35話
森は静まり返っていた。
先程までの悲惨な悲鳴はどこへ行ったのか。それを忘れさせるくらい今の森は静かだった。
サキはシロの元へ行き鎖を外そうとするがなかなか抜けない。
「また魔法か魔道具かな?」
すると、アイテムボックスからハンマーを取り出すと、それを上段に構え勢いよく振り下ろした。するとあたりには甲高い鉄の音が響き渡る。
激しい音は立てたがやはり魔道具というだけあって普通に壊すだけでは壊れないようだ。
魔法なら魔法でか………。
すると今度は簡単な火の魔法を鎖へあてる。しかしただの火ではない。イメージしたのは高熱の炎だ。しばらく熱すると再びハンマーを上段に構え先程よりも力を入れて振り下ろした。
流石に耐えられなかったのか鈍い金属音が響くと鎖は呆気なく壊れボロボロになる。同じ手順で全ての鎖を外すとシロを抱え上げそのまま木の穴へ運び休ませる。更に残っていたバッフロンの生肉と水をそばに置くとシロからは感謝と責任の感情が一気に伝わってきた。
「別にシロが気にすることじゃないよ」
『クゥン………』
シロの頭を撫でてやると諦めたのか『キュン』とだけ鳴きそのまま水を口にし始めた。
それを確認したサキは湖に向かい体中の返り血を洗い流す。来ていたローブは血が滲んでおりしばらく水にさらしておかなければ取れないと判断したのかアイテムボックスから予備のために作っておいたワイシャツを取り出す。
ローブを脱いだサキの体には何とも言えない傷跡が残されていた。
左の胸板から右下腹部にかけて大きな切り傷があったのだ。サキは自分の傷を一瞥すると直ぐにワイシャツを羽織周りを見渡す。
「そろそろ出てきても大丈夫だよ」
先程までの冷徹な声とは正反対の優しい声。まるで本当に別人だったと錯覚するような穏やかな声音で誰もいないはずの茂みへ声をかける。するとそこから三人の女神たちが申し訳なさそうに出てきた。
その顔はどれも暗い顔になっており、サキを見る目にも少し怯えが混じっていた。
ああ……。街で待ってるよう指示すべきだったなぁ。
今まで温和に接していたはずが突然あんな酷いシーンを見られたのだ。誰だって怯えるだろう。コレをうまく利用できないかしばらく考えているとふと女神たちから口を開いた。
「あの………。先ほどの……一体……」
フレイアは不安そうな顔で聞いてくる。
ああ。そうか。
「シロがね……。意識があるまま肉をはがされちゃって。更には回復魔法で回復されてまた肉をはがされる………。そんなことを繰り返されているのを見て胸が痛くなっちゃったんだ………。今までに知らない感情に支配されて……。みんなごめんね怖がらせちゃって。やっぱり……仲間にあんなことされたら黙っていられなくてさ」
その顔は『ユキ』だった。先程までの冷徹な男ではなく三人が親しみを感じていた男。仲間のために憤怒した『ユキ』を全力で演じる。固めから涙を流し俯くサキにセラが耐えられなくなったのか飛び出してサキの頬に触れる。
「ユキ様!ごめんなさい……。そんなことがあったなんて知らなくて……。仲間がそんなことされたら、私だったら耐えられなくて死んでしまいます………。仇を打ってくれたこと。同じ方法で懲らしめること。それをホワイトウルフは嬉しくないはずがありません!」
セラはそこまで言うととうとう耐えきれずに泣き出してしまった。
フレイアもアクエルもセラと同じように飛び出してくる。
「ごめんなさいユキ様ああああああ。私怖くて……。もしかしたら怖い時のユキ様に戻って……。もう優しいユキ様が戻ってこないんじゃないかって思うとごわぐなって………ふえええぇえん」
フレイアも泣き出してしまった。
ちょっと手が込みすぎたかな……。
「ユキ様がシロの為に……。仲間の為に行動して下さるなんて知らなくて、最初からずっと疑って行動してしまっていた自分が嫌になります………。これからは誠心誠意恩返しをしていきたいと思いますのでどうかお蕎麦に居させてください」
アクエルも二人につられたのか自分の気持ちを素直に話すと泣き出してしまった。
「みんな……ありがとう。俺もうまく気持ちを伝えられなくて怖がらせちゃうかもしれないけど、全力で守るから……。これからもよろしくね」
涙を拭き微笑み返すサキと三人の女神達には新しい絆が芽生えていた。
アクエルは思う。
この人にはこの世界で幸せになって欲しいと。
フレイアは思う。
ずっとみんなで一緒に居たいと。
セラは思う。
何があってもこの人を守りたいと。
三人の女神は改めて『ユキ』を怪しい人物ではなく、仲間思いの心優しい人間と再認識し、各々新たな思いを胸に抱いた。
流石に焦ったなぁ。見られてるなんて思わなかったし。
