卒業パーティーで婚約破棄が行われた! 取り巻きABCは立ち上がった!
「心優しいアンジェに対し、貴様が行ったことは許されない!! プリーナ・ルクココ公爵令嬢、貴様は次期王である俺の婚約者には相応しくない!!」
目の前で繰り広げられる光景に、エイブランはめまいがした。
エイブラン同様、何が起こっているんだという困惑がその場を支配していた。そこは、栄えあるルチリアル学園の卒業パーティーの場だった。ルチリアル学園はこの国でも有数の学園であり、貴族の子息子女はほとんど通っている。平民でありながら学園を卒業した者は国に取り立てられるものも少なくはない。そういう国で最も有名な学園である。
さて、その学園の卒業パーティーというめでたい場で何が起こっているかというと、めでたい場に相応しいとは決して言えない事件である。
―――婚約破棄。
それを、目の前で大勢の前でやろうとしている男はこの国の王太子という立場にいるものだ。
そしてその王太子の隣には、不安そうな顔を作ったかわいらしい少女がいる。
男爵の庶子の傍に王太子と有力者の子息が揃っているのは最近では見慣れた光景であった。彼らはその男爵令嬢の少女に愛をささやいていた。
要するに、婚約者がいながら他に気になる女性が出来、婚約破棄をしようとしている図である。
しかも王太子の後ろには、自分の婚約者もいることにエイブランは頭を抱えながらも婚約破棄を突きつけている女性を見つめる。
その女性は、同性の身から見ても酷く美しい女性であった。
その髪は、黄金にきらめいている。それを縦ロールに結い上げている。
そして目は鋭い。釣り目の銀色の目。それもまた美しい。
黒色のドレスは彼女の女性らしい体型を強調しており、どこからどうみても美女である。
そんな彼女は———、プリーナ・ルクココ公爵令嬢。エイブランの、友人でもあった。
「心当たりはありませんが」
「心当たりがない!? ふざけるな!! 貴様がアンジェの教科書を駄目にしたことも、アンジェを突き飛ばしたことも知っている。次期王妃になるアンジェを害するなど、貴様が許されるはずがない! 貴様は平民へと落としてくれよう! そして国からも出ていけ!」
「これは我がルクココ家で決められたことだ。せいぜい性悪だった自分を恨むんだな」
心当たりがないといったプリーナに対して、そんな宣言をかますのは王太子とプリーナの実の兄であった。
「つれていけ!!」
などと王太子が命令をし、その後ろにいた男たちが動こうとした時、エイブランはこのままではプリーナ様が……と立ち上がった。
「「「お待ちください!!」」」
しかし驚いたことに、王太子や有力者の息子といった面々に意見をしようと立ち上がったのはエイブランだけではなかった。一人じゃなかったことに、エイブランは聞きなれた声の方を見る。
そこにいたのは、エイブランと同じくプリーナの友人を務めている騎士団長子女であるビィーナと男爵令嬢であるシールノだった。
それは誰が最初に呼び出したか不明だが、プリーナの取り巻きABCと呼ばれる三人の女子生徒であった。
「なんだ、貴様らはプリーナの取り巻きどもか! 貴様らが関与した嫌がらせは全てプリーナに脅されてやったものと聞いている。そのため婚約破棄は性悪女の取り巻きとして活動してしまった罰としてなされるが後の事は心配しなくても構わない。だから控えていろ」
どうやらエイブランたちが、自分も罰せられるのではないかと立ち上がったと思ったようだった。
「いえ、そうではありません! プリーナ様がアンジェ様に嫌がらせなどしている事実はありませんわ。そして私共が嫌がらせに関与した事実もありません!」
「教科書を駄目にしたなどといいますが、プリーナ様が物を粗末にするような行為はなされません! 未来の王妃として誰よりも勉強をしてきた方なのです。職人たちが作ってくれた教科書を駄目にするなんて真似はなさいませんわ。誰よりも物を大切にする方ですのに!!」
「突き飛ばしたなどとおっしゃいますが、その事実もありえません。プリーナ様は誰よりも人が傷つくのを嫌う方ですわ。けが人を見ると放っておけなくなるような心優しい方が、誰かが怪我をする、ましてや死ぬかもしれないような危険なことなどなさるはずがありません!」
一気にエイブラン、ビィーナ、シールノはいった。
彼女たちは、プリーナの取り巻きといわれているが、本人たちとしては大切な友人と思っていた。身分差はあるが、それでも友人として傍にいて、彼女たちはプリーナがどういう人間か知っていた。
「貴様ら、何を嘘の証言を!! 折角アンジェが脅されていた貴様らのために本当のことを言いやすいように整えていたというのに」
「だから、脅されてもいませんし、嫌がらせをした事実もありません。そもそもその証拠はどこからきているのですか? まさか、そこにいる男爵令嬢のアンジェさんから聞いた言葉だけで判断しているわけではありませんよね?」
不敬だとは承知の上だった。罰則をされても構わなかった。自分の、友人がこのまま冤罪で罰せられるのをエイブランは我慢できなかった。
「それはアンジェの証言だけだが、アンジェが嘘をつく必要はない! 婚約破棄されたくないからといって何を言っているんだ! 元婚約者のよしみで助けてやろうとしているのに」
