とある侍女の秘密
◇1◇
サロンの前を通りかかると開け放した扉から、長椅子にひとりで座っている第二王子が見えた。珍しいことだ。憂い顔で暖炉の火をみつめている。
先刻通った時は親友の公爵と談笑していた。一人きりで居残っているなんて、まさかと思うが喧嘩別れでもしたのだろうか。
少しの逡巡のあと、部屋に入った。わざと衣擦れの音を立てて気配を強調する。
殿下は気づいてこちらを振り返った。
「薪をくべます」
一礼して尤もらしい用件を口にする。
「ああ。いや、」一度うなずいた殿下はすぐに否定した。「もう部屋に戻る。必要はない」
その表情も口調も普段通りだ。そのことにほっとしながら殿下に返答をして、下がろうとした。
「……ときにアマーリエ」
呼び止められた。
「はい。何でございましょうか」
「例えばの話だ」
殿下が真面目な顔つきで私を見る。よく分からないながらも、はいとうなずく。
「君は夜半に部屋を出た。この真冬の凍えるような寒さの中だ。寝間着の上にガウンを羽織っているだけ」
殿下の言葉に相づちをうちながらも、心の中で首をかしげる。一体どんな状況だ。王宮に奉公に上がって11年。一度たりともそんなことをしたことはない。
「そこでばったり男に会った。彼は自分の上着を脱ぎ肩にかけてくれた。どう思う?」
「優しさを嬉しく思います」
殿下はため息をついた。
「私はそうしなかった。思いつきもしなかったのだ。上着は侍従が着せてくれるもの。彼女の格好を酷いと思ったのに、私は指一本動かさず、他の男がそうするのを見ていたのだ。どう思う?そんな男を?」
相変わらずよく分からない話だが、殿下の実体験であるようだ。
「殿下は『王子』であらせられるのですから、それで宜しいと思います」
「侍女としての意見ではなく、ひとりの女性としての意見がほしい。それでもそう思うか?」
また少しだけ迷う。殿下のためになるのは嘘と真のどちらかを考える。
「動いてくれた方の好感度が上がります」
「やはりそうだな」殿下は吐息した。
「ですが殿下は王子です。服を与えるのは他の者がして当然のこと。動いてくれた方の優しさを嬉しく思いはしますが、だからと言って、そうしなかった殿下をマイナスに思うことはございません」
「世間一般の女性もか?」
「少なくとも貴族ならば理解している筈です」
殿下がため息をつく。
言い過ぎただろうか。殿下を励ますつもりの言葉だが、捉えようによっては理解していない貴族を非難する言葉に聞こえるだろう。
「王子として理解されるよりも好感度を上げたい。ゆえに私の行動は失敗だった」
憂い顔の殿下。
恐らくこの出来事は婚約者様との間に起こったことなのだろう。先日彼女は姉である王太子妃の用事のために王宮に泊まっていた。
一体何が起きたらそんな不思議な状況になるのか皆目分からないが、殿下はその折りに『失敗した』ということらしい。
殿下とご令嬢の婚約は政略的なものだ。
だけれど殿下は彼女をお好きなのだ。彼の口からはっきりとした言葉で聞いた訳ではないが、見ていれば分かる。
しかし彼女にとっての殿下は、友人でしかない。その中途半端な好意は、さぞやもどかしいだろう。
婚約者様は大変に素敵なご令嬢だ。だが、やや幼いというか、同じ年頃の令嬢たちが異性に夢中になる中で、彼女は恋愛に疎いようだ。殿下の好意に気づいている様子はない。
だけどきっと、殿下は彼女のそういう初なところもひっくるめて好きなのだろう。
「次にそういう機会があったら、私は上着を脱いで肩にかけてやる。だが私がそんなことをしたならば、王子らしくないと呆れられてしまうだろうか?」
この方はすっかり泥沼にはまっているようだ。婚約者様はそんなことを考える人ではない。たが殿下は彼女の名前を出さずに話している。私が口にするわけにはいかない。
「そのようなことはありません。きっと王子自ら手を貸してくださったと感激されるでしょう」
……ちょっと大袈裟だろうか。
「そうか。感激するか」
殿下は真面目な顔でうなずいている。どうしよう。少し盛りましたと言うべきだろうか。
「ならば次はそうする」
