美しさ
部屋の隅が歪んで青い光が散り、歪んだ空間に扉が現れた。ところどころ土で汚れ、擦り切れた服を着た男、ラーザがその扉から出てきた。
「ただいま」
「おかえり」
扉を閉め、それを消すラーザに向かってファウはその辺に座るよう促した。ラーザは床に荷物を放り投げると一番近くにあった二人掛けのソファに勢いよく座った。
「どうだった?」
「温かった、冷たかった。とても雄大で、とても儚く、醜悪なものもあればそれと並べてはいけないような綺麗なものもあった」
あまりにも概念的な言葉を羅列され、あきれてため息を吐いた。
「それは何の話だ? 人か、景色か、それとも物か」
「すべてだよ」
やわらかく微笑んで、言葉をつづけた。
「100年たった。100年、たってるはずだね?」
「経っていると思うがね」
「思うって適当すぎるぞ」
「感じ方が違うんだ、あきらめろ」
「世界を複数個飛んだからか、あいまいな部分があるんだ」
「そうか。それで、何か面白いものが見れたのか?」
「ああ。前に話した城よりも大きな木や砂の海、浮かぶ大陸、流れる岩は本当にあったぞ。他にも船が走る砂の海や洞窟の奥に炎の川もあった」
「よかったな」
「世界は多数ある。そして、どの世界も特有の美しさがある。それがわかったのさ」
「ああ」
「ああ……でも、できれば……いやうんなんでもない」
「そうか」
浮かんだ言葉をかき消すように、頭を軽く振った。
「…………なあ、お前が美しいと思うものはなんだ?」
「特に考えたことはないし、美しいと感じることがなんなのかもよくわからない。……ただ、暗闇に浮かぶ魂の流れは見ていてあきない」
「光のきらめき、感情による色の変化、ゆっくり流れる光もあれば、強く速く流れる光もある。私には断片にしか見えない。けど……そうか、うん」
似てる、と思ったんだと言葉を続けた。
「いくつかの世界を巡ってきた。たしかに壮大な景色は美しい。人々が作り上げた建造物は美しい。でも、一番私が美しいと思ったのは、流れ星のような一瞬の人生を力強く生きていく人々のきらめきなんだ」
それを聞いたファウはなぜだと首をかしげた。
「ファウ、君が興味を感じているものは――まああくまでも推測なんだが――人間の単純だが複雑なとこじゃあないかと考えている。それは、視覚ではなく感覚でとらえているから、心を無意識に捉えている君ならではの感覚だと思う。そうだろ?」
「ああ」
「けど我々の寿命は長い。現に私は君に出会ってから100年は過ぎた。これだけ生きると」
「そんなに長くはないだろ」
「いや、私にとっては長いんだ。だから、必死にあがく人々がとても眩しく感じる。あこがれてる、と言ってもいい。旅の間に、いろいろな人にあった。そのうちの何人とは一緒に旅をした。彼らから勢いを感じるんだ。前はわからなかった。けど年を重ねて、年を感じる感覚がずれたからわかった。いろいろな意味でうらやましいのさ」
「抱えて行くのが辛いのか?」
「そんなことはない。あの一瞬は全部私の宝物だ。後生大事に抱えていくつもりだ」
「だろうな」
「……覚悟はしている。記憶を受け継いだあの時から」
そういってソファに体を沈み込ませた。少し休めと肩を軽くたたき、ファウは立ち上がった。