男の叫び声と勇者の情報で自分の警戒心が薄れていたことを反省するサキ。しかし自分を疑ってみていたアクエルが完全に『ユキ』を信用したこととセラとフレイアにも改めて『いい人間のユキ』として認識させたことは大きかった。
傍からすればサキのやり方は気に食わないだろう。しかしサキからすればこの世界で死ぬことは許されなかった。
それは元の世界に戻りやらなければならないことがあったからだ。それは何よりも優先すべきもの。
サカキの存在があるからだろう。もう一度戻って様々な知識を徹底的に研究し……。それでもダメならばしっかり埋葬死体。
それはサキが生まれて初めて自分でやりたいと思ったことだった。今までは組織の命令を聞いているだけで何の目的もなかった。しかし自分で初めて目標を立てることができたのはサカキの存在があったからにほかならない。ならば自分は何を捨ててもそれを実行するだけだった。
この世界で友好を築いた人間には悪いけど……。俺は元の世界に戻らないといけないからね。
こうしてサカキの願い通り本人は気づくことはないがサキは少しづつ成長していくのだった。
しばらくして落ち着いたサキ達はこれからどうするか再び思案する。
シロをこんな目に合わせた人間を放っておけないとフレイアが激怒したのだ。初めはA級の魔物と恐れていたが短時間でも共に旅をした仲間。一番シロと近くにいたフレイアだからこそ覚える感情だった。
「私許せない!意識あるままにあんなことするなんて………。酷すぎるよ」
「「……」」
二人の女神も同じ意見なのか怒りを顕にしている。
「そうだね……。でも黒幕が勇者っていうのは問題だね」
そう、ただの冒険者であれば殺すことは容易だろう。しかし勇者となると話は別だった。
「そうですね……。この世界において勇者の存在はとても大きいです。強力な力を持ち、人間たちの為に戦ってくれる勇者。そんなものを相手にするのはいくらユキ様でも難しいかと思います」
アクエルも思案するがなかなかいい案が浮かばないようだ。そこでセラが思いついたかのように提案をしてきた。
「世界中に封印されている女神達と契約して力をつけてはどうでしょうか?ユキ様であれば彼女たちの心を動かすことは容易かと思います。それに……。少なくとも私は自分のスキルを譲渡したいと思っております」
確かにそれも一つの手段ではある。しかしサキは与えられた力には頼りたくなかった。
というのも今までも、組織に体を改造され与えられた力で戦ってきた。これ以上他人に与えられた力には頼ろうとも思わないし突然大きな力を与えられても使いこなすこともできないと思ったのだ。
一から何度も失敗し研究して行くからこそそれは強く鋭くなっていくのだ。
「それも一つの手かもしれない。だけど譲渡された力ならいつか失うこともあるかも知れない。だったら自分で力をつけたいと思うんだけど………。ダメかな」
するとセラは難しい顔をする。当然である。
自分の力を渡したいと言っても断れるのだから。そこでフレイアは何か思いついたのか勢いよく手を挙げた。
「あの!最初は仕方なく女神の力を譲渡してもらって欲しいです!」
なぜか自身有りげにフレイアは続けた。
「それで世界中のダンジョンを攻略して魔法本やスキル本。それらを手に入れてコツコツ修練していけば確実に勇者様より強くなれるなじゃないでしょうか!?いやなれます!」
なるほど………。魔法も感覚さえ掴めればなんとか使えそうだしそれもいいあもしれない。
するとアクエルとセラもその意見には賛成だと頷く。
本来なら契約なしでダンジョンも制覇し情報を集めていきたいところだが、女神達の話によると、とあるダンジョンでは勇者も一人では難しい場所があると聞き安全策を取るべきですとゴリ押しされたのだ。
「まあ仕方ないか………」
「それなら!」
するとセラが目を輝かせる。何故自分の力がなくなるのにこんなに喜ぶのかイマイチわからないが、セラはあとで契約を破棄し能力を返すことを条件に契約することにした。
もちろんフレイアとアクエルも同じようにいつか契約を破棄するという条件を飲ませた。
最初は嫌がっていたがそれがなければ契約はしないというと三人は渋々承諾してくれた。
「じゃ、じゃあ私と契約して下さるということで改めまして、光を司る女神セラと申します」
恭しく一礼するとセラは魔法陣の準備をしようと詠唱を始めた。
しかしサキはそれを止める。
「待って」
「「「?」」」
「確かにダンジョン制覇や妥当勇者は目指すけどそのための情報収集でどうしても行かないといけないところがあるんだよね」
「行かなければならないところですか?」
アクエルは考えるが自分を強化する為にダンジョンやスキル本以外の方法は思い浮かばなかった。
