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VDシリーズ

エリーニュース・レクイエム

作者: 南雲遊火

「肝試しをしよう」

 最初に言い出したのが、果たして誰だったのか……多分、見習い騎士に叙任されたばかりの、年長組の者たちだと思うが、元々乗り気はまったくなく、人数合わせの為だけに半ば強引に神殿から連れ出されたジャスティスは知らない。

 ただ、神殿と城の境に存在する、歴代の皇帝が眠る霊廟の前で、唯一星明りのみが頼りの暗闇の中、一人で立ち尽くしている現状……明かり持ち担当の双子の妹と幼馴染が、早々に脱落して逃げ出し、おいてきぼりとなった今となっては……姿が見えずに探しにきた神殿の巫女の迎えか、もう少し周囲が明るくなるのを、待つしかなかった。

 ジャスティスは霊廟の階段に座り込むと、ふぅ……と、ため息をひとつはく。

 迎えがくるなら、誰かしら? ……と、ジャスティスは御歳四歳とは思えぬ冷静さで、思考をめぐらせはじめた。

 まぁ、妹でないことは、確かだろう。

 多分きっと、今頃自室に閉じ籠もり、布団の中でプルプル震えているだろうから。

「……父様だったら」

 いいな……。思わず口に出た呟きを、ジャスティスは飲み込んだ。

 ただでさえ、父は多忙な人間だ。それに自分は、自由に父に会える身分ではない。

 父は、この国を治める女帝の、摂政にて宰相。

 そして、女帝の夫。

 地理的には近いが、今のジャスティスには、決して近寄れない場所……城で暮らす父は、自分が今、この場に居ることすら、知らないだろう。

「父様……」

 望んではいけないことは、わかっている。

 周りの人間に、こんなことを思っていることを、知られてはいけない。

 そう、幼いながらも自らを律していたジャスティスだが、本心はずっと、こう思っていた。

「……さびしい」

 妹……チャリオットや幼馴染のヒューミットの『姉』として、彼女は決して弱音を吐くことはなかった。

 むしろ、正直に自分の気持ちをぶつける二人をなだめたり、なぐさめたりすることが、彼女の役目だった

 唯一、彼女が子どもらしい表情を見せ、甘えられる相手……それが、父親。

 父がいるであろう城を見上げた、ちょうどその時。

「……誰かいるの?」

 突然の声に、ジャスティスはびくっと、体を震わせた。

 元々、人の気配の察知に敏感なジャスティスだったが、今回は相手の方が上手で、全く、突然の不意打ちであった。

『霊廟の前に出没する、首の無い女騎士の幽霊』……出かける前に聞かされた話が脳内をよぎったが、一方で、首が無いのにどうやってしゃべるのか……と、無駄に冷静にツッコミを入れてしまう自分がいる。

 ともかく、ジャスティスは恐る恐る声のした方向へ顔を向けると、明かりを灯したランタンを持った、一人の女性が立っていた。

(大丈夫。ちゃんと首はつながってる)

 話を鵜呑みにしたわけではなかったが、ホッと、ジャスティスは胸をなでおろす。

 細身の体に纏うのは、赤い騎士の制服……第四等騎士の証。髪も瞳も真紅で、典型的な、フェリンランシャオの人間だ。

 所属部隊を示す、腰の飾り紐をまとめるブローチの色は朱色。これは、遊撃隊所属か、皇帝親衛隊所属の二つの可能性を示した。

「あら……あらあらあら?」

 女性は足早にジャスティスに駆け寄ると、じぃーっと、ジャスティスを見つめた。

 くりくりと大きな女性の赤い瞳に、見上げる自分の顔がうつる。

「あなた、お名前は?」

「ジャスティス……プラーナ……」

「もしかして、貴方のお父様は、ファヤウかしら?」

 急かすように問う女性に、ジャスティスはこくり……と、うなずいた。

「じゃあ、アレクトは助かったのね……」

 よかった……。ホッと胸をなでおろす女性をよそに、ジャスティスの疑問は、解決するどころか深まるばかり。

 どうやら父と、ジャスティス含める神殿暮らしの子どもたちの養母にて、神殿の最高責任者である神女長アレクト=ガレフィスと、彼女は知り合いであるらしいが……彼女の話の筋が、さっぱりわからない。