「……そのように気張らなくとも、殿下はお優しく尊敬できる方だと皆知っております」
「いや」殿下は首を横に振る。「それだけではダメなのだ」
私だったら『それだけ』でないものを差し上げられるのに。
図々しくもそう考えて、思わず目を伏せた。侍女風情がなんて大それたことを。
◇◇
たいして特色のない平凡な男爵家の第五子三女として生まれた私。
長男は跡継ぎで長女は他の男爵家に嫁入り。次男は騎士となり地方の軍隊に配属、次女は領内一の商家に嫁いだ。では末子はどうするかとなったとき、両親は王宮に侍女として奉公するという案を出した。
私は深く考えずに承諾して、軽い気持ちで王宮に上がった。14歳の春だった。
私は国王の側室とその子供二人を担当する部署に配属された。最初の一年間は見習いとして主に裏で、マナーや侍女としての仕事をみっちり習った。
翌年からは表にもたくさん出て実践教育。
三年目、側室様専属侍女のアシスタントという立場になった。私16歳。側室様の長子で王族としては第二王子であるベルント殿下が15歳、次子の第三王女エルマ殿下が8歳だった。
一般的に王族や高位の貴族は大人と子供で生活を分け、食事も別でとるという。
だけれどこの母子たちは、立場の微妙さからなのか、食事もその他の時間も共に過ごすことが多かった。
私は年若かったため、エルマ様の遊び相手を務めることが多かった。自然に妹思いのベルント殿下と話す機会も増えた。
甘えん坊で恥ずかしがり屋のエルマ様。そして頭は良いのにお立場のせいかどこか斜に構えているベルント様。
光栄にも、いつの間にか兄妹に懐かれて私自身も殿下たちが大好きになった。
そんなこんなで五年目の春。エルマ様専属侍女になった。姫様が赤ん坊の頃から専属だったベテラン侍女が退職することになり、その後継として選ばれたのだ。
二人の殿下と私の接点はますます増えた。
そうして六年目の春。私は侍従長に呼び出された。
何か粗相でもしただろうかと戦々恐々として赴いた侍従長の部屋には彼の他に、側室様担当部署の侍従頭と、第二王子の専属侍従筆頭がいた。
勧められるままに椅子に座り、恐ろしさに身をちぢこませていると、侍従長がオホンと咳払いをひとつしてから、重々しく口を開いた。
「殿下はお年頃になられた」
あまりに予想外のセリフに、ついつい瞬いてしまった。
「夜、お側に上がる女性を必要とされている」
……なるほど、そういう『お年頃』か、と私は冷静に思った。殿下は18歳だ。
「側室様を母に持つ彼のお立場は大変に微妙だ。お相手選びは慎重を期さなければならないし、ご本人も理解している」と侍従長。「そこで殿下にお相手の希望はあるか尋ねたところ、アマーリエ、君を希望するとのことだった」
「えっ!」
思わずマナーを忘れて叫ぶと、侍従長はまたオホンと咳払いをした。
「年若い君にこのようなことは強制できない。殿下ご自身も、君に断る権利を与えると仰っている。また、断ったからといって今後の君の待遇が変わることはない。これも殿下のご意志だ」
侍従頭と筆頭を見る。二人とも真剣な顔だ。これはからかいなどではなく、本当に本当の話らしい。
「君は真面目で口も固い。私たちも適任だと思っている」と筆頭。
「無論、特別手当てをつける」と侍従頭。
「前向きに検討してくれると有難い」と侍従長。
「……なぜ殿下は私などを」
正直なところ、その辺りのことは全く未知の世界だ。『お年頃』の殿下のお相手には適していないだろう。
「君を異性の中で一番信頼しているからだそうだ」
侍従長のその言葉を聞いたとたんに、胸の奥がうずいた。
ベルント殿下という人は美男で頭が良く、少し人生を諦観していて、そしてどことなく人の機微に疎いところのある可愛い方だ。
そんな方が私を信頼してると言い、お相手にと望んでくれている。
その事実に私は喜びを感じた。
それに、最初から返事は決まっていた。
その晩にはお呼びがあり、殿下の寝室を訪れた。
殿下は
「引き受けてくれてありがとう」
と言い、私は
「精一杯務めさせていただきます」
と答えた。
それから月に2回ほど、その仕事をこなすようになった。
