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ひかりひらり  作者: 沙φ亜竜
第2章 再会日和
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-1-

「ミサキさん。今日のお食事は、とても薄味ですわよ」


 普段、あまり料理の味に対しては口出ししないイズミが、そんな文句を言った。


「まったく、困ったもんね」


 ミヤコさんも、ため息まじりに口を開く。


「あれからもう一ヵ月半くらい経つっていうのに、まだうじうじしてるの? 自分で決めたんでしょ? シャキッとしなさいな!」


 言い方はきついけど、優しげな声で僕を元気づけようとしてくれているのは、よくわかっていた。

 だけど、自分でもどうにもならないのだ。


 僕はあれから、陽光さんのことがどうしても気になって、ぼーっとしてしまう時間が多くなっていた。

 そのせいで、料理は味が滅茶苦茶だったり、食材の数にも余裕はないというのに焦がしてダメにしたり、掃除をしていても必要な書類を間違えて捨てそうになったり、そんな失敗が増えてしまっていた。


 それでも船員たちは、僕が立ち直るのを静かに見守ってくれている。

 船長やサザナミさん、それにナギさんは、時間が解決してくれるだろうと余計なことは言わないようにしているみたいだった。

 たまにイズミやミヤコさんがこうして文句を言ってきたりはするけど、それだって心配してくれているからこそだ。

 そんなの僕にだって重々わかっている。


 でも……。


 僕は、ミヤコさんたちの言葉には答えず、ただ黙ってテーブルに食事を運んでいた。

 サザナミさんとナギさんもすでにテーブルに着いている。


 これで全員分の食事を運び終えた。

 ……と思ったところで、空席を発見する。またしても、船長が食堂に来ていなかった。


「またブリッジにいるのね、船長。持っていってあげたほうがいいんじゃない?」

「うん、わかってる」


 僕はアラシ船長の分の食事をトレイに乗せ直し、ブリッジへと向かった。


「船長。食事ができましたよ」

「ああ、ありがとう。そこに置いといてくれ」


 船長は、なにやら書類に記入しているようだ。

 報告書の類だろう。定期的に会社へ送る必要があるという話だし。

 書類なんかは入力したデータのみを送信する方法でもいいはずなのだけど、船長の方針らしく、紙の書類での提出を心がけていると言っていた。

 航法オートマトンの操作もナギさんに任せっきりだし、実は船長って機械の扱いが苦手なんじゃないのかな。


 そんなことをぼーっと考えながらだったからだろうか。

 僕は船長の横にある物置台にトレイを乗せようとして、手を滑らせてしまった。


「あっ!」


 はっとして手を添えたものの、間に合わなかった。


 トレイの上にあった皿から、スープやらサラダやらソースのいっぱいかかった肉やらが、それぞれ思い思いの放物線を描きながらこぼれ落ち、船長に、書きかけの書類に、ブリッジの機械類に降り注ぐ。

 そして皿やトレイは床に転がり、大きな音を立てた。


「すみません、船長!」


 慌てて頭を下げる僕。

 すぐに拭くものを取ってこないと!


「ミサキ!」


 船長が僕を睨みつけていた。

 普段笑顔を絶やさないような船長だからこそ、その形相に僕はたじろいだ。


「お前は……!」


 船長はぶるぶる震えて怒りを抑えようとしている。

 もう爆発寸前という状況だった。

 とはいえ、怒られても仕方がない。

 覚悟を決めて、僕は船長と向き合ったまま身構えていた。


「大切な船長服に、なんてことしてくれるんだ!」

「すみません!」


 素直に謝る。

 それにしても……、真っ先に怒られるのが船長服のことについてだなんて。

 書類や機械はいいのだろうか。


「宇宙船の機械類は、そうそう壊れないように加工されているからな。大して問題はないだろう。書類もまた書けばいい」


 だったら船長服だって洗えばいいわけだし。

 それに船長服といえば、自分の部屋に十着以上も持っていたはず……。


「ふざけるな! 船長服は俺にとって命の次に大切なんだ!」


 そう言って船長服をおもむろに脱ぎ出す船長。

 脱いだ船長服の下には、また船長服が……。


「こんなこともあろうかと重ね着しておいたからよかったものの……」


 仮に夏用の薄手なものだったとしても、そんな服を重ね着……。

 それに、こんなこともあろうかとって……。

 もう、どこに突っ込んでいいものやら。


「なにをボサッとしている! 早く脱いだ服を洗濯してこい! それが終わったら、ちゃんとここの掃除もするんだぞ!」


 船長はすでに汚れた書類をダストシュートに捨て、新しい書類に記述し直し始めていた。

 僕は言われたとおり、船長服の洗濯をし、ブリッジの掃除をし、アラシ船長のための食事を作り直した。

 そのあいだ、何度かブリッジに足を運んだのだけど、船長は僕にひと言も声をかけてはくれなかった。


 そんな日々が続いたある日、船長からの召集命令がかかった。


「よし、みんな集まったな」


 船員たち全員が今、ブリッジにいる。

 全員入るには狭いブリッジ、僕は入り口に寄りかかる感じで陣取っていた。

 それが、いつもの僕の場所だった。


 召集がかけられたということは、新たな仕事が入ったのだろう。

 その説明のための集会というわけだ。


「明日から、また惑星での仕事に入る。今回は力仕事ではなく、少々込み入った仕事になるから、心しておいてくれ」


 どうやら今回は、荷物を船倉に運び入れるといった仕事ではないようだ。

 最近はそういった荷物運び系の仕事ばかりだったから、珍しい客からの依頼なのかもしれない。


「それから……」


 船長はなんの感情もないような視線を僕のほうに向け、淡々とこう言い放った。


「今回、ミサキには休暇を与える。俺たちが仕事をしているあいだ、適当に休んでおけ」

「え?」


 僕は耳を疑った。

 いったい、どうして……?


「ぼーっとしてる奴なんか、いても役に立たない。足を引っ張られても困るからな。少し頭を冷やせ」


 船長は冷たい声で言い放つ。

 僕は、悔しかった。


「で……でも……」


 込み入った仕事なら、なおさら雑用とかも多いんじゃ……。


「口答えは許さん。べつにお前なんていなくても、どうにでもなるんだ。とりあえず自室にでも戻ってろ。これから、お前抜きで仕事の説明を始めるからな」


 こぶしを握りしめ下唇を噛んだまま、うつむいてその場で立ち尽くしている僕に、船長が追い討ちをかける。


「おい、早く出ていけ、ミサキ。……邪魔だ」


 僕はブリッジを飛び出した。



 ☆☆☆☆☆



 やがて宇宙船はどこかの惑星に着陸したようだった。


「おい、ミサキ。着いたぞ」


 船長……。

 やっぱり僕も、一緒に行かせてくれるのかな?

 そんな甘い考えを抱きながら宇宙船から降りた僕は、船長の冷たい声で一刀のもとに切り裂かれる。


「仕事は一週間ほどかかる。そのあいだ、宇宙船に戻ることは禁止するからな。この町で適当に過ごしてろ。ここは治安もいいし、死にはしないだろう。じゃあな」


 船長はそれだけ言うと、僕に背を向けて歩いていってしまった。

 そのあとに他の船員たちも続く。

 誰ひとりとして、僕に声をかけてくれる人はいなかった。


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