ハロウィンパニック
「うーん、いい香り。お腹すいたなあ」
炊飯ジャーを開けると、白い湯気がもわりと顔に上ってきた。
炊き立てのご飯の香りを思いきり吸い込んで、しゃもじでお茶碗によそった後、食卓へ置く。
この地方特有の甘いたれを入れた納豆とそば茶の位置を調節して、箸置きにお箸をセット。
それから、いりこのお出汁がきいたお味噌汁に、刻んだばかりの万能ねぎを散らした。
甘い白みそと万能ねぎの良い香りが食欲をそそる。
お味噌汁の具材は絹豆腐と、えのき茸、そして南関揚げ。
──南関揚げとは、四角く平べったい油揚げで、手でパリッと簡単に割れる。汁物に入れるとお汁を吸って、ふっくらジューシーになるとてもおいしいお揚げだ。
グリルで焼いた塩鯖と一緒に食べると、ごはんが止まらなかった。
「はー! 美味しかった!」
お昼に遅い朝食を食べた後、洗濯やお部屋の掃除をしてると、時間はあっという間に過ぎた。
買い物に行くために身支度をして、気づけばもう、夕方である。
「そういえば……」
昨日の夕方もらった赤い紙袋を思い出し、開けてみる。
中には黒い大きめの箱が入っていた。
箱の中には──。
「服?」
黒とオレンジを基調とした、女性ものの洋服だった。
オフショルダーのワンピースっぽい服で、短いプリーツスカートがとてもかわいい。
色合いとデザインから察するに、ハロウィンの仮装用のだと思う。
仮装用にしては生地も良さそうだし、縫い目や裏地もしっかりしている。
「サイズはまあまあピッタリかな」
姿見の前で試着をしていると、部屋の外から悲鳴が聞こえた。
少し距離があるところからの絶叫、といった感じだったので、慌てて外へ出てみて──絶句した。
「うわあああ!! 助けてくれえッ!!」
「きゃああああ! こっちに来ないでー!!」
アパートの前の通りを何人かの男女が走り抜ける。
彼らは追われていた。
包帯でぐるぐる巻きにされた人型のなにかや目玉が眼窩からずり落ち、内臓を引きずりながら歩く、怪物。
宙を飛び回るカボチャに、赤く光る炎のようなものなど、色んなものがいた。
「あれは──、ミイラ男とゾンビ? かぼちゃの化け物はよく分からないし、あの火の玉はいったい……」
通りをうごめく異形たちが道行く人たちに群がり、囲まれた人はぐったりと地面の転がって動かなくなる。
目の前の光景は、まるで遊園地のアトラクションの一部のようで、現実感がなかった。
「あー……うう……」
低いうめき声に驚いて振り返ると、腐臭振りまくゾンビがすぐそばまで来ていた。
「ひっ!?」
黒く壊疽した皮膚は歩くたびにボタボタと崩れ落ち、くぼんだ眼下には虫が湧いている。
わたしは夢でも見ているんじゃないかと、あるいは頭がおかしくなったんじゃないかと、自分の正気を疑った。
いや──夢なんかじゃない! これは現実だ!!
二日前の出来事を思い出し、わたしはアパートの階段を駆け下りる。
「ぎゃー!?」
階段を下りたところで今度はミイラ男と正面衝突して転倒した。
やだー! 絶体絶命!! 襲われるーッ!!
頭を両手でかばいながら、立ち上がったけど……ミイラ男は何事もなかったかのように起き上がって、歩き去った。
「へ? あれ……?」
通りにうごめく怪物たちは、わたしを無視して、他の通行人へ襲い掛かっていた。
どういうこと?
ぼんやりと突っ立ったまま、その光景を眺めていると、通りの向こうから見たことのある二人が走ってきた。
「お。そっちからも来とるね。レイちゃん頑張り~」
「レイちゃんって呼ばないでください! 全く! あなたも少しは仕事をしたらどうなんですか!?」
「なんで? 俺、仕事を受けた覚えないっちゃけど。それにこいつら、変な味がするとよねー」
「好き嫌いしないで、ちゃんと食べてください!」
「わー。レイちゃん、お母さんみたいやね」
ラフな私服の朝陽さんとスーツ姿の阿部さんだった。
阿部さんはメモ用紙のようなものをこぶしに握って、怪物たちを殴って撃退しているように見える。
殴られた怪物はまるでゲームか何かのように、弾けて霧散した。
ヤバい。阿部さんの拳、どうなってるの!?
朝陽さんのほうは位置取りがうまいのか、阿部さんを盾にしながら器用に避けている。
「お。エサバちゃん、無事でよかった」
ひらひらと手を振る朝陽さんに、会釈する。
「朝陽……! あの子の名前は佐江葉さんですよ!」
走ってきた阿部さんが、気まずそうに朝陽さんの脇腹をつつく。
「うん。知っとるよ」
ですよね。
悪びれなくそんなことをいう朝陽さんに、阿部さんがげんなりとした顔でうなだれる。
「そういうことですか。また悪趣味な……!」
「そんなことより、エサバちゃん。その服どこで手に入れたと?」
「服ですか?」
「そう。妙な力を感じるっちゃんねー。それだけじゃなくて、そいつらと同じ匂いがする。エサバちゃんだけ、襲われてないってのも気になるし」
話し込んでいたら、またどこからか怪物たちが寄ってきたので、一度私の部屋に移動することにした。
「狭い部屋ですけど、どうぞ。人を招くことがほとんどないので、スリッパがなくて、すみません。それでですね、この服をくれたのは──」
掃除をしたばかりでよかった。
しかし、ベッドのスペース込みで十畳の狭い部屋だから、大人が三人も入ると窮屈さを感じる。
ワンルームの狭い部屋の中で膝を突き合わせつつ、わたしは昨日起こった出来事を話し始めた。