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悲しみに覆われて

 私は自分の身体からどんどん血が流れていくのを見ていた。次第に雨が降り、男の子との血だまりの境が分からなくなった。そうしてしばらくしていると裏路地に薄汚れたおじさんがやってきた。おそらくホームレスだ。雨が降ってきたからどこかの軒下で雨宿りをしようと思っているのだろう。

 おじさんは小走りで走りながら角を曲がった。そして私の死体に躓いた。悪態を吐きながら立ち上がって、私と男の子の死体を見つけて悲鳴を上げた。酷い声だった。

 ホームレスのおじさんはその場から逃げ去ってしまう。何度も転びながら来た道を戻る。そして静寂が訪れ、再び私と男の子だけになった。

 パトカーのサイレン。そして警察官。ホームレスのおじさんが通報したのか、それとも別の誰かが通報したのか分からないけど、ようやく私は発見された。警察官の一人が私に手を合わせて、見開いたままの眼を閉じてくれた。そして青いビニールシートを被された。


 私は自分が死んだことを理解していた。でも実感が湧かなかった。どうしていいのかも分からなかった。頭に靄がかかったように思考が定まらない。

 担架に乗せられて私と男の子は運ばれていく。後を追うとそのまま車に入れられた。パトカーじゃなくてワゴン車だった。発進してしまう前に私も車に乗り込んだ。どこへ運ばれていくのだろう。窓がなく換気扇が回っている暗い車内だった。


 運ばれたのは警察署だった。ドラマとかで見る遺体安置室に運ばれて検死されるのだろう。自分の身体を解剖されるところは見たくなかったので警察署内をうろつくことにした。

 殺人鬼のよる死体がこれで五件となったせいか、署内は慌ただしかった。私の身体を次々と警察官が通り抜けていく。学校で廊下は走るなと言われていたけど、案外警察官は守らないらしい。

