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ひかりひらり  作者: 沙φ亜竜
第1章 出会いの光
7/34

-4-

 それから数日のあいだ、荷物運びの仕事は続いた。

 船長とナギさんは、三日ほどで戻ってきていた。

 その仕事の内容については結局、一切語られなかったのだけど。

 大きな鉱石類の他に、小型の物資や機械なんかを取り引きすることも多いから、おそらくそういった類の仕事だったのだろう。


 陽光さんはその後も、飲み物やお菓子を用意したり、昼食や夕食を振舞ったりと、僕を含めた船員たち全員を気遣ってくれた。

 もっとも朝食は相変わらず、僕の担当のままだったけど。

 事務所で夜遅くまで働く陽光さんと深空さんは、朝起きるのが遅いからだ。

 陽光さんの話では、明け方まで仕事をしているようだから、それも仕方ないだろう。


 僕はたびたび、時間を作ってはあの丘へ足を運ぶようになっていた。もちろん、陽光さんも一緒だ。

 ふたりきりで歩く道中もなるべく積極的に話しかけ、ゆっくりと歩くように心がけた。

 陽光さんに無理をさせてまで夕焼けにこだわる必要は、もうないのだから。


 あの丘から夜景が見える時間になってしまうと、帰り道はかなり暗くなり肌寒さも感じられるようになる。

 この辺りの林には大型の獰猛な動物などはいないらしく、とくに危険はなさそうだった。

 とはいえ、事務所の仕事もあるわけだから、あまり遅くまで陽光さんを連れ回すわけにはいかない。


 夕食後には、あまり時間も取れないけど、約束通り料理の手ほどきも受けた。

 陽光さん自身も本格的な料理の勉強をしたわけではなかったため、ちょっとした豆知識などを交えて、簡単にできるレシピをメモしてもらったり、食材を保存するときの注意点を教えてもらったり、といった感じだったのだけど。

 それでも、船員の食事を任されている身の僕としては、すごくありがたかった。


 そんな一日を終え、夜、宇宙船の個室に戻った僕は、ある思いを抱いていた。


 ――僕は陽光さんのことを、好きになり始めている。


 それは自分でもよくわかった。

 運命かもしれない、とまで考えてしまうほどだった。

 でも……。


 ベッドに寝転びながら、宇宙船の天井を見上げると、個室の中に張ったロープにかけられた洗濯物が目に映る。

 洗濯物を干す場所も限られているため、自分の分は個室に干していることが多いのだ。


 狭苦しい個室内で、僕は考えていた。


 この船では、僕は単なる雑用係でしかないけど。

 今のこの船での生活は、なんだかんだと文句は言いながらも、毎日が楽しく、みんなと一緒にいるのも心地よくて、気に入っているのは事実だった。


 父さんの夢を継いで自分の宇宙船を持つ。

 そのために頑張っていくと決めたあの日から、今までの日々を思い返してみる。


 平穏な生活ではなかった。

 両親を亡くし身寄りのなくなった僕がひとりで生きていくには、世間は冷たかった。

 どうにか小銭を稼ぎ、その日暮らしの生活を続けていた僕を、アラシ船長が宇宙船の船員として雇ってくれた。


 雑用係とはいえ、船の中には個室も用意してもらえて、ミヤコさんとイズミの漫才のようなやり取りを聞き、船長の馬鹿げた話にツッコミを入れつつ、炊事洗濯掃除に明け暮れる日々……。

 本当に楽しいのかと言われると、後半部分は微妙ではあるけど。

 こんな僕を家族のように受け入れてくれているこの船のみんなには、心から感謝している。


 ――僕は、どうすればいいのだろう?


 答えの出ない疑問を何度も頭の中に浮かべながらぼーっとしていると、不意に個室のドアからノックの音が聞こえてきた。


「わしだ。ミサキ、ちょっといいかな?」


 サザナミさんだった。


「はい、どうぞ。あっ、でも、パイプの火は消してくださいね」

「……仕方ない、消すか」


 僕の言葉に、しぶしぶといった様子で火を消してくれたようだ。

 個室には窓も空気清浄機もない。排気ダクトくらいはついているものの、パイプの煙が充満すると、しばらくその匂いが消えないのはわかりきっている。

 普段から慣れているサザナミさん本人は、個室に煙が充満していても気にならないのかもしれないけど。


 個室に入ってきたサザナミさんは、僕の真向かいに座った。

 宇宙船の個室は、かなり狭い。とはいっても、折りたたみ式の簡易ベッドの横にある空間だけでも、ふたりで座れるくらいのスペースは確保できる。

 ……ぎりぎりではあったけど。

 ベッドをたためば、四人くらい押し込められるスペースはありそうだけど、そこまで詰め込まれた状況にはなりたくない。


 あぐらをかいている来訪者は、パイプを手でもてあそびながら話し始めた。


「なぁ、ミサキ。ミヤコから聞いたが、お前さん、あの陽光って子に『ホの字』なんだってな」


 サザナミさん、表現が古いです。

 まぁ、それはいいとして……。

 ミヤコさん、そんなことを言いふらさなくても……。


「べつに言いふらしていたわけじゃない。ま、言われなくても、お前さんとあの子の様子を見てれいばすぐわかるがな」


 そう言って、火の点いていないパイプをくわえる。


「……で、どうするんだ?」

「…………」


 僕はその質問に、答えることができなかった。


「ふむ。迷っているんだな。まぁいい。そうやって大人になっていくもんだ」


 ふ~。煙を吐くサザナミさん。

 ……って、消してないじゃん、火。

 僕の抗議の目に気づいたサザナミさんは、


「ま、いいじゃないか」


 と言った。

 どっちの件に対する、「いいじゃないか」だったのだろうか?


