-2-
「お口に合うか、わからないけれど……」
そう遠慮がちに言いながら、陽光さんがテーブルに料理を運んできてくれた。
温かい湯気が立ち昇り、辺りはとてもいい匂いに包まれている。
事務所の中には全員入れるほどのスペースがなかったため、外に設置してある大きめのテーブルを囲み、綺麗な星空のもと食事をすることになったのだ。
「わざわざ食事まで用意していただいて、ありがとうございます」
僕は深々と頭を下げる。
深空さんは僕たちがここで荷物運びをしているあいだ、事務所に寝泊りするらしい。
それはわからなくもないのだけど、娘である陽光さんまでこの事務所に泊まるつもりなのだとか。
書類の整理だとか、いろいろとやる仕事があるから、と言ってはいたけど。
父親と自分の食事はもともと作る予定だったし、ついでなのでと、陽光さんは僕たちの食事まで作ってくれた。
事務所では広さが足りないため、僕たちは宇宙船で寝ることにはなるけど、それでも食事をいただけるのは正直すごくありがたかった。
宇宙船内に用意してある食材は種類が多くない上に、保存に耐えられるものしかなかったからだ。
……船員たちの食事の準備が普段は僕の仕事だから、というのも、ありがたいと思う大きな要因なのだけど。
「おー、これは美味しそうだ! ミサキの料理とは、えらい違いだな!」
「悪かったですね、下手くそで」
船長のイヤミに、じと目で反撃する。
僕の作った食事だって、文句を言いながらも絶対完食するくせに。
「ミサキさんも、お料理なさるんですね」
陽光さんが笑顔で話しかけてきた。
「ええ、まぁ。やらされてるという感じですけど……」
宇宙船に乗る前は、人に出すような料理はもちろん、自炊すらしたことがなかった。
最初はこれも仕事のうちだと思って嫌々やっていたのは確かだったけど、意外と考えなければならない部分も多く、結構楽しいものなのかもしれない、なんて今では思っている。
「あっ、おいし~。さすがねぇ~。濃すぎず、薄すぎず、優しい感じの味わいだわ」
「濃すぎると、お肌とか体型とかに悪影響が出ますものね、誰かさんは」
「なんか言った?」
「いえ、べつに」
相変わらずのミヤコさんとイズミの掛け合いに、陽光さんは、ふふっ、と微かな笑い声を上げる。
そして最後になった自分の食事を持って、空いていた僕の横の席に座った。
「面白い方々ですね」
「面白いというか、おかしいというか……」
ついつい本音で返してしまう。
「こら、ミサキ。聞こえてるわよ! ま、美味しい食事で気分もいいから、許してあげるけど」
許されなかったら、どうなるというのだろう?
「そうだわ、ミサキ。あんた、陽光さんに料理教えてもらいなさいよ!」
突然ミヤコさんが、そんなことを言い出した。
「いや、でも、陽光さんに悪いでしょ」
「あら、私なら構いませんよ? といっても、教えられるほどの腕前なんてありませんけれど。それでもよろしければ……」
「なら決まりね! 仕事のあとにでも、教えてもらいなさい!」
なぜミヤコさんが勝手に決めるのか。陽光さんの都合だってあるだろうに。
だいたい、完全に荷物運びの仕事とは別扱いっぽいし。
そんなふうに考えていた僕だったのだけど。
「わかりました。みっちり教え込みますね!」
……どうやら陽光さんも、かなりノリ気のようだった。
料理好きなのだろう、目がキラキラと輝いている。
「よろしく頼むわよ、陽光さん!」
「はい、任せてください!」
すっかり意気投合しているふたりに、僕が異論を唱えることなど、できるはずもなかった。
☆☆☆☆☆
食事を食べ終えた僕たちは、宇宙船の自室へと戻った。
力仕事で疲れた体に、美味しい食事を充分にいただいた僕は、ベッドに横になった途端に眠りに落ちてしまったらしい。
次の日の朝は、あんなに力仕事をしたというのに、とても清々しく目覚めることができた。
美味しい食事の力は絶大だ。
今はまだ、早朝といった時間だろうか。太陽は一応昇ってはいるものの、少し薄暗さが残っている。
とりあえず朝日でも浴びてこようかな。
そう考えた僕は、軽く上着だけ羽織り、ふらふらと宇宙船から外へ出た。
朝の心地よい風が肌をくすぐる。
若干朝もやの残った森のシルエットが、静かな朝を演出してくれているかのようだった。
「おはよう、ミサキ! いやぁ、爽やかな朝だねぇ」
爽やかな笑顔で、お得意の白い歯をキラリ。
言うまでもなく、アラシ船長だった。
爽やかな声で爽やかな笑顔なのだけど、なんとなく暑苦しく感じてしまうのは気のせいだろうか?
