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ファンタジー短編まとめ

トップを巡る戦い

作者: あきら

「ねえ、問五の魔法陣書けた?」

「ムリムリ。あんなの書けるわけないじゃん。最後にあんな込み入った、小麦粉をぶちまけたみたいに!! あそこまで四つも問いたのに。なんであんなのおいておくの」

「解かせるつもりがない問題出すのやめて欲しいよ」

 教室内はざわめきで支配されていた。直前に行われた二年生必修のテストがあまりにも難問だったのだ。お互いの解答を突き合わせ、泣き、笑い、叫んでいる。

 教室の一番後ろから不気味な笑いが聞こえていた。

「ふふ……ふふふ……」

 テストの行方に気を取られていた生徒もだんだんと気づき、サーと距離を取る。危ないものには近づかないほうが良い。そう、彼女は立派な危険物だった。

「やだーアンだよ」

「こっちまで暗いのが移っちゃいそう」女の子たちが形の良いまゆをひそめる。

 アン・ベックフォードは奇人としてクラスでは通っていた。いつでもどこでも呪文理論の教科書手放さない。真っ黒なローブを羽織り、室内だというのにフードまでかぶっている。さらにいつもうつむきがちだから学校中の誰も彼女の目の青さを知らない。もし、目があったら――石になってしまうと、そんなウワサすら立っているからだ。

「アン・ベックフォード」

 アンの高笑いが止まる。

「バカ女が敵情視察」

 バカ女――セシリー・ワイト。委員長だ執行部だ代表だとか、とにかく目立ちたがりの女。とうとう外部でモデルの仕事をしているらしいというのもうなずける。

 成績が良い良い言われているが、学年主席はずっとアンだ。だからこちらの方が頭の良いはずだし、なにより誰よりも――

「あーら『ガリ勉ちゃん』はずいぶんと口が悪いようで」

 誰よりもこちらの事を『ガリ勉』呼ばわりしてくる!