「残りの荷物の量から考えると、仕事はあと二日程度で終わるだろう。そのあいだに、せいぜい考えることだな」


 立ち上がったサザナミさんの優しげな瞳は、僕をじっと見据えていた。


「ミサキ、お前の人生だ。自分で納得のいく結論を出せばいい。ただそれだけのことだ。わしらは、お前の決めたことに異論を唱えたりはしないさ」


 サザナミさんの去った個室には、パイプの煙と、まだ動けないままの僕だけが残されていた。



 ☆☆☆☆☆



 その後の荷物運びの時間は、ついつい考え込んでしまい、上手く力が入らなくなっていた。

 僕の異変に感づいたサザナミさんやミヤコさんが、なにも言わずに僕の分まで頑張ってくれているのがわかった。

 仕事中は集中しないと。そう気合いを入れ直し、荷物を持つ手に力を込める。

 そして、サザナミさんの言っていたとおり、それから二日で荷物運びは完了した。


「お疲れ様。これで今回のこの惑星での仕事は終了だ」


 船長がみんなに宣言する。


「今日は疲れただろうから、出発は明日になるがな」

「みなさん、お疲れ様でした。今日はいつもより、ちょっとだけ豪華な食事を用意していますので、たくさん食べてくださいね」


 陽光さんが言ったように、テーブルにはたくさんの料理が並べられていた。

 確かに、豪華だ。ちょっとだけ、というのが謙遜だと思うほどに。


 早速、ミヤコさんとイズミは料理に手を伸ばしている。

 せっかく用意してくれたのだから、僕もしっかり食べよう。

 ……陽光さんの手料理を食べるのも、これが最後になるかもしれないのだから。


「お疲れ様」


 いつものように陽光さんが僕の隣にそっと座る。

 それもすでに、当たり前の行動と思えるほどになっていた。


「陽光さんも、お疲れ様。こんなにたくさんの料理、準備するのも大変だったんじゃないですか?」

「そうでもないわよ。今日はね、事務所の仕事はお父さんだけで大丈夫だって言うから、私は料理だけに集中していたんです。仕事の最終日で疲れたみなさんの体を、少しでも癒してあげられるような料理を、と思って作ったの。喜んでくれる笑顔を想像しながら作るのって、結構楽しいものなんですよ?」


 笑顔でそう言った陽光さんの顔が、すっと陰る。


「でも、それも今日で終わりなんですよね。……なんだかもう、みなさんがいるのが当たり前みたいになっていたから……寂しいな」


 陽光さんは目を伏せる。長いまつげが、小さく震えているように見えた。


「そう……ですね。僕も、陽光さんと会えなくなるのは、寂しいです」


 僕は、意外なほど素直に言葉にしていた。

 そうだ、僕はやっぱり陽光さんが好きなんだ。離れたくない。

 だけど今の僕には、そこまで伝えられる勇気はなかった。


 僕の言葉を聞いて、陽光さんは笑顔に戻った。

 ただ、その笑顔にはまだ少し、寂しげな陰が残ったままだった。


 夕食を終えたあと、個室に戻った僕は、見慣れた天井を見上げながら考えていた。


 ――僕はここに残るべきだろうか?


 陽光さんと離れたくない。それが僕の正直な気持ちだ。

 陽光さんのほうだって、同じ想いでいてくれている。うぬぼれなんかじゃなく、そう思えた。


 とはいえ、あの丘に最初に連れていってもらった日、陽光さんは言っていた。

 お父さんに似てる、と。

 ミヤコさんが言っていたみたいに、僕は家族のような感じでしか見られていないのかもしれない。


 それに、ここで僕がこの惑星に残ったら、父さんの意思を継ぐという、今まで生きてきた目標自体をも捨て去ることになる。

 この惑星の文明レベルだと宇宙船もないわけではないけど、個人で持てるような物では絶対にない。

 数十年くらい経っても、おそらくそれは変わらないだろう。


 サザナミさんは、僕が決めたのなら異論は唱えないと言っていた。

 僕がここに残るかもしれないことを感じていたからなのだろう。

 きっと、ミヤコさんや他の船員たちも同じだ。

 ここ数日、いつものように雑用を押しつけられたりしている中でも、優しい視線で見つめられている、そんな気がしていた。


 僕の勝手な思い込みかもしれないけど……。

 船員のみんなが優しい人たちだというのは、充分すぎるほどによくわかっている。


 ――僕は、どうすればいいのだろう?


 ここ数日、何度も繰り返してきたその自分自身への問いかけに、やはり疲れていたからだろうか、結局答えを出せないまま、僕は眠りの底へと沈んでいってしまった。


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