相変わらず、朝っぱらから元気な人だ。
よく見ると、船長は上着を羽織り、荷物の入ったカバンを背負っていた。
その船長のそばには、ナギさんも同じように荷物を背負って立っている。
「あれ? 船長、お出かけですか?」
「ああ。今回は別の仕事も受けてあってな。そっちにナギとふたりで行ってくる。数日くらいかかるだろう。そのあいだ、こっちはお前たちに任せる」
「はぁ……わかりました。でも、なんで昨日のうちに言っておかなかったんですか? 僕が起きてこなかったら、誰にも伝言できなかったんじゃ……」
「書置きでも残しておこうかと思っていたところだったんだ。……ナギと駆け落ちします。探さないでください、ってな」
ドカッ!
うあっ……。ナギさん、無言で船長の首の後ろ側に鋭いチョップを……。
船長、うずくまって苦しんでるし……。
「うぐぐ……。ちょっとしたお茶目なのに、冗談の通じないやつだ……」
無言のまま、ナギさんは船長を睨み続けていた。
「ここでの仕事を請けたときに一緒に言われてはいたんだけどな。まぁ、その、なんだ……」
「……すっかり忘れていた、と」
歯切れ悪く言いよどむ船長を、じと目を向けながら僕は言葉で一刀両断する。
「はっはっは! ま、そういうわけだから、ちょっくら行ってくる。人手が減ってしまってすまないが、よろしく頼むぞ」
「はいはい、わかりました。行ってらっしゃい」
去っていくふたりの後ろ姿が朝もやの奥へと消えるのと同時に、残りの船員たちが外へと出てきた。
「ミサキー、ご飯まだぁ~?」
ミヤコさん、朝会って最初のセリフがそれですか……。
ともあれ、今日も一日力仕事になるのだから、朝ご飯を作らないといけないのは確かだった。
さすがに朝食まで、陽光さんにお世話になるわけにもいかないし。
僕はまだ若干寝ぼけ気味のミヤコさんを残し、急いで宇宙船の厨房へと向かった。
☆☆☆☆☆
「お疲れ様。今日は気温も高めですから、大変ですね。もしよかったら、少し休憩しませんか?」
荷物運びをしていると、陽光さんが事務所から冷たい麦茶とお菓子をテーブルに持ってきてくれた。
「陽光さん、ありがとう。ほんとに気が利くわよねぇ」
「ミヤコさんも、少しは見習ったほうがよろしいのではなくて?」
「……お前もだろ」
ミヤコさんとイズミは、相変わらずだった。
その横に座って、サザナミさんも休憩している。
「ふう……しかし、老体にはちと厳しいな。やはり人手が減ったのは、少々問題か」
「長老は無理しないでいいわよ」
サザナミさんのことを、ミヤコさんは『長老』と呼んでいる。
一番年上なのは確かだろうけど、ドワーフだから余計にそういうふうに見えてしまうだけし、その言い方は失礼なんじゃ……。
僕はそう思っているのだけど、当の本人は気にしていないみたいだった。
サザナミさんは基本的にいつもほのかに笑顔を浮かべている、気のいいおじさんという雰囲気なのだ。
「さてと……。それじゃあ、仕事に戻りますか」
僕たちは立ち上がる。
照りつける日差しで、力仕事を再開する前からすでに汗がにじんできていた。
だけど、
「頑張ってくださいね」
笑顔で元気づけてくれる陽光さんの爽やかなそよ風のような声のおかげで、僕は暑さにも負けずに、その後の仕事も難なくこなしていけるのだった。
単純だね、あんたは。
ミヤコさんから、そんなツッコミを受けてしまったけど。