そのうち月に2度というのは『お年頃』にしては少ないのだと知り、どうやら私以外にも秘密のお相手がいるようだと気がついた。
胸が痛んだが、そちらは気づかないことにしておいた。
◇◇
そうして始まった殿下と私の秘密はもう四年半も続いている。この春に殿下は偶然に想い人のご令嬢とのご婚約が決まり、私はついにお役御免……となるかと思ったのだが、まだそうなってはいない。
結婚する直前まで続けるつもりなのだろうか。本人に確認していないから、殿下の考えは分からない。
ご婚約者様からの好感度を上げたいなら、まずは私やその他の女性とのことを止めるべきだ。いつどこからこの秘密が漏れるか分からないのだから。
だが卑怯な私はその進言をすることができないでいる。
「好感度を上げるというのは難しいな」と殿下。「下げるのは一瞬なのに」
彼はそう言って吐息した。
以前にも失敗をして、しかもそれは本物の救い様のないミスでご婚約者様は一時殿下をお避けになられた。
殿下は嫉妬で我を忘れて、横暴な言動をしてしまったのだ。そのことについて側室様が、
「嫉妬をするのは構いませんが、婚約者はあなたの所有物ではないと分かりませんか。相手を尊重しない振る舞いをする男を好きになる女なんていません」
と叱ったらしい。
殿下はしょんぼりしながら、私に言い訳をした。私ではなく婚約者様に伝えればいいものを。変なところで臆病なのだ。
私はそんな残念なところも殿下らしくて可愛いと思うのだが……。
「焦らなくても、いずれ殿下の良さが伝わります」
「『いずれ』ではなく『出来るだけ早く』がいいのだがな」
苦笑する殿下に胸の奥がズキズキとする。私ならば分かっているのに、とまたも大それた考えが浮かんでしまった。なんて愚かしい。
◇2◇
そろそろ王宮に上がって12年目が始まろうかという春先に、殿下の婚約が解消された。そして新たに異国の姫君と婚約をした。今回も勿論、政治的策略だ。
想い人との結婚が泡と消えさぞや落ち込んでいるだろうと思った殿下は、意外にもそんなことはなかった。手に入らないとなったら、諦めがついたそうだ。
それは良かったと答えながら、殿下と私の秘密は一体いつまで続くのだろうと考えたのだった。
だがその終わりは予想外の形でやって来た。
私が仕えるエルマ様の結婚が決まりややもすると、実家から手紙が届いた。私に結婚の申し込みが来ているという。相手の方は実家の領内で二番目に大きい商家の現当主。奥様を病で亡くされ後添いを探しているそうだ。
私は覚えてないが、王宮に奉公に上がる前に何度か会っているらしい。
散々悩んで、承諾の返事を出した。
そしてエルマ様が輿入れしたら、私は仕事を辞め実家に帰ることが決まった。姫様には直接話したが、殿下には筆頭から伝えて貰った。
殿下の前で取り乱さずに話せる自信がなかったのだ。
だが筆頭と話した際に意外な事実を知った。殿下のお相手を務めているのは私ひとりしかいないらしい。そのせいか、筆頭には引き留められた。後継を探すのが大変なのかもしれない。
その晩、お呼びがかかった。
殿下は筆頭から話は聞いた、といつもと変わらない様子で言ったのち、珍しく遠慮がちに
「大丈夫だろうか。その、初夜に離縁されるケースもあると聞く」
と尋ねたのだった。
思いもよらぬ気遣いに泣きそうになるのをこらえ
「問題ありません。清い身でないことは伝えましたが、それでも構わないそうです」
と淡々と答えた。
相手方が望むのは、私が王宮で学んだマナーや立ち振舞いをお子さまたちに教えることらしい。私の婚約者は10歳年上で、お子さまたちは15歳を筆頭に4人もいる。
「そうか。……ならば良かった」
ズキリと胸が痛む。
痛くて痛くて苦しいけれど、私は侍女としてしっかりマナーを学んだのだ。笑みを浮かべて
「身に余るご高配、有りがたく存じます」
と礼を述べた。
◇3◇
ぼんやりと手のひらに載せた金貨を見る。
都から遠く離れた実家。私は仕事を辞めて帰って来た。明日は結婚式だ。
かつて私の部屋だった客間にひとりでこもり、共に帰って来た荷物の奥底から重い袋を引っ張り出した。