「敵情視察だなんて、私が勝つことが決まりきっているのに何を仰るの」

「テストの点はこちらよりずいぶんと低いようだけど」

「授業態度で大層なご成績を下げている方よりずいぶん上よ? クォード短期留学の推薦は点数だけが全てじゃなくてよ。お勉強『だけ』の、ミス・ベックフォード」

 セシリーは後半スタッカートをきかせながら力強く言い去っていった。

「べーーーだ! 筆記試験なら負けた事だから!!!!!」


「はあいここが『四つ脚の森』となっておりまあーす」

 何も分からず連れて来られた生徒たちは顔を見合わせた。

 ここ、つまりは目の前。そこには大きな森が口を開けて待っている。遠景にある丘の上に豆粒のように小さく校舎が映っている。

「四つ脚の森ってさぁ……」

 誰かが口をひらいたのを皮切りに、次々にささやきあう。


――大昔のうちの学校の先輩がこの森で迷子になってそのまま悪霊に魅入られたって。

――時々聞いたことないような遠吠えが聞こえる、気がする。

――友達の友達の友達がこの森で首が一メートルもある化け物を見たらしい。


「ええーっと、ここ『四つ脚の森』は、大変危険です。あなた方ひよっこ見習い達ではせいぜいもって一時間でしょう」

 やけに短いスカートを履いた教師は試験の説明を終えた。くるんくるんと髪を揺らしてウィンクも忘れない。

 アンはくらりとめまいがした。

 悪夢だ。

 こんな教師認めない。

「……と言うわけで、呪文理論はここ『四つ脚の森』で実戦テストとしまあーす。森の適当な場所に飛ばすから時間いっぱい耐えてねー」

 ブーイングの声がそこらかしこから上がる。当然だ。直前まで試験内容が伏せられたかと思ったらまさかの実技。しかも『四つ脚の森』でだなんて。

「なぜですか? 前回まで呪文理論はペーパーテストだったはずです」

 質問者は――名前を忘れたがいつも女子を侍らしているキンキラ男子だ。実際「そうですそうです」と周りの女子が同意の声をあげていた。

 それまで人一倍……どころか唯一キャピキャピしていた教師が真面目な顔になった。 クラスのメンバー二十六人の視線が一つに集まる。

「突発的な状況であなた達がどこまでやれるのか見極めたいのです」

「な、なるほど」

 アンも含めて生徒たちは納得しかけた。

 が、理解し切る前に体が光る。魔法だ。

「校則に違反しない程度の事だったら何でもしていいからねん。注意事項は――」

 教師はとびきりの笑顔を浮かべた。

「生きて帰ってくるのヨ」

 呪文理論の教師が杖を大きく振るった。

 生徒たちの身体が宙に浮き、森へと強制的に飛ばされる。。

「無理だと思ったらポケットに入れておいた携帯魔方陣を使えばここに戻って来れるから安心してねー。ちゃんと引くタイミングを見極めるのも重要な技術ですよー」

 小さくなっていく教師の声は全くもって頼りないものだった。


***


 この森はやばい。

 アン・ベックフォード生まれて十六年の勘が告げている。この森はナニか出る。

 飛ばされていた時は確かに晴天が広がっていたというのに、いつの間にかどんよりとした厚い雲が空を覆っている。木々は妙に乾燥していてボロボロとそこらかしこが剥がれ落ちてきている。枯れ木も多い。

