
「対面……もう一回会えって事か?そんなことしたら」
『言いたいことはわかる。だが先に説明を聞いてくれ』
ちょっと見ただけでめちゃくちゃ怖かったし、詳細を知った今2度と会いたくない。
でも俺はノープランだし今は藁でもいいから掴みたいところだ。
しぶしぶ引き下がると、ふうと息をつくのが聞こえた。
『情報がな、残ってるはずなんだよ。どうしてアレが"フカミさん"になったのかの情報が、この院内に』
「"フカミさん"になった理由?」
『そうだ それが分かれば【断ち切れる】はずだ』
「断ち……?わかるように言ってくれ」
『細かい説明すると長くなるから今はカット。ほら、口裂け女とかもそうなった理由があるだろ?で、ポマードって言葉に弱いっていう対処法があるわけだ。そういうのを探してどうにかするんだよ』
こいつのことだから本当に後から説明してくれるのか物凄〜く訝しんだが、鍵付きの部屋とはいえフカミさんがいつ来るか分からないのだから長く話し込むのはたしかに良くない。
要はフカミさんになった理由がわかれば撃退できる術があって、それを実行すれば俺は死なずに家に帰れる、ということらしい。
『俺がここに入れって言ったのは、鍵が閉められるからじゃない。情報があるからだ』
その言葉に改めて周囲を見回すと、約3メートル四方ほどの部屋にはスチール製のラックと書庫が置いてある。
殆ど空みたいだが、ファイルケースが置いてある辺りどうやら元は書類を保管する場所のようだ。
「カルテ……じゃないな。何が置いてあったんだろう」
『鋭いな相棒。でも残念、カルテ置場だ。ただし期限切れのな』
「なるほど」
大きな総合病院のカルテ置き場にしては狭過ぎる。一つの科に絞ってもこのスペースでは足りないだろう。
しかし期限が切れた物に限れば話は別になる。
量も使用中のものと比べれば少ないだろうし、廃棄までの一時保管であれば充分なはずだ。
廃棄するとはいえ個人情報だから鍵付きの部屋なんだろうな、と納得がいった。
『鍵付きの部屋で、中は廃棄するものだけ、業者が出入りするから病院外の人間が入っても怪しくない』
「何か隠すならここがベストってことか」
『そゆこと』
立ち上がり手当たり次第にファイルケースを見る。
当然の如くカルテは処分されているようで、あるのはケースだけ。
しかし一つのケースを傾けたとき、ふいにチャリンと音がした。
「鍵だ。自転車のっぽい」
『たぶん書庫のだな』
「こっちのか。上、は何も入ってないから下だといいけど」
書庫の上部分、所々にセロテープの跡のあるガラス戸の奥にはファイルケースすら置いていない。
下は経年劣化をあまり感じさせないステンレスの引き戸が閉じている。
祈りつつ鍵を挿してひねると、途中止まることなくするりと回った。
「開いたけど、問題は何があるかだな」
ゆっくり、あまり音を立てないように戸を開ける。
中には紙束やファイルホルダーが乱雑に詰め込まれていたが、めくってみると売店に置くお菓子の提案書や契約式駐車場の設置についてという見出しの資料……いらない紙を適当に積んでいるように感じる。
あれこれ手当たり次第に漁っていると、一つのものが目についた。
紙束やホルダーは平置きか横に立てかけてあったのに、これだけは書庫の奥に貼り付けるように紙束の影に入れられている。
手前にある余計なものを一旦取り除いて引き出すと、珍しい黒色の封筒だった。
リュックサックを開けて中からハサミを取り出す。筆記用具と一緒にまとめて入れておいて良かった。
『相棒、そんなもんまで持ってきてたのかよ!ここは十徳ナイフとかじゃないのか〜?』
「十徳ナイフとか持ってないし。普通のやつでも今使ったんだから持ってきて正解だろ」
『なんか格好付かないんだよなあ』
「文句あるならカッコイイやつ買ってくれ」
ショキショキと丁寧に上辺を切って行く。途中から刃を差しいれて一気に裂いた。
中を覗き込むと想像通り紙がいくつか入っている。
一つはカルテ、もう一つは発注書だ。
「小野かんな」
『どうやら"フカミさん"の性別は確定したみたいだな』
噂の名前とは全く違う名前だが、わざわざこんな形でカルテを保管している時点で背後が暗いのは明白だ。
一緒に入っていたもう片方の紙も見てみる。
そこに書かれた"施術台発注書"の文字に、言い知れない恐怖と嫌悪感を抱いたのだった。




