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ラジオは俺の人生を変えるか

 敷いてあったであろう床材は9割剥がれ、剥き出しのコンクリートが見える。

 風通しが良すぎる窓のガラスは跡形もなくて、ただの枠になり下がっていた。

 所々鉄骨が顔を出し室内に雑草が生茂るここは、そう、紛れもない廃墟。

 しかも夜中。

 腕時計を見れば時刻は23時を超えていた。


『どうした浮かない顔して!これからが楽しいところだ、そうだろう?』

「誰もいないボロボロの病院で何が楽しいんだよ」


 楽しげな声は怯えなんて一欠片もなくて、早く進めと暗に急かしてくる。

 ため息を吐きながら耳にイヤホンを挿して、ジャックをラジオにねじ込んだ。


『誰もいないって決まってるわけじゃないぜ相棒』

「お前そういう怖……つーかその相棒って……いや、もういい。言っても無駄だった」

『ハハ、つれないな』


 どれだけキツく当たろうがちっとも気にした様子のない相手にうんざりしながら、廃墟への一歩を踏み出した。

 ジャリっと砂やらガラスやらが擦れた音の不快感に鳥肌が立つ。

 入り口には立ったものの、中に入るのは気が重い。

 隙間をすり抜ける風が悲痛な唸り声のようにも聞こえて、変に想像力が働きそうになる。

 怖がってるのなんてとっくにバレてるのは分かってはいるけど、小さい自尊心で恐怖を噛み潰して誤魔化した。

 背負い慣れない大きなリュックサックの肩紐を片手で弄りながら、ハンディタイプの蛍光灯のような防災ライトを翳す。

 広範囲を明るく照らしてくれる性能が有り難いやら見ちゃいけないものまで見えそうで怖いやら。

 言いたい文句を飲み込みながら、足元と頭上の安全を確認してから前へと進む。

 もしここに誰かが居て今の俺を見たら、ただの肝試しに来た若者に見えるだろう。


 ……さっきから会話しているのがラジオでさえなければ。


『折角だ!ここの解説を聞かないか?』

「ほんっと、白々しいな!!現地に行くまで教えないって言ったくせに」

『そんな意地悪したっけか?』

「バカ アホ クソ」


 言い返す言葉も出てこなくなって幼稚な罵倒しかできず、肩紐のポーチに収まっているラジオを小突く。

 今ずっと喋っているこれは紛れもなくラジオなのだ。送受信できるタイプじゃない。完全な受信機。

 本来であれば会話なんかできるはずもないのに、まるで横にいるように話しかけてくる。


 このラジオを拾ったのは2日前。

 好奇心は猫をも殺すとは言うけど、多分人だって殺すと思う。

 どこをとっても普通で、テストは毎回平均点。

 もしかしたら怒られるんじゃないかと心配で、車一つも通ってない田舎道の信号でも青を待つような臆病な人間だ。

 今までだって悪いとか危険とかそういった単語とは無縁に生きてきた。


 それなのに


『お前、これを逃したら一生つまんないままだぜ』


 こんなラジオのたった一言に唆されて、わざわざ原付を飛ばして山奥の廃墟まで来てしまったのだから、俺は大概にバカなんだろう。


 漫画も読むしゲームもするし、物語の主人公にはそれなりに憧れたりもする。

 だからといって普通なことを疎んでいたわけでもない。

 むしろ自由化だの多様化だの数多の選択肢であやふやになった世界で、世間一般で言う"普通"でいられることはラッキーだと思う。


 でも、ホコリだらけの納屋で拾ったおかしなラジオは言ったのだ。

 これがラストチャンスだと。

 もしかしたら、普通だからこそ"これを逃したら"なんて売り文句に飛びついてしまったのかもしれない。


『ここは長沢原病院跡。半分は取り壊されたから分からないだろうが、元はかなりでかい総合病院だ。なんで半分だけ取り壊されたと思う?』


 不穏な内容なのに、それを語る調子は弾んでいる。

 いつもより随分と早い鼓動は期待なのか恐怖なのか分からないけれど

 このまま進めば俺は、間違いなく今まで(普通)の俺を殺すのだろうと確信していた。

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