 空気がカスミがかっている。あたりが暗い。聞きなれない鳥の声がこだましている。

 極めつけはそこらかしこに墓石がおいてあることだろう。

「か、隠れる魔法はっと調べるための魔法は……」

 着地時の打ったお尻をさすりながら、教科書をめくる。いくらめくっても目的のページを見つけるよりも早く最後のページが来てしまう。アンは何度も目次に出くわした。

 通算八回目の表紙に手をかけた時だ。

 ガタリ。背後から物音がする。アンは努めて背後が目に入らないようにした。

 が、今度は右の方から聞こえる。気持ち向きを左によせれば、向いた方向からおとがきこえた。

 身震いを一つ。見えるか見えないかのギリギリの薄目で向きを正す。

「ええい、来るがよい!」

 常にねむけまなこの、半分しか開いてない目を久方ぶりに見開く。

 目の前にいたのは――

「は、ハロー? ステキなホワイトボーンさん?」

 歯と歯がかみ合わさり、小気味良い音が響く。ある種の楽器に聞こえるが、それを楽しむ余裕などアンには一欠片もない。

 そして、一番手近な一人が一歩踏み出すのを合図に一気に数十体ものガイコツがアンをめがけて飛びかかってきた。

「やだーやめなさい!」

 手に持っていた杖で片っ端から叩き割る。音と壊れる感触が手に伝わる。硬すぎず柔らか過ぎないそれは心地よさすら感じた。

 アンは次々に骨を叩き割る。地面が白い粉で埋め尽くされた。

 このまま叩き割り続ければ、勝利と思った。が、それは阻まれる。粉はすぐさままとまり、またガイコツとしての姿を取り戻すのだった。

 ならば、とアンは大事に持ち歩いている教科書の中の例文から今役に立ちそうな――炎を呼び出す呪文を唱えた。

 燃やして灰にしてしまえばいいのだ。そしたら再生できまい。

 力を込めて最後の単語を唱える。

 そして――何も起きない

 そこには全く代わり映えのしないガイコツが居た。瞳すらない真っ白な顔がアンを見つめてくる。

「……………………あれ?」

 不発だ。

 これは予想外だ。成功するつもりで唱えたのに、まさか失敗するとは。こうなればやることは一つ。

「……………グッバイ」

 アンは全力でその場を逃げ出した。


「ひい、ふう、みい、よう……じゅうはち、かしら」

 試験開始からやっと半分の時間が経過したといったところであろうか。

 森の外では生徒は半分どころか七割が戻ってきていた。

「やだー怖かった。皆何でリタイアした?」

「オレはよく分からない、霧みたいなヤツに追い回されて帰ってきた。アレなにすれば対処できるんだよ」

「そんなの命の危険じゃねーじゃん! こっちなんてでっかいカバみたいな奴が大口開けて来たんだぜ」

 皆それぞれ味わった危険をしゃべっていた。

「うわーーん、せんせーもう帰るううう」

 森の入口に用意された大きな魔方陣が光って、中から生徒が二名出てきた。半泣きである。

「じゅく、にじゅうっ! なあに、後六人じゃないー! つまんなーい」

「だ、だって、歩いてたら地面がぐにゃぐにゃって、溶け出して、それで、飛ぼうとしたら、変なケムリとか出てきて前が見えなくて」

 リタイア組の新入りが必死に状況を伝える。

 腕に絡んでいたもう一人の生徒が顔を上げた。きょろきょろと左右を確認し「あ!」とすぐさま口に手を当てた。

「ジェフ君がいない!! さっきまで一緒だったのに!!」

「えー! うそぉ、はぐれちゃったかな」

「ん~まあ大丈夫でショ」


***


 どれだけの距離をアンは走っただろうか。何の音も気配もない場所まで走り抜けた。安全かどうかは分からないが、もう歩けない。息もできない。

 呼吸が苦しくて、その時のアンはまったく一切のことが頭に入っていなかった。

 だから、不意にかけられた声が誰なのかなどまったく判断できなかたのである。