 婦人警官さんが受付で電話対応しているところを見ていると聞き覚えのある声がした。


「すみません! 早苗――娘が、ここに……」


 お父さんだった。その後ろにはお母さんを支えている兄貴が居た。三人とも信じられないといった顔をしている。

 婦人警官さんは気まずそうに三人を死体安置室に案内していく。そして部屋の前に来たとき、お母さんはよろめいてしまった。倒れかけたけど兄貴が支えた。


「和俊、母さんを頼む。確認してくる」


 お父さんは部屋の中に入っていく。兄貴は傍にある椅子にお母さんを座らせて、自分は立ったまま待っていた。

 やがてお父さんが出てきた。涙を流している。それを見てお母さんも泣いてしまった。


「本当に、早苗だったのか」

「……ああ。早苗だった」


 兄貴は呆然として「そうか……」と呟いた。そしていきなり壁を思いっきり殴りつける。


「ちくしょう! 誰がこんなことを!」


 何度も壁を殴る兄貴。お父さんもお母さんも誰も止めなかった。

 私はその場を離れることにした。


 外はすっかり暗くなっていた。しとしとと小雨になっている。私の身体をすり抜けて水溜りにぽちょんと落ちる。

 死んでしまった私。これからどうすればいいんだろう。

 殺されて悲しいとか悔しいとか、そんな感情はなかった。

 ただ殺人鬼のことが知りたかった。

 どうして殺されなければいけなかったのか。

 それが知りたくてここに居るのかもしれない。


 葬儀は数日後に行なわれた。

 クラスのみんながやってきて、泣いてくれた。親しくない男子でも数人は泣いてくれた。桜井は特に大泣きしてくれた。春川先輩も新聞部のみんなも来てくれた。

 私は棺桶の中に入った自分の顔を見る。死化粧してくれたおかげでまるで生きているようだった。

 顔に触れてみる。温かみを感じないのは死んだからだろうと思った。

 私はずっと見ていた。

 お母さんが泣いているのを。

 お父さんが堪えているのを。

 兄貴が虚ろな顔でいるのを。

 ずっとずっと見ていた。


 火葬場で私の身体が骨になって、納骨されて。

 お墓の中に入っていくのを見届けた後。

 これからどうするべきか考えていた。

 私がここにいる意味。それはなんだろうか。もしかしたら死んだらこうして永遠に彷徨い続けることになるのだろうか。

 天国とか地獄とか。そういうのは人間の勝手な想像だったのかもしれない。


「殺人鬼を――捕まえる」


 不意にそんな言葉が聞こえた。私は声の主を探す。

 兄貴だった。墓場近くの大きな木にもたれながら、桜井と話していた。


「日野先輩……警察が捕まえられない殺人鬼をどうやって捕まえるんですか?」


 桜井は心配そうに兄貴に話しかけた。


「知るかそんなの」

「知るかって……」

「俺は俺のやりたいようにやる」


 そう言って兄貴はその場から立ち去ろうとする。


「待ってください。そんな考えなしで見つかりませんよ」

「じゃあどうすればいい? 黙って見過ごせばいいのか?」


 苛立つ兄貴。桜井は思わず一歩下がった。


「妹が殺されて、何の行動も起こさないなんて、俺にはできないね」

「行動するなとは言ってません。一先ず考えましょう。どうやって殺人鬼を見つけるのかを」

 兄貴は目を丸くした。


「殺人鬼を捕まえるのは反対じゃないのか?」

「私は、日野ちゃんのことが好きでした。何の行動も起こさないのはありえませんよ」


 二人に着いていけば、犯人は見つかるかもしれない。そんな感じがした。普通に考えれば警察の誰かの傍にいるほうが確実だけど。

 私は兄貴に着いていくことにした。なんだか兄貴の傍に居たかったからだ。


「それで、どうしますか?」

「情報が欲しい。殺人鬼について詳しい人間は居るか?」


 桜井はしばらく考えた後、何かを思いついたようだった。


「同じクラスの赤山くんが殺人鬼の噂をしていました。何でもピエロの仮面を被っていると」

「よし。そいつに明日会いに行こう。今日は流石に遅いからな」


 そういえばもう夕方だった。

 私は兄貴が家に帰って寝るまでずっと傍に居た。寝てからも寝顔を眺めていた。

 そうしている間、また犠牲者が出ることになるとは思いもよらなかった。これで殺害されたのは六人となる。

 殺人鬼も生きているってことだろうか。

 なんだか複雑な気分だった。


 朝のテレビで私の死が報道されていた。兄貴は無言でテレビの電源を切った。

 お父さんは仕事を休んでいる。お母さんは家事をしなくなった。


「行ってきます」


 兄貴は会話のない二人にそう告げて、学校へと向かった。


 兄貴と桜井は結構親しいらしい。死んでから初めて知った。生きていると知らないことが多いみたいだ。

 梅雨が明けて、日差しが眩しい天気だった。兄貴の後ろをとことこを歩いていると、何やら前が騒がしい。兄貴の後ろ越しに見ると学校の校門前でマスコミが生徒たちにインタビューしていた。

 兄貴は無視して校門をくぐり、苦い顔をしてる教師に挨拶をして、自分の教室に入っていった。

 兄貴に話しかける人は居なかった。まるで腫れ物に触る感じ。なんだか不愉快だった。

 そして昼休みに兄貴は解放されている屋上へと向かった。赤山と話をするためだ。屋上の扉を開けると既に赤山と桜井が居た。


「悪かったな。呼び出したりして」


 兄貴は親しみを込めた笑みを見せたつもりだったけど、よく見ても威嚇している。


「あの、日野さんのことは……」

「下手な慰めは要らない。それよりも殺人鬼について教えてくれ」


 赤山は自分の知っていることを話し始めた。

 ピエロの仮面を被った男か女か分からない黒尽くめの人間が現場で目撃されている――要約するとこんな感じになる。


 それから兄貴は細かい質問をした。しかし赤山からは満足できる答えが出なかった。あくまでも噂だから仕方ないけど。


「そうか。ありがとうな」


 昼休みが終わりそうな時間に話し合いは終わった。

 赤山は何か言いたそうだったけど、結局お辞儀して帰っていった。


「どうしますか? 先輩」

「とりあえずピエロの人間を探そう」


 当然の成り行きだった。

 しかしどうやって見つけるのかが問題だった。


「あの。一つ提案があるんですけど」


 おずおずと桜井が言う。


「なんだ? 言ってみろ」


 桜井が言った提案は、至極まともなものだったけど。

 それによって事態は急転する――

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