 何故、自分が父の子どもならば、「アレクトが助かってよかった……」という台詞になるのだろう。

 思った事をジャスティスは素直に問うと、女性は逆に、「へ?」と、虚をつかれたような顔をした。

「あなた、ファヤウとアレクトの子どもじゃないの?」

 今度は、ジャスティスが目を丸くする番だった。

 父は元々軍人であり、フェリンランシャオ帝国内にて、『最強』とされる六人の元素騎士の隊長。近年は内政を主に行っているが、今でも現役で、緑の精霊機『デメテリウス』の操者である。

 神女長アレクトも、過去には風の精霊機『アレスフィード』の操者だった事がある。故に、二人は上司部下の関係であり、気の合う友人である……と、ジャスティスは思っていたのだが。

「……ちがうの?」

 少し、声にトゲが含まれているような……キツい女性の物言いに、ジャスティスはただ「違う」と、首を縦にふるしかなかった。

「じゃあ、あなたのお母様は?」

「……知りません」

 決して隠しているわけではない。

 本当に、ジャスティスは自分を産んだ母親を知らなかった。

 父にきいたことが無いわけではない。

 しかし、父はただ苦笑を浮かべるだけで、教えてはくれなかった

「ふーん」

 ジャスティスの言葉を、正面から信じたワケではなさそうだったが、女性は、「ま、そういうことにしといてあげる」と、ジャスティスの隣に腰掛けながら言った。

「あたしはメガエラってゆーの。ここ五年ほど、ずっと砂だらけの最前線暮らしだったんだけどさ。やぁーっとついさっき帝都に帰ってこれたワケ」

「こんな夜中に?」

 ジャスティスの問いに、女性……メガエラは、ハハハッと、軽く笑う。

「ホントなら、もう二、三日かかる予定だったんだけど……恨み言の一つや二つ、言いたい相手がいたもんで、急いで帰ってきちゃった」

 恨み言? ジャスティスの問いに、メガエラは「あぁ」と、うなずく。

「その一人が……コイツ」

 振り返り、真後ろの廟を指差した。

 歴代の皇帝が眠るこの廟に、最も最近、奉られた人物……それは、現女帝アルティメーアの実の兄。

「いや、まったくもう、マシュナのバカにはホント、酷い目にあわされたモンだわ」

 ジャスティスは目が点になった。

 先の皇帝にて、炎の精霊機『へパイスト』の操者、マシュナ=バーミリオン。

 柔軟な発想を持ち、あらゆる策をねっては、帝国に勝利をもたらせたと、ジャスティスの周りの大人たちが、口をそろえて褒め称える賢君。

 はじめて、けなされているところを聞いた。

「あんなの、バカで十分よ。何度敵と一緒にだまされて、ウチの隊が大混乱に陥ったかッ!」

 彼の一般的な評価を、彼女も十分承知しているのだろう。青筋立てて怒鳴るメガエラの、怒りはなかなか収まらず。

「敵を倒すには、まず味方からっ……て、モノは言い様だけど限度ってモンがあるでしょーがッ!」

 ここでようやく、彼女は一息ついた。

 そして、先ほどとはうってかわった小さな声で、「それに……」と、つぶやく。

「それに、一番腹がたつのは、あっさりやられてポックリ死んじゃった事よ。……あんとき……何のために私らが囮になったとおもってんのよ……」

 メガエラの頬に、小さな涙の雫がひとつ、ふたつとこぼれた。

「……いっとくけど、コレは私の悔し涙。あんたの為に、泣いてるワケじゃ、ないからね」

 まるで、ジャスティスの存在を、忘れてしまったかのように……そして、この場にかの皇帝がいるかのように、彼女は小さな嗚咽をもらす。

 ジャスティスは、そっと、彼女の背中に手を触れようとした。

 それは、普段泣きじゃくる妹たちを落ち着かせるために、よくする行動だったのだが……しかし、ジャスティスの手はメガエラに触れる事ができず、彼女の背中を通りぬけてしまった。