殿下は結婚祝いだと言って、内密で金貨を一袋くれた。侍女風情の結婚に王族が祝いを贈るのはおかしいから、内密らしい。だけれど、まさかの金貨。
私は本当は、殿下のハンカチでもボタンでも何か身に付けているものをひとつ欲しかった。だけれどそんなことは口にできない。そんな中で渡されたのが、この金貨だった。
私は殿下が好きだったから夜伽を了承したのに。殿下にとっては娼婦代わりだった。分かっていたことだけど、改めてその事実を突きつけられるとあまりに惨めだ。
この金貨は袋ごとどこかに寄付しよう。
窓の外で馬車がこちらに向かって来る音がする。婚約者が来る予定だから、彼だろう。
手のひらの金貨を袋に戻して部屋を出た。
階下に降りれば、まさしく婚約者が屋敷内に入って来たところだった。
婚約者は優しそうな表情と雰囲気をしている。私をマナー講師として必要としているのだとばかり思っていたけれど、ちゃんと妻としても望んでくれているようだ。彼は私を女性として扱ってくれる良い方だ。
挨拶を交わしていると、またも馬車の音がした。
婚約者の他に来客の予定はない。誰だろうかと両親も首を捻る。
馬車が屋敷前で止まり人の降りる音。そして。
扉が開いたと思ったら、そこにいたのは……
「で……!!」
殿下と叫びそうになり慌てて口を閉じた。王子である彼がなぜ、こんなところに。
ベルント殿下は真っ直ぐに私の元に来ると、両手を取った。
「アマーリエ。君が結婚を望むならば送りださなければならないと思った。女性は私の所有物ではない。相手の意見を尊重しなければならない。そう、学んだ」
手を強く握りしめられる。
「嫉妬で我を忘れて相手を縛りつけてはならないと教わった。だけど駄目だ。君がいないと淋しくておかしくなりそうだ。他の男に渡したくなんてない。頼む。私の側にいてくれ」
……これは夢なのだろうか。あまりの辛さに耐えかねて、夢の世界で都合の良い物語を紡いでいるのだろうか。
「全く。相手の意見を尊重することと、自分の思いを伝えるのは別次元のことだろう」
脇から掛けられた声に目をやると、殿下の親友である公爵が立っていた。
「久しいな、アマーリエ。急な来訪ですまない。このバカがギリギリまでひとりで抱え込んでいたせいだ」
「だって我欲に駆られるな、相手を慮れと教わった!」
「だからそれとこれは違うだろうが」
公爵が呆れたようにため息をつく。「第一、重要なことが抜けているぞ」
公爵が優しい眼差しで私を見た。
「彼の婚約は白紙だ」
「白紙?」
思わず復唱する。
殿下と公爵はうなずいた。
「この間抜けが婚約者に好きな女がいると告白したら、彼女も好きな男がいると言ってひと騒動だ。今、両国家の大臣たちが円満解決のために鋭意画策中だ」
……好きな女?
それは前の婚約者様……ではなく、私だというのだろうか。
殿下を見ると彼は真顔だった。
「出来ることなら私と結婚してほしい」
「……私が、ですか?」
声がかすれた。
「他に誰がいる!」
とベルント殿下。
「この通り、この男は」と公爵。「頭でっかちな上に、以前の失敗のせいでだいぶ拗らせている。不器用を通り越してただの阿呆だな。何を学んだのか知らんが、君がどれほど大切な存在か気づきながら、引き留めもしないでしくしく泣いていた」
「しくしく泣いてはない!」
殿下が友人を睨む。
「今さら格好つけても仕方ないだろうが」と公爵。「アマーリエ、すまぬがこいつを引き受けてくれないだろうか。勿論」と彼は両親と婚約者を見た。「この結婚を壊した慰謝料は支払いする」
両親はただただ呆然としている。いつの間にか壁際に下がっていた婚約者は深く頭を下げた。
「それからもうひとつ、君が気になることだろう」と公爵。「彼の前の婚約者だが」
殿下の想い人のことだ。
「結婚が決まった」
「……まあ。おめでとうございます。どちら様と?」
「こいつだ!」と殿下。
「彼女は私に惚れきっているから、彼の妃の座に興味はない」と公爵。
「さらりと惚気るな!」
二人の顔を見比べる。
どうやら殿下は彼女に未練はないようだ。
これは本当に私に求婚してくれているのだろうか?
鼓動が速くなる。
夢、ではないのだろうか?