「……やあ」

「ぎゃああああああああああああああ」

 アンの叫びが暗い森の中に響く。思わず木々でさえ耳を閉じてしまうほどだ。

 その大音量を近場で聞いてしまった可哀想な被害者は泣きかけていた。

「お、落ち着いてくれたまえ、ミス・アン・ベックフォード、クラスメイトのジェフだよ」

 何度目かの呼びかけでアンは冷静になる。

 そこにいるのはクラスメイトだった。キンキラしている胡散臭い、女子に人気の王子サマ。

「その金髪、ミスター・ノリスじゃないの。何している?」

 アンは冷静な調子で返した。

「試験だよ」

 そりゃそうか、という返事を返した。

「ミス・ベックフォードは一人なのかい?」

「当たり前じゃない。だって先生に問答無用で飛ばされたのよ?」

「に、にらまないでくれたまえ。僕は……その、ちょっと、中で合流した子たちと、はぐれてしまったんだ。こっちに女の子の二人組が来なかったかい? 参ったなあ」

「ふーん」

 こっちは一人で死闘を繰り広げて居たというのに、彼は早速護衛がついてたのか。

 この学校の生徒の大半は女子だ。男子は絶対数が少ない。ジェフ・ノリスは顔は悪くないし、性格も温和なので常に人だかりができていた。

 アンとは正反対だ。

「……まあ、一人でもいいんだけどね」

 びくっとジェフが体を震わす。所在なさげに視線を泳がした。

 どうせキミは可愛くて優しい女子としか関わってなかったんだろう? うろんな女子がいることなど考えたことない気がした。

 その事に悲しいと言う気持ちより何より、

――利用だけ利用してさっさとリタイアさせないと。

 と思ってしまう、可愛い女の子にはどうしてもなれないアンだった。


 二人は森を歩く。暗くうっそうとしていて、雰囲気は満点だった。が、ジェフと合流して以来動く敵は現れない。割りかし安全な道中であった。

「……杖よ杖よ、あたしに正しい場所を教えなさい。教えないと……削って薪にしちゃうわよ。なんでもいいからさっさと教えなさい」

 アンは支えていた手を杖から離す。と同時に音を立てて杖は地面に倒れた。雰囲気も何もない。ただただ落ちた。

「ええっと、初めて聞く呪文だね。さすがミス・ベックフォード、授業の先まで勉強しているんだね。……そうだよね。それはそうと、リタイアはまだしない感じなのかな?」

「あっち」

 アンは有無をいわさず杖の先が示した方向を指さす。その先は特別真っ暗で虫の声一つしない。

「い、いいんだけどね。僕がキミを守って……ひっ!」

 何かがジェフの前に落ちた。「わーわー」と叫びながらジェフは体をよじっている。目を凝らせば、緑色の手のひらサイズの生き物がジェフのブーツにくっついていた。

「ただのトカゲよ」

 アンはトカゲ腹をつまんではぎ取った。そしてポケットに入れておく。後で薬の材料にデモしてしまおう。

 ジェフはアンから三歩離れた。

「……」

「さ、いきましょ」

 くるりと振り返ると今度はアンの目の前を上から下に通り過ぎて行く。

「ひぃ!!」

 うるさい。この男、普段はニコニコクラスでおとなしくしてると思っただが、通常時の事をアンは思い出し毒づいた。

「ア、ア、ア、ア、アン。く、クモが。リタイ……」

 ローブの裾にひっついたクモの腹を持つ。

 四対の足を持った彼はなかなか愛らしい。せいぜい手のひらの大きさしかないし。

「こんなのが怖いの?」

 と言った瞬間、次々にクモが空から降ってきた。

 さすがのアンといえどその場から距離を取る。ジェフの方といえばもうずいぶんと離れていた。

――逃げ足の早いヤツめ。

 その素早い動きを使いこなせば、ありとあらゆるものから逃げ、試験をあっさりクリアしていたのかもしれない。適度にダメ男で良かった。このテストの満点はアン一人で良いのだ。