「???」

 目を丸くするジャスティスに、メガエラは目をこすりながら、悪戯がばれて怒られた子どものように、ちらっと舌を見せ、苦笑を浮かべた。

「あなた、優しいのね。……誰かさんとは、大違い」

 さて……と、メガエラは立ち上がる。ズボンについた砂を軽くはたいてはらう仕草をすると、ジャスティスににっこりと微笑む。

「あなたの迎えが、ご到着みたいね。もう大丈夫よ。……私もそろそろ、恨み言を言いたいもう一人に、会ってくることにするわ」

 メガエラはそっと、ジャスティスの頭に触れた。

 否、触れられているはずなのに、ちっともそんな感覚がなかった。

「あたしのグチ、きいてくれてアリガトね」

 近いウチに、お礼をするわ。そう言う彼女の姿はもうすでに、周りの風景に溶け込みそうなほど薄まっていた。

「今のあなたには、必要の無いものだとは思うけれど……私は、あなたに持ってて欲しいから」

 その時、微かではあったが、ジャスティスを呼ぶ声が聞こえた。

 メガエラが言ったとおり、迎えが来たらしい。段々はっきりと聞こえてくる声に、ああ……あの声はアレクトだ……と、ジャスティスは無意識に、ホッとした表情を浮かべた。

 そんな彼女に、今にも消えてしまいそうなメガエラは、「そうだ……」と、ジャスティスと並ぶようにかがみこむと、内緒話をするかのように、そっとささやく。

「残念だけど私はもう、あの子の事、守れないから……アレクトのこと、お願いね」

 ジャスティスが顔を向けると、メガエラの姿はもうそこにはなく……かわりにその向こう側に、自分と同じ朱の髪と瞳の女性が、心配そうな表情を浮かべていた。

「アレクト……」

「よかった……心配したんだから」

 アレクトは思わず、その場にしゃがみこんだ。

「ごめん……なさい……」

 ジャスティスの言葉に、アレクトは首を横に振り、ジャスティスをぎゅっと抱きしめた。

「さびしかったでしょ? ごめん……ごめんね」

 異常なほど、孤独を嫌うアレクトは、何度もジャスティスに謝ったが、彼女はううん……と、首を横に振り。

「さびしく、なかった……騎士さまが、いたから」

 え? アレクトはきょとんと、小さな少女を見つめた。

「たぶん、マシュナ陛下の親衛隊の人。アレクトの事、知ってるみたいだった」

 アレクトの事、お願いね……って、言われたの。

「……誰?」

 アレクトの声が、震えていた。

 尋ねてはきたものの、多分、彼女の脳には既に、思い当たる人物が描きだされているのだろう。

 だから、ジャスティスはあえて、彼女の名前を教えない事にした。

 多分きっと、彼女もそれを望まない。なんとなくだけど、そんな気がしたから……。

 そのかわり。

「ねぇ、アレクト……私、騎士様になれるかな?」

 ジャスティスは眉間にしわを寄せ、この気持ちを、なんと言ったらよいのか……慎重に考えながら、口をひらく。

「父様みたいな……ううん、そうじゃなくて……そう、誰かを守れるような……」

 大切な人を守れなかったと嘆いたメガエラが、本当に志していたような……。

「騎士様に、なりたいな……」


 ◆◇◆


「……久しぶりだな」

 ランタンに灯る炎のような朱の長い髪を、みるからに「面倒だから」と言いたげな手つきで無造作に束ねた男は、視線を書類に向けたまま、口をひらいた。

「……もう、五年になるか」

 宮殿の一室……それも、何人もの衛兵たちが交代で夜通し守り続けなければならない貴人たちの私室の中でも、最も重要とされる人物たちが使用している区画にあるその部屋は、真夜中であるというのに、いくつものランタンで照らされ、非常に明るかった。