「モノシリウス学園」
しかし女神達は皆その名前には覚えがないようでお互い顔を見合わせるばかりのようだった。
そうか………。女神達でも知らないってことは女神たちが封印されたあとにできた学園ってことかな。
サキの中で女神達の情報信頼度が少し低下する。ステータスにしてもスキルにしてももしかしたら女神達の知らないあいだにいろいろと進化を遂げているのかもしれないと思い一から情報を洗いざらい調べようと心のメモに記した。
「いや、知らないならいいんだ。ただもしその学園の情報が入ったら………。そこにシロをこんな目に合わせた張本人がいるみたいだからそこへは絶対に行かないといけない。それでも皆は大丈夫?」
三人は更に顔を見合わせると答えは決まっているようで一斉に頷いた。
「「「もちろんです!」」」
これからの方針も大方決まったことで女神達は再び契約のための魔法陣を書く作業に取り掛かった。
その間サキも街に滞在すべきか直ぐにでも移動すべきか考える。
せっかく宿をとったが数日で出て行っては城の人間に目をつけられるのではないかと。
うまく城の人間に気取られずこの街をでる方法を模索する。ギルドマスターのロイズとその友人ギルとはそこそこ話をする仲ではあるがそこまで気の許せる関係になった訳ではないだろう。しかしギルに関しては元々この国に使えるほどの人間だったのだ。ちょっとしたミスで自分が疑われるのは目に見えている。
またガイアに変装して………。
ガイアに変装し自分を外に出す理由を考えるがやはりいい案は思いつかない。自然に街の外へ出る理由が思い浮かばないのだ。
人間は情に流される事が多いならばそれを利用できないかとも考えるが未だ完璧に感情を理解できないサキには当然できない芸当だった。
しばらく考え込んでいると女神達は準備が出来たとサキの方へ寄ってきた。
魔法陣は前回と一緒にするらしくアクエルとフレイアに手伝ってもらいながら書いたようだ。今回は呪文を唱える秘湯王はなくサキは真ん中に立っているだけでいいらしい。
女神が三人いる場合は契約者の血だけで大丈夫なのだとか。
とことんご都合だなぁ……。
その間シロはぐったりしていたが契約の様子を穴から眺めていた。
やはり興味深いのだろう、女神を視認できるとあいっても実際に見るのは初めてのためその魔法も見たことがなかったからのだから。
サキは女神達に指示されたとおり魔法陣の真ん中に立つと足元に血を垂らす。女神達は三人で呪文を唱え始めるとまたしても詠唱の途中で黒い光が魔法陣に混じる。
「「「きゃっ」」」
しかし今度は魔法陣が縮小していくのはセラにだけで他の二人はなんともなくそのまま魔法陣はリングとなりセラの腕にはまったままセラも力なく地面に向かって落下する。
サキはスレスレのところでキャッチするとセラは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます。ユキ様」
「やはりこの契約だと何故かステータスが譲渡されてしまうようね……」
言葉のとおりセラを鑑定してみるとアクエルとフレイ同様スキルはほぼなくなりレベルも-になっていた。そしてステータスには隷属状態と表示される。
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名前 セラ
性別 女
Lv -
スキル 鑑定
魔力操作
称号 慈悲 代行者
天使 光の女神
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それを確認したセラは何故か嬉しそうに腕輪をさすっている。
「ユキ様のステータスはどうでしょうか?」
サキは自身を鑑定してみる。
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名前 ユキ(サキ)
性別 男
Lv 352
スキル 上級鑑定 魔力操作
最上級水魔法 最上級火魔法
最上級光魔法 剣術Lv1
称号 指名手配ハント
女神を従えし者
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サキのレベルは352。つまりセラの元々のレベルは50ということになる。
「セラのレベルって50だったの?」
「はい、私は癒し系魔法のサポート特化ですから……。その為レベルはそれほど高くないのです。元々この世界ではレベルの高さなんて基礎ステータスでしかないのであまり関係ないですが……。逆に言えば魔力はたくさんあったので少しでもユキ様の力になれて嬉しいです!」
そういうセラは本当に幸せそうだった。サキにもその感情は伝わってくる。