 意外と出来る男なのかもしれない。


 一方その頃森の外。

 教師は生徒の顔を順にのぞいて、バインダーの上にペンを走らせた。

「ううーん、この時間なら点数はこれくらいかなー?」

 新たに帰ってきた生徒の名前の横に数字とコメントを入れていく。そしてまだ記入されて名前を上から拾った。

「で、あと残ってるのはアン・ベックフォードとジェフ・ノリスと……セシリー・ワイトか。ううーんそれにしても」

 視線を宙に走らす。そこには水晶球から森の様子が映し出されていた。

「三人とも近そうなんだけど……魔方陣の気配が一つ変な場所にあるのは気のせいかしら?」


***


 杖が指し示した方向に進むと人が居た。

「あら?」

「やあ、ミス・セシリー」

 ジェフはセシリーに声をかけ、そのままセシリーに近づいた。

「魔物だったりして、けけけ」

 アンの言葉にセシリーが眉を寄せる。二人の正面に腕を腰に当て、足を肩幅程度に開いて理想的な立ち姿で

「どうやら王子さまの取り巻きにめでたくなったみたいだから、しっかり護衛して変えたらどうなの?」

 と鼻で笑った。

 いつの間にかジェフはセシリーの後ろで立っている。ビシッと決めようが人の影に隠れているのは変わりない。

「バカ言わないで。そんな手に引っかかると思ったの? これだからぺちゃくちゃ喋ってるばっかりのやつは。口先ばっかり」

「屋内に引きこもってめったに外で動かない人物とは違って基礎体力が違いますからね。森での行動もずいぶん楽でしてよ」

「何言ってるのよ、教科書って重いんだから!!」

「あの、二人共……どちらもリタイアしないの?」

「するわけないでしょ」

「当然。この試験の最優秀者もあたしなんだから。それよりジェフ・ノリス、なんかもじもじしているんだけどトイレならあっち行ってよ」

「そ、そうじゃない! ……二人は魔方陣まだ持ってる?」

「これかい?」

 アンは懐に無造作に手を突っ込み取り出した。同様にセシリーもカバンを開いて携帯魔方陣を出してみせた。

「まあ、あたしには必要ないけど」

「リタイアしないのですから、当然持ってるわ」

 二人はほぼ同時に答えた。

「なら、出来ればどちらか譲ってくれないかな? それが、僕、どうも渡された携帯魔方陣落としちゃったらしくて。」

「…………」

「…………」

 思わず三人で無言になる。

「……アンタがこれ使って帰ったらこっちはどうするのよ。授業終わった時どうなるのか分かってないのよ」

 べーと舌を出して魔方陣を戻そうとした、がすがりつかれる。

「お願いだ、ミス・ベックフォード」

「はーなーしーてーっ!! 失くしたのはは自分の責任でしょ」

 がしがしと力を入れてジェフを蹴りつける。

「あ、あなた方、後ろ!」

「え?」

 セシリーが上げた声でアンは振り返った。その瞬間ジェフに強く押され、アンは尻もちを着いた。

「ありがとう、ミス・ベックフォード!!」

「ああああーーーあた、あた、あた、あたしの魔方陣……」

「いいから! こっち来なさい!!」

 セシリーがアンの腕を引き抜かんばかりにひっぱった。

「!」

「ウェアウルフ!!」

 そこにアンとセシリーの身長を足した程度の大きさの怪物が居た。咆哮を一つ。空気が震え、小動物たちが慌てふためいた。

「この程度の魔物、私が成敗して差し上げますわ」

 勇んでセシリーが杖をかざす。呪文を唱え見事な炎を呼び出した。

 だが焼かれても、ウェアウルフは立ち続け、やがて呼び出された炎は消えた。

「……き、効いてないじゃない」

「うるさいわ! だったら」

 すぐさまセシリーは杖に刃を呼び出した。

 彼女がぱっぱと魔法を切り替えてるのをアンは見ていた。

(セシリー・ワイトのくせに、なんで)

 こんな状況だというのに、目の前の魔物ではなくセシリーにショックを受けている自分に驚いた。

「さっさと倒れなさい!」

 セシリーが踏み込む。勢いは素晴らしいが構えがなっていない。モップでも持ってるかのようなまるで戦えるとは思えない持ち方だ。

「ね、大丈夫なの」

 引き止めるがセシリーには届かない。

「てやああっ!」

 ひときわ大きく振りかぶってセシリーが杖を振るった。

「きゃああ!!」

 セシリーが飛ばされる。大きく身体を打ち付けている用に見えた。

「セシリー!!!! だいじょ……」

 だが間に合わない。アンが動くよりウェアウルフが先に動いた。

「か、風を……」

 歯と歯が上手くかみ合わない。教室ではすらすらと暗唱できたのに。こんな時になって口から出てこないなんて。

 それでもつっかかりながら唱え終わらせれば、ちいさな風が巻き起こる。

 けれども、小さい。小さすぎる。ウェアウルフには全く聞いていない

「ぐ……痛……」

 しかしセシリーの頬に小さな傷を作る。

「やば」

 教科書をめくり、別の魔法を投げつける。

 今度はできるだけ弱いの、と思うとさらに威力が低くなった。

「攻撃するならもっと大きな魔法を使いなさいっ! 駄目ならお逃げなさい!」

 セシリーはウェアウルフに掴まれたまま叫ぶ。

「うるさいなあ! あんたのことは見捨てないって言ってるでしょ!! ばか!!」

「馬鹿って言ったのほうが馬鹿なんですからね!」

「あんたもいってるじゃん、この、」

 アンはすうっと息を吸い込む。

「ばかっ!」

 腹の底から大きな声を出した。

 そして、手に持っていたものを力いっぱいウェアウルフに向かって投げた!