 もっとも、それだけ彼……フェリンランシャオ帝国宰相、ファヤウ=プラーナが多忙な人間である……ということなのだが。

「あら、驚かないのね」

 意外そうな声をかけたのは、一人の女性だった。

 真紅の髪と瞳、そして身に纏う服も、四等騎士の印である真っ赤な制服。

「別に、この部屋に現れる亡霊は、お前が初めてではないからな。……むしろ、執念深いお前にしては、遅いと思ったくらいだ」

「………………っとぉーに相っ変わらず、可愛くないわね」

 まったく、この男は……。眉間に深々と皺を刻みつつ、メガエラははぁ……と、ため息をはいた。

「ちょっと、聞きたいことがあるんだけど」

「なんだ? お前もいつもの連中のように、オレに対する恨み言か、家族に対する遺言でも、言いにきたんじゃないのか?」

 違う……とメガエラは言いかけたのだが、よくよく考えてみたら、たしかに当初はそのつもりだった。

 しかし、肯定してしまうのは、なんだかシャクだったので、メガエラは適当に言い繕う。

「その予定だったんだけど、都合により変更を余儀なくされました。……あんた、なんでアレクトと結婚せずに、メイと一緒になってんのよ」

 一瞬、ファヤウの視線がメガエラを捉えた。

 メガエラはジロッ……と、ファヤウを見下ろすと、ツカツカと近寄り、ゲンコツで机を叩……こうとして、思いっきりすり抜けた。

「……一体何がしたいんだ? お前は」

「つ……つい、いつものクセよ。生前のッ!」

 すり抜けた拍子にずっこけたメガエラは、今度は半腰の状態で、上目づかいにファヤウを見上げた。

「不気味な真似はやめろ」

 まるで水中から頭半分だけ水面に出てきたように、机の天板の中央から見上げるメガエラの鼻を、ファヤウは指ではじくフリをした。

 もっとも、ファヤウだって、もう彼女に触れることができないということは、承知の上だったか。

 実のところ、今までファヤウを訪ねた騎士の亡霊たちは、かなりの人数にのぼるのだが、こんなことは初めてだった。

 メガエラ相手だと、ファヤウはいつも、調子が狂う。

 生きていた時も、死んでしまった今となっても。

「アルティメーアとの結婚は、重臣会議で決まった事だ。……お前は、プラーナの歴史を知っているだろう?」

 表向きの一般人にはほとんど知られていない話だが、そう遠くない過去……ファヤウの祖父の代に、フェリンランシャオを統べるバーミリオン皇家から、プラーナ家は権力を奪おうとしたことがある。

 祖父の野望は未遂に終わったが、そのせいで、傍系の末息子とその妹以外の一族は、表向き『病死』という形で全員暗殺され、当主となった末息子……ファヤウの父が、妹を当時の皇帝に妻として差し出すことで、ようやく和解が成立したのだ。

 故に、バーミリオン皇家に次ぐ四家名門と言われながら、今のプラーナ家の発言力は、以前と比べると、非常に微々たるものとなっている。

「いまでこそ宰相の地位があるが、あの時は重臣会議や貴族会議に出てくる連中の意見をひっくり返せるほど、オレには発言権がなかった。なによりあの時は、大半がアレクトの事を……諦めていた」

 アレクト=ガレフィスが孤独を嫌う理由。それは、過去に一度、敵国の捕虜となった経験があるからだ。

 彼女は本来、戦には縁のない神女長候補でありながら、昔からとある『理由』で、戦場にでざるを得ない状況だった。

 その過程で風の精霊機『アレスフィード』の正式な操者となり、ファヤウとともに戦っていたのだが、彼女が十六歳の時、その事件はおこった。

 ファヤウも先の皇帝マシュナも、何度も彼女の奪還作戦を計画したが、すべて失敗。不運な事に、その作戦の最中、皇帝が戦死するというオマケ付きである。

 残された『正当なる皇族』は、マシュナの同母妹、当時十四歳のアルティメーアのみ。

 国力を保つための、『結婚』。従兄であり、地には落ちても名門の血筋の若き当主。ファヤウ=プラーナは、幼い女帝の伴侶として、これ以上もない人材だったのだ。

 敵国の反皇帝派の力を借りて、アレクトがフェリンランシャオに戻ってこれたのは、彼女が捕まって、約二年後の事。

 彼女の腕には朱の髪に青い瞳の赤子が抱かれ、一方ファヤウはというと、女帝とは別の女性との間に、双子の娘を授かっていた。

 そう……すべて、何もかもが遅すぎた。

「解せないのは、そこなのよねぇ」

 ビシッと、メガエラが先ほどのお返しとばかりに、ファヤウの鼻先を指ではじく。くどいようだが、触感はお互いに無い。

「あんたはいい人装ったひねくれ者で、切れ者なんだけど、腹黒くて性格悪くて、純粋に良いと褒められる部分は、正直なところ……顔だけなんだけど」

「おい……」

 堂々と言い放たれるメガエラの悪口の数々に、ファヤウはさすがに表情を歪める。

 しかし。

「少なくとも、『自分から言い出した約束』を、自分から破るようなヤツじゃないわ」

 約束……その言葉に、ファヤウは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

「あんたは、『アレクトを幸せにする』って、私に誓った。たとえメイとの政略結婚があったにしても、安否のわからないアレクトほったらかして、他の第三者にウツツをぬかすようなヤツじゃ、決してないわ」