しかし気になるワードがあった。
「レベルの高さはそこまで当てにならないの?」
その言葉にフレイアとアクエルは驚きを隠せない。しかしセラは当然のように頷く。
「はい。私たちが封印され始めた頃からでしょうか……。しばらくしてレベルの低い人間がレベルの高い人間に勝つことは可能だということが判明したのです。そのきっかけとなったのは勇者の存在でした」
「勇者か………」
「はい。勇者は召喚時は皆レベル1。にも関わらず王宮の戦士を圧倒とまでは行きませんがほぼ同等の戦いと繰り広げたと聞きました。それでレベルの低い人間と高い冒険者で喧嘩になったのですが、レベルが高い冒険者がレベルの低い冒険者にスキルで圧倒されたと言うのです。その頃からステータスに関してレベルは体力や魔力の基礎………。ただの目あすでしかないと認識が変わったと私は聞きました」
思わぬところで思わぬ情報を聞いたと思った。サキの思っていたとおりやはりフレイアとアクエルの知識は昔のもので今も全てが昔のままとはいかないようだった。
つまり二人の情報だけだと………。この先が心配かな。
「「えええええええええ!」」
もちろんこのあと二人がサキに謝罪という謝罪をし続けたのは言うまでもない。
しかし知らない事は教えられなくて当然とようやく説得しておとなしくさせたが、やはりまだこの街で情報を集めるべきだとサキは判断した。
そして自分の実力も見直さないといけないと再認識する。
もしその話が本当なら………。このまま勇者に挑めば俺はそのまま敗北するか……。
サキはその後もセラに知っていることを教えて欲しいとスキルのことを教えてもらうことにした。
「スキルですか………」
「そういえばセラはずっと癒しの女神って言われてたよね~」
そういうフレイアを見ながらセラは微笑む。
「うふふ、平和主義って言って頂戴」
「これでユキ様は水、火、光の魔法が最上級まで使えるということですね!」
最上級魔法……。確かに聞くだけならすごいと思えるが実際はどうなのだろうかと聞くがセラが言うには、魔法には階級があり、初級・中級・上級・最上級があるらしく、最上級魔法が使えるのはスキルレベルがマックスになったものか女神のスキルでない限り使えないと言う。
確かにステータス通りだとそうなのだろうが……サキは逆に困っていた。なにせ自分で強化できる魔法が三種類もなくなってしまったのだから。
まあコツコツ行くしかないかな……。
「うん、ありがとう皆。とりあえずまたシロを置いて街に滞在するのは避けていんだけど………。状況が状況だから時間を置いて用事を済ませたら別の街に移動しようと思うんだけどいいかな?」
「「「はい!」」」
本屋の老人から本と杖を買い取る代わりに城内の動きを調べて教えなければならなかった。しかし城から女神のクリスタルが盗まれたことを話していいものか悩む。
一国の警備がそんな重大な情報を簡単に漏らすだろうか。元の世界………。情報の現代ならまだしもこの世界にはネットなんてものはないのだ。
しかしそれ以外に情報を探っていては帰ってこない冒険者を不審に思い応援をよこすか、最悪勇者本人がこの街に来かねない。
結構切羽詰まってるんだよねえ。仕方ないか。
サキは老人にクリスタルの話をすることにした。
「そろそろ街に戻るけど……。皆はここでシロと一緒にいてくれないかな」
するとフレイアが真っ先に反応する。
「もちろんです!もふもふは私の仕事ですから!!」
力強く頷くフレイアの頭にチョップをかましアクエルは頭を下げる。
「いってらっしゃいませ」
「お気をつけて、ユキ様」
セラも続けて頭を下げる。
そして最後に自身の魔法についてと続けるセラ。
「私の魔法は癒しの魔法です。もし街でユキ様がお怪我をなされた場合ですが、ヒールと唱えれば魔力量に応じて外傷が回復します。ユキ様であればそのような事ないと思いますが……。今はお時間がなさそうなので今度また私の魔法について不束ながらご説明させていただきたいと思います。なので………。できるだけ早く戻って来てください」
名残惜しそうにサキを見つめる。
『クゥン』
するとシロから寂しそうな声が聞こえた。
「シロ。また何かあったら同じ方法で呼んで欲しい」
『ワォン!』
まだ本調子ではないようだが、返事はしっかりとしていた。弱気な声ではあったが顔には出さず主人をしっかりと見送る。
するとサキは街へ向かって走り始めた。
途中バッフロンに出会ったのでそこそこ討伐すると、そのまま血抜きをしてアイテムボックスに放り込んでおく。
丁度なくなりそうだったしよかった。魔物が食べられるなら調味料でも買ってこようかな?
そんなことを考えつつ街へ向かっていくのだった。