「でも私、ただの男爵家の娘で」
「問題ない」と殿下。
「うちに養女に入ってもらう」と公爵。「王宮で反対意見もゼロだ。彼は君がいなくなってからまるで役立たず。仕事が滞り、周りが大迷惑をこうむっている」
ちなみに、と公爵が懐から手紙の束を取り出した。
「これがエルマ殿下から、こちらは側室様、侍従長に侍従頭、筆頭、おまけでこいつの友人一同。全て結婚してやってほしいとの嘆願書だ」
その束を渡される。
「だが」公爵はにやりとした。「君がこんな面倒くさくて阿呆な男の相手など嫌だというのなら、それで構わない。誰も責めやしないからな。私が責任持って、引きずって帰る」
「待て、話が違う!」と殿下が慌てる。「説得してくれると言ったじゃないか!」
「さあ、どうだったかな?だいたい私の結婚ではない。説得するのはお前の仕事。私はただの付き添いだ」
「ずるいぞっ」
殿下は泣きそうな顔で私を見た。
「……やはり、こんな面倒くさくて阿呆な男は駄目だろうか」
少しの間、逡巡する。この人のためになるのは嘘か真か。どちらだろう。
彼は第二でも王子だ。私はただの男爵令嬢。公爵家の養女になっても、所詮、養女。殿下の後ろ楯には力不足ではないだろうか。
「アマーリエ、私は愚かだった。仕事を辞めると聞いて、君が側にいてくれなくなることに恐怖を感じた。結婚すると知って、どれほど愛しているかに気がついた。でも言えなかった。私には婚約者がいたし、なにより、君にとって私はただの仕事相手だったらと言われたらと思うと、怖くてどうすればいいか分からなかったのだ」
殿下はひざまづく。
「いけません!」
だが彼は首を横に振った。
「私の妻になってほしい。生涯君だけを愛すると誓う」
こらえきれずに涙がポロポロと落ちていく。
「アマーリエ!?私はそんなに困らせてしまったか!?」
殿下があわてふためき、今度は私が首を横に振った。
「……お慕いしています」
ずっと口にできなかった言葉が、こぼれた。
「アマーリエ!!」
ベルント殿下は立ち上がると、私を抱き締めた。
「ありがとう!ありがとう、アマーリエ!」
◇◇
それからのことは怒濤のようだったので、あまりよく覚えていない。
少なくとも殿下の周りにいる人たちには大歓迎されて、彼の妻となった。
反感を持つ人物がいたとしても、彼が守ってくれるそうだ。
だがそれは私の矜持が許さない。
すぐには無理でも、誰も文句を言えないような、そして殿下の隣りに相応しいと言われるような妃になる。彼の足を引っ張ることだけは絶対に嫌だ。
そう言うと、殿下は破顔して
「君のそんなところが好きだ」
と額にキスをしてくれた。
お読み下さりありがとうございます。
この作品は、別の作品の番外編として考え、だけれど没にしたものを元にしています。
ですのでそちらの作品と設定やエピソードがかぶっています。
別の作品を既読の方は、パラレルワールドだな、と思っていただけると助かります。
◇以下 2019,10,11 追記◇
王子が主人公の『とある王子の秘密』をアップしました。
合わせてお読みいただけたら幸いです。
◇以下 2019,10,19 追記◇
最後の王子がアマーリエの元に突撃してきたシーンについて。
アマーリエの婚約者はどこへ消えた?とのご指摘をいただきました。
婚約者は存在感が空気になっているだけで、その場にいます。彼は常識ある商人なので、突撃してきたのが身分が高い人間であると理解して大人しくしています。
アマーリエはプチパニックになっているので、周りがあまり見えていません。
ちなみに王子の友人の公爵は、ちゃんとアマーリエの両親に突撃を詫びてから彼女に話しかけています。なので両親は「おいおい、誰だね君たちは!」なんて言わずにアマーリエと王子たちの成り行きを見守っています。
アマーリエ視点のために描写が足らず、申し訳ありません。
またご指摘、ありがとうございました。
◇以下 2019,10,31 追記◇
再度、アマーリエ婚約者についてご意見をいただいたので、一文加筆しました。
一応、彼の人物像は
・領内で二番目に大きい商家の当主→ある程度聡明
・アマーリエが清い身でないと知っている→それよりも彼女が王宮で身につけたマナー等を重視→現実的な利益を重視
とです。
力不足で婚約者の影が薄く、申し訳ありません。