 先ほど、ほんの数時、メガエラが一緒に過ごした少女……。

「あの子……本当に、あんたの娘なの?」

 いぶかしげな赤い視線が、ファヤウを貫く。

「参ったな……」

 ふう……と、ファヤウはため息をはくと、持ってた書類を机の上に置いた。

 彼女は正直で、頭の回転が速く……なによりなかなか、勘が鋭い。

 だけど。

「髪と目の色は、どう説明する気だい?」

 肯定とも否定ともとれぬポーカーフェイスと質問返しに、メガエラは黙り込んだ。

 朱の髪と瞳は、皇族の中でも特に血の濃い人間に、ごくごく稀に生まれる色。

 たとえ両親が朱の髪と瞳をもっていたとしても、朱の髪と瞳の子が生まれるとは、限らない。

 しかし。

「それって逆に言えば、あんたみたいに突発的突然変異種とか、そういう可能性もあるんじゃ……」

「人を希少動物的扱いするな」

 ファヤウの父は、メガエラのように真紅の髪と目の持ち主だった。メタリア出身の母親に至っては、緑色の髪と瞳。

 そう、非常に確立は低いのだが、過去にバーミリオン皇家の血さえ混ざっていれば、誰にだって子に朱が現れる可能性はあるのだ。

 そこまで考えて、ふと、話が逸れた事に気がついて、メガエラは首をブンブンと横に振った。

 そろそろ、トレドットの土地神が、姿を隠す頃……夜明けが近い。

 ほんの気持ち程度だが、窓の外は、徐々に明るくなりつつあるような気がする。

「時間があまり無いんで、単刀直入に本題! 結婚云々はしょうがないにしても……なんであんた、アレクトを神殿に押し込めて、ほったらかしてるのよ」

 ……幸せにするって言ったから私、あんたに大切な『妹』、あげたのよ?

 メガエラにずいっと詰め寄られ、ファヤウは初めて、彼女から視線を、不自然にそらせた。

「仕方ないだろ。……オレを拒絶したのは、アレクトの方だ」

 約束を……彼女を幸せにするという誓いを守れなかったどころか、同じ戦場に立ちながら、彼女自身を守りきれなかった事。それは、まぎれもない事実。

 彼女から、責められる事も、罵られる事も、覚悟をしていた。

 けれども、彼女は自分に会うことを望まず、精霊機を降りることを望み、神に一生を捧げる事を望んだ。

 だから……。

「アレクトの『言葉』を、素直にきいた……ってワケ?」

 ファヤウは無言だったが、彼の態度を、メガエラは肯定を受け取った。

 メガエラは盛大にため息をはき、そして。

「……あんたって、相変わらず、救いようのないバカね」

「なッ……」

 顔を上げたファヤウに、メガエラはデコピン一発。

「バカも大バカ。あの子の事が、何も解かってないッ!」

 メガエラはビシビシバシッと、何度もデコピン連発。

「……ダメージ与えられないのが、実に残念だわ」

「何が……言いたいんだ」

 ファヤウは声を震わせ、メガエラに問う。

 そんなファヤウに対して、メガエラはニッと、口の端を歪めた。

「始めから私に正解をきくなんて、らしくないわね」

 私の言いたい事なんて、本当はとっくの昔に解かってるクセに。

 メガエラの言葉に、ファヤウの声が、徐々にかすれる。

「だって、そんなの……遅すぎ……じゃ、ないか……」

「そうね、超、遅すぎ」

 だから……と、メガエラは、ファヤウの額をもう一度、はじいた。

「高すぎるそのプライドと、女心に鈍感なその性格、丸ごとひっくるめて、アレクトに謝りなさい。そして、この五年間、何があったかを、あの子にだけは、きちんと正直に話す事!」

