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囚われの妹姫は歪んだ愛から逃げ出したい  作者: 染井由乃


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第33話

「わあ……!」


 蝶に導かれて10分ほど歩いたころ、不意に木々が開けた。その先にはそれは大きな湖が広がっている。水面が陽の光をきらきらと反射していて、それは美しい光景だった。一瞬、本来の目的すら忘れて湖に見入ってしまう。


 だが、その間にも蝶は飛び続けていた。歩く小走りになって、その後を追う。


 湖の傍だからか、道はところどころぬかるんでいた。時折足を取られそうになりながらも、ワンピースの裾を少し摘まんで歩き続ける。


 蝶が私を導いた先は、小さな洞窟のような場所だった。だが、その入り口の周辺には禍々しい茨が道を塞ぐように生えていた。茨の黒い色からしても、普通の植物ではないと悟る。


「この先に、何かあるの……?」


 まるで洞窟を守るように張り巡らされた茨から、そう推測するのは自然なことだった。そっと、自分の腕程はある茨に触れてみる。


「……っ」


 熱い。まるで火傷を負ったように、茨に触れた指が痛んだ。離しても尚、指先はじんじんと痛む。


 何とか避けて洞窟を目指そうとしたが、難しいようだ。蝶は既に洞窟の中に入ってしまったようであるし、困ったものだ。


 それと同時に、ある考えが思いつく。本当に一瞬のことだったので定かではないが、茨はまるで金属のように硬かった。僅かに光沢のようなものも確認できる。


 この茨、私が知っている魔法で変形できないだろうか。魔法に満ちたこの世界で、私が出来ることはただ一つ、銀を変形して銀細工にすることだけだったが、それをここで応用できないだろうか。


 ものは試しだ。私はそっと茨に手をかざし、触ることは出来ないが、銀細工を作るときと同じ要領で、茨が温まるよう念じて形を想像する。


 すると、茨は見る見るうちに形を変え、私に道を開けてくれた。無論、手をかざした茨だけが変形したので洞窟に辿り着くにはまだかなりの労力がいるようだが、一応は手段を得たようだ。嬉しくなって私は一歩足を進める。


 だが、進んだ先で不意に背後に温もりを感じ振り返ってみれば、茨は再び元の形に戻ろうとしているようだった。どうやら銀細工とは違って、ずっとその形を留めて置ける性質のものではないらしい。このままでは元の形に戻った茨に触れて火傷をしてしまう。


 私はすぐさま次の茨に手をかざした。成程、量も多いうえに時間制限まであるとはなかなかハードだ。無事に洞窟に辿り着けるか不安が過る。


 ざっと見てあと100メートルはある道のりを、無我夢中で突き進む。魔力も体力と同じように限りがあるそうだが、私はこの道を進めるだけの魔力を持っているだろうか。皆、口を揃えて、私には、国王である兄と同じ素質の魔力があるのだと言うから、この国でも最上級の質のものであることは確かなのだろう。でも、魔力の大きさについては聞いたことが無かった。


 手に汗が滲む。背後に迫る茨の熱さもまた、私を焦らせる要因となっていた。次の茨に魔法をかけながら、私は深呼吸をする。


 大丈夫。ここぞという場面で、私は一度も失敗したことがないじゃないか。高校の入学試験だって、緊張したのは一科目目の最初の問題だけ。冷静にやれば、大抵のことは上手くいくはずなのだ。


 そう自分に言い聞かせれば、少しだけ焦りが薄くなったような気がした。大丈夫、私は出来る。


 少しだけ落ち着いた影響なのか、魔法の発動がスムーズになった気がする。この調子ならば、洞窟へ辿り着けそうだ。現に、茨の道はあと30メートルを切っていた。


「行けるっ!」

 

 自分を奮い立たせるように、私は魔法の発動を早める。体中が汗だくで、明らかな疲労を感じていたが、この局面は乗り切ることが出来る。そう確信した瞬間だった。


 不意に、頭に鋭い痛みを感じる。今までにない、あまりに鋭い痛みに思わず蹲った。すぐに後ろの茨が元の形に戻っていくが、幸いにも屈んだ場所には私一人分くらいが蹲れるくらいの空間があった。肩や頬が茨に触れて火傷するように痛んだが、今はそれよりも頭の痛みの方が酷い。


「……っ」


 叫びだしたいような痛みのはずなのに、既にそんな体力すらないことを悟ってさっと血の気が引く。私は、自分の力を過信し過ぎていたのだろうか。これが、魔法を使いすぎた代償だとでもいうのか。


 痛い、いたい。額が金づちで割られるような、あまりに酷い痛みに気が遠くなる。自然と息は荒くなり、大きく動いたせいで背中にも茨が当たった。今となっては火傷するようなその痛みのお陰で、何とか意識を保っていられる。


 だが、意識を保っていられたところで何だというのだろう。先に進むことも、元来た道を戻ることもできない。皮膚が焼けるような感覚と経験したことのない頭痛を前に、私はただただ苦しむことしか出来なかった。


 花火大会で事故に遭ったあの日も、きっとこのくらい痛くて熱かったはずなのに、どうして覚えていないんだろう。元居た世界の痛みが、まるで物語の世界のように現実味を帯びないものに感じて、余計に心細さが増した。


「……っカミラ……」


 彼女と遂になるブレスレットに触れ、今は実家で休養を取っているであろう友人の名を呼ぶ。まるで走馬灯のように彼女の笑顔が蘇るのだから質が悪い。


「兄、さん……」


 茨に絡みついて焦げ付く黒髪を眺めながら、あの傲慢で優秀な兄を思い浮かべる。あの兄に逆らってよい思いをしたことなど、今まで一度も無かった。今回ばかりは許せないと、私をこの世界に閉じ込めた兄を詰ったけれど、それがいけなかったのだろうか。


「――……リヒトさん……」


 胸元のチョーカーに触れ、私に恋人のような愛をくれる彼の瞳を思い返す。この世界に残る覚悟もない私に、あんなにも優しく接してくれたのに、私は何も返せていない。彼の望みをかなえることも彼と距離を置くこともできなかった、卑怯な自分に嫌気が差した。


「ごめんなさいっ……」


 両目から大粒の涙が溢れだした。それと時を同じくして、私は力なく地面に横たわる。足首や肩が焼け付くようだったが、その感覚すらも次第に遠ざかっていく。


 最後には、恐怖も悲しみすらも私の心には無く、ただ訳もなく涙を流していた。そうして自然と瞼を閉じる。


 薄れ行く意識の狭間で、恋しいあの人の笑い声を聞いた気がした。

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