「セシリー・ワイトのばかあああ!!!!」

「ウォォォォォ」

 投げつけた物――厚さ三インチの教科書の角がウェアウルフにクリーンヒットした。目だ。目にあたったのだ。

 彼は思わず顔を手でおおった。

 そのために、セシリーを放り投げた。

「馬鹿って言いましたわね! アン・ベックフォード!! これが終わったら許さないんですから」

 自らの杖とアンの投げつけた教科書を拾いセシリーはアンの元へと走った。

「ばかをばかって言っただけなんだから。学年主席が誰だかあんた、分かっているの?」

「ええ、それも前回までのこと。今回は『セシリー・ワイト』とでかでかと貼りだされるのですから」

 アンの目の前でセシリーはウェアウルフに向き直る。

「さ、その殺傷力ばかり高い本でこの場を収める呪文を唱えてちょうだい。それまではこの私が引き受けますわ」

 セシリー・ワイトのくせに。

 彼女はいつもいつもこっちをみてクスクス笑う。いや、もっと、力いっぱい笑っていたかもしれない。

 その彼女がこちらをしっかりと見て、アンを頼っている。

 そしてアンもまた、セシリーが本当にかばってくれると疑っていない。

 彼女が手助けをしてくれる。気がつけば手の震えもなくなっていた。これなら呪文を噛んだりすることはないだろう。教科書をめくり特別長くて特別強い魔法を探す。どの辺のページかは分かっている。

 セシリーは本当に実践が得意なのだろう。杖の持ち方がアンのたどたどしいものとは違っていた。堂に入っている。短めの詠唱を次々と唱えてウェアウルフに損害は与えられないにしても、確実に足止めをしていた。

(これにしよう)

 三百六十七ページから四ページに渡って書かれている呪文。これならきっと勝てる。

 アンは脇目もふらず呪文を指で追い次々と単語をつぶやいた。

 横でセシリーの声が交じる。気にならない。

 そして最後のページの最後の行を叫んだ。

「………いでよドラゴン!!!!!」

 強い敵が居るならさらに強い物をぶつけてやればいい。至って単純な理由で選ばれた呪文が唱え終わると、杖から光が現れた。その光はすぐに大きくなりそして、アンの方へと向かった。

 光が吸い込まれる。アンに。ローブに。……ポケットに

 無理やり突っ込まれていたトカゲに光り輝いた。そのままポケットに穴を開け腕ほどの大きさに。あっという間にアンもセシリーの身長も抜かす。指がしっかりと別れその先から鋭い爪が生えた。とぼけた顔は精悍な顔つきとなり、強い目つきになる。

 その様子を唱えた本人であるアンがぽかんと見守る。セシリーの手もまたところどころ止まっていた。

 そうして二人があっけにとらわれているうちに立派な一匹のドラゴンがこの場に登場した。

 元トカゲの現ドラゴンはうなり声を上げてウェアウルフに向かった。シッカリとその手でまるで人形のように掴んだ。

 アンは開いた口がふさがらなかった。

 こんな大きな魔法を成功させたことはなかったのだ。ペーパーテストで紙を何枚も埋め尽くすような呪文を覚えていたけれど、それだけだった。

「さ、さっさと逃げるわよ。とりあえず時間いっぱい逃げましょ」

 その瞬間セシリーが輝いた。

「え? あんた帰るの? なんか光って、これ帰還の……」

「そういうあなたこそ」

 二人はそのまま空へと浮かび、そのまま引っ張られていった。


***


「おかえりなさぁい。満点は二人ね」

 おおーと周りから拍手が上がる。

「誰も時間制限いっぱい残る人なんて居ないと思ったんけどねー! あーよかったわ。試験問題を作り忘れて準備が間に合わなかった時はどうしようかと!」

 その言葉に拍手がピタリと止んだ。

「せ、せんせい……」

 クラスメイト達から非難の声が上がる。ちらっと見れば横に居たセシリーが「はあ」と大きくため息をついていた。

 ぶっちゃけ、アンだって、アンだからこそ、先生をどつきたい。

 あんな厳しい状況に追い込まれる試験二度とゴメンだった。

「アン」

「なんだ、セシリー」

「クォード短期留は渡さないわよ!」

 アンもまた教科書と杖をしっかり持って対峙する。

「……ふふふ、上等よ!」

「あらあ、帰ってそうそう元気ねえ」

 こうして二人はいつも一緒に……戦い続けるのであった。

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