 ……ホントはあの子も、貴方を待ってるのだから。

 感覚がないことはわかってはいたが、うつむくファヤウの頭を、メガエラはよしよし……と、昔のように……幼子をあやすように撫でた。

 そして先ほど、立場は逆であったが……似たようなやり取りがあったことを思い出し、思わずメガエラは笑みをこぼす。

「……ホントに久しぶりね。こういう感覚」

 複雑な身分と立場故に、ヘソマガリで孤独な青年が、隠れて人知れず涙して……そんな彼を、自分は叱咤して励まし、助言を与える。

 自分の、大切な……。

「あんたもマシュナも、最後の最後までホント、手のかかる『弟』だこと」

 ほんのりと白くなり始めた空に目を細め、メガエラは「お願いがあるんだけど……」と、ファヤウに囁く。

 ファヤウは一瞬、彼女の言葉に目を丸くしたが、彼女の最後の『遺言』に、コクリ……と、素直に頷いた。

 窓から段々、明るく差し込んでくる日の光に溶けていくよう、段々薄まっていくメガエラの姿を、ファヤウはじっと、静かに見つめる。

「長居しちゃって、ゴメンね。……でもまぁ、寂しがらなくても大丈夫。近いうちに、迎えにきてあげるわ」

「さらりと何気に、縁起の悪いことを言うんじゃない」

 やれやれ……と、苦笑を浮かべたファヤウは、ため息をはく。

 冗談なのか、本気なのか。まるで、ファヤウをからかっているかのように、メガエラはクスクスと笑い……

「じゃあ、ね」

 今生の別れを告げる者の言葉とは、とても思えぬ軽い挨拶を残して、彼女は朝日の中に、消えていった。

 一人、残されたファヤウはもう一度、今度は小さくため息をはいて……。

「……安らかに、お休み下さい。義姉上様」

 来世があるなら、きっとまた……。

「どうぞ、貴方の弟で、いさせてください」

 彼の頬を伝う滴に、彼女の溶け込んだ朝日が、キラキラと反射した。


 ◆◇◆


 メガエラ=ガレフィス。

 一夫一婦が基本のフェリンランシャオ帝国の歴史において、初にして唯一の公式愛妾となった女性と、皇帝との間に生まれた第二皇女。

 父の亡き後は、同母の姉妹とともにその地位を剥奪されたが、異母弟である皇帝マシュナの親衛隊に所属。

 常にマシュナとともに戦地を駆け、そして、十九歳の歳に、戦死……。


「よくもまぁ、残っとったモンじゃ……」

 五年もの間、砂漠の大地に野ざらしになっていたため、流石に無傷というわけにはいかなかったが……ファヤウの執務机の上にはかつて、飾物ではない実用的な物として作られながら、その美しさから『フェリンランシャオの名宝』と呼ばれた、一挺の長距離狙撃銃が置かれている。

 老齢に差し掛かったばかり……といった年齢のその男は、いとおしげにその銃を撫でた。

 フェリンランシャオ帝国最高のVD技術士、モルガナイト=ヘリオドール。

 机の上に置かれた、狙撃銃『レビ』の製作者にて、銃の主……メガエラの、母方の叔父である。

「遅く、なりました」

 ファヤウは申し訳ないと、モルガに頭を下げた。

 激戦区で亡くなった人間の遺体を、すべて回収、帝都へ持ち帰るなんてことは、土台無理な話であり……基本的には、故人と判別できそうな持ち物……遺品を持ち帰り、誰の持ち物かがわかったところで、遺族に返却されるのが通例である。

 メガエラの銃は、つい先日、帝都に到着した。

 それは、メガエラの亡霊がファヤウの前に現れて、三日目の事。

「しかし……何故、わしなんじゃ?」

 モルガは眉をひそめ、年若い宰相に問う。

 本来、この場に呼ばれるのは、故人に最も近しい親族。

 メガエラの場合、同母姉のティシフォネか、同母妹のアレクト二人が、最も相応しいと思われる。

「実は、彼女から言付かった、お願いがあるんです。……この銃をまた使えるようにして頂きたい」

 モルガは、我が耳を疑った。

 遺品は親族に返却された後、遺体の代わりに墓に埋葬される。

 遺品を修理し、また使うなんて……そんな話、きいたことがない。

「なんでも後継者になりそうな、気に入った子を見つけたとかで……自分も、その、なんというか……」

 非常に、説明しづらいのだが……と、珍しく煮えきらない返事の宰相に、モルガはじっと目を見て問う。

 赤と朱の二組の視線が、しばしの間交錯したが、やがて、ファヤウが降参とばかりに両手をあげた。

「笑わないで下さいよ。心から尊敬する貴方だから、正直に話します」


 宰相ファヤウの依頼で修復された狙撃銃『レビ』だが、かの銃は今しばらく、城の宝物庫にて、静かに眠りにつくことになる。

『レビ』が、再び歴史上に姿を現すのは、もう少し、先の話。

 そう、朱の髪と瞳をもつ隻眼の女騎士が、水の元素騎士に選ばれる、その時まで……。


FIN

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