「アンジェさんの証言だけなのですね。罪を裁く場合はきちんとその証拠をつかまなくてはいけないというのを知らないのでしょうか。過去に無実の罪で三十四年間も投獄された方をご存じですよね? 勉強をしていれば必ず学ぶことですが。それに貴方とはまだ婚約破棄が成立していないので婚約者のままです。次期騎士団長などといっていたようですが、騎士にも入っていないのに何を言っているのでしょうか。片方の言い分を鵜呑みにしているあなたが騎士に相応しいとは私は思えません」
婚約者である次期騎士団長などと、宣言している男にビィーナは冷たい目で言った。この国で無実の罪で国民を閉じ込めてしまったのは事実であり、それ以来罪を裁く時には国が慎重になっている。だというのに、公爵令嬢の友人を真実かもわからない罪で貶めようとしているのにビィーナは我慢が出来なかった。
「ど、どうして皆様は嘘をおっしゃるのですか。貴方はこの方に虐げられてきたのでしょう? この方のせいで、火傷を負ってしまったという話もお聞きしているのに」
「アンジェさん、私は虐げられてはいません。貴方と同じ男爵令嬢という立場ですが、プリーナ様は私に優しくしてくださいました。小さいですが、火傷を負ってしまったのは、私がプリーナ様を守りたかったからです。王妃になるプリーナ様がそんな傷を負うのを私は我慢が出来なかった。プリーナ様には散々謝られました。あと、婚約破棄だけで勘弁してやると王太子殿下はおっしゃいましたが、おそらく私の婚約者は婚約破棄を承諾はしないと思います。私が火傷を負ってももらってくれるといってくれましたから」
虐げられたのでしょ! と叫ぶアンジェ男爵令嬢にシールノは言い放った。シールノが小さいが火傷の跡がついてしまったのはプリーナを庇ったからである。公爵令嬢なのに男爵令嬢の自分にも優しくしてくれるプリーナをシールノは大好きだった。そしてシールノの婚約者はこの場にはおらず、おそらく婚約破棄は目の前の王太子たちがいっているだけだろうと思っての発言である。
「貴様ら———」
「ふふふふふ」
王太子が怒ったように口を開いた時、笑い声が響いた。
その笑い声の主は、驚くべきことに渦中の人物であるプリーナだった。
「皆様、心配して飛び出てくださったのは嬉しいけれども私は大丈夫ですわ。――だってもう、王宮に連絡しましたもの。もうすぐ、王宮騎士団と王宮魔術師がこちらに来ますわ」
「え」
プリーナの言葉に、周りから驚きの声が漏れる。
「な、何を言って。王宮に報告されて困るのは貴様だろうが——!」
「いえ、困るのは貴方ですよ。兄上」
怒鳴った王太子に対し、そんな声がかかる。声の主の方に会場の視線が集まる。そこにいたのは、銀色の髪を持つ第二王子だった。
「私が、困るだと!?」
「ええ。そうですよ。兄上。いえ、もう兄上ではありませんね」
「なんだと!?」
「王である父上の決定を無断で覆し、このめでたい場でこれだけの醜態をおかしたのですから、当然でしょう?」
そういって第二王子は次に後ろを振り返り「あの者達を捕えろ」と王宮騎士団と王宮魔法師に命令を下すのだった。
「な、何をする私は——」「私を誰だと」と叫ぶ彼らはそのまま引きずられていった。
そしてその場に、残されたものたちは……、
「あ、あの連絡してたんですね」
「わ、私たち飛び出してしまってすみません」
「余計なことしなくてもよかったですね」
と、取り巻きABCはしゅんとしていた。
「いえ、貴方たちがあんな風に飛び出してくれて私は嬉しかったですわ。ありがとう」
そんな風ににっこりとプリーナが微笑めば、三人は嬉しそうに顔を緩ませるのであった。
後日、卒業パーティーをやり直すことが第二王子から告げられた。
その後日行われた卒業パーティーではあの婚約破棄という茶番のこと、王太子が王族の資格を失い平民となったこと、他の有力者の子息も罰が与えられていること、彼らをたぶらかしていた男爵令嬢が「こんな貧乏な生活は嫌」と元王太子の元を去ったこと、あとプリーナが第二王子の婚約者に収まったこと、婚約者がいなくなった取り巻きABに「あの婚約破棄事件の時から気になりだした」と新たな婚約者が出来たことなどが、話題にあがるのであった。
—――卒業パーティーで婚約破棄が行われた! 取り巻きABCは立ち上がった!
(令嬢たちの友情は厚かったのです)
こういうのもありかなと思いついたままに書いた短編です。
短編を書くの楽しいので勢いのままに書いてしまいました。
取り巻きと悪役的な立ち位置の子が仲が良い話です。
プリーナ
目つきの悪い美女。根は心優しい。凄い剣幕で王太子が迫ってきた時さらっと、通信器具を発動させて、王宮に全て筒抜け状態にしていた。友人たちのことは大好きである。
取り巻きABC
エイブラン
伯爵令嬢。取り巻きA。
友人想い。そこそこの美人さん。婚約破棄の現場を見ていた卒業生の一人に告白され、婚約する。
ビィーナ
騎士団長子女。取り巻きB。
友人想い。剣も扱えるキリッとした顔の男装が似合いそうな少女。婚約破棄現場を噂に聞いた年上貴族に求愛され、婚約者に。
シールノ
男爵令嬢。取り巻きC
友人想い。かわいらしい雰囲気を持つ背の低い令嬢。火傷のあとがあっても、婚約破棄事件があってもずっと婚約者と仲良し。婚約者は年下で卒業パーティーにはいなかった。