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暖かい日差しが照りつける中、僕たちは重い荷物を船倉へと運び入れていた。
「いやぁ、今回のはなかなか上物ですねぇ」
「そうなんですよ。純度の高い鉱脈が見つかりまして。これもひとえに、高性能な探知機のおかげなのですが」
船長が、人のよさそうなおじさんと話し込んでいる。
今回の取り引き相手である深空さんだ。
なんでも、ファイブナインズの進んだ技術で作られた探知機を貸し、それを使って現地の人が鉱石を掘り出しているのだとか。
その鉱石の加工技術はこの惑星にはまだない。
鉱石を引き取り、代わりにこの惑星の文明レベルで有効と思われる加工品などを渡す、といった取り引きとなるようだ。
僕たちに課せられる仕事のおよそ八割が、このタイプの仕事だった。
掘り出した鉱石自体を一ヶ所にまとめておいてもらい、僕たちはそれを船倉へと運び入れる。
鉱石は結構な分量があるから、それを船倉に運ぶのだってかなりの重労働だ。
しかも船倉がいっぱいになるほど積み込むのが普通だった。
そんなわけで、僕たちは数日かけて、すべての鉱石を船倉へと運ばなければならないことになる。
人手も少ない僕たちではあるけど、基本的に現地の人を宇宙船の中には入れないようにしている。
ファイブナインズの世界にそういう決まりがあるわけではないのだけど、やはり技術レベルの低い惑星の住人が中に入れば、いろいろと興味を引くと思われる精密機械なんかもあったりするもので。
面白がって触られ、壊されてしまっては大変だから、という理由もあるのだろう。
船長は今、打ち合わせとして話している段階ではあるけど、それが終われば自らも荷物運びを手伝う。
人手が足りないため、全員総出で運ばないと時間がかかりすぎてしまうのだ。
我がまま放題という印象のミヤコさんや、クールなナギさん、足腰は大丈夫だろうかと少々心配になるサザナミさんも、額に汗して荷物を運んでいる。
フェアリーであるイズミはどうなのかというと、彼女は魔法が使える。
魔法は、大地に溢れるマナを力の源として引き出すことで使えるらしい。そのため、宇宙船の中では魔法はほとんど使えない。
ほとんどと言ったのは、鉢植えなどを育てて少しでもマナを得ようとはしているからで、まったく使えないというわけでもないからなのだけど。
また、マナの力を引き出すという意味では、魔法石という鉱石も使われている。
地中には、長い年月を経るあいだにマナの力が蓄えられた石が埋まっているのだけど、その原石を採掘して使いやすいように加工した物を魔法石と呼んでいる。
原石のままでもマナの力は引き出せるらしいけど、商品として店に並ぶ際には、水晶玉のように磨かれた形で出品されるのが普通だ。
商品として扱う以上は、見栄えも大切だということなのだろう。
とはいえ、色だけ見ればくすんだ感じでしかないため、宝石としての価値はあまり高くない。
ただ、内に秘められたマナの力の強さに比例して、光を反射する欠片のような物質が含まれていたりするので、角度を変えて見るとそれらがキラキラと光り輝き、それなりに綺麗ではあった。
魔法石のことなんて、僕はあまりよく知らなかったのだけど。
最初に今回の作業の説明を受けた事務所――とは名ばかりの簡素な丸太小屋で、窓際に飾られた魔法石に気づいたイズミが事細かに解説してくれたのだ。
研磨された水晶のような形状ではなく、いびつな形だったことから考えると、それはおそらく原石なのだろう。
きっと近くで採掘された魔法石なのでしょうね。イズミはそう言っていた。
この惑星には、フェアリーやエルフなどのような亜人種はいない。
会話なんかもできる文明レベルを持っている生物は、ここでは人間だけなのだ。
伝承によれば、魔法の力はもともと亜人種からもたらされたものらしい。
だから、この惑星には魔法使いもいないことになるのだそうだ。
「そのおかげで綺麗なままのマナが溢れています。ですから、気分がすごくいいのですわ」
最初にこの惑星に降り立ったとき、真っ先に宇宙船から飛び出したイズミは、自慢の羽根で空を飛び回りながら満面の微笑みを浮かべていたっけ。
広大な大地と森林などの自然が広がるこの惑星では、イズミは気持ちよく魔法が使えるようだ。
それなら全部の荷物をイズミが動かせばいいのでは、と最初は思ったものだけど、実際にはそうもいかない。
いくら魔法で動かすといっても、当然ながら疲れるのだ。
一日にイズミが運べる荷物の量は、実質的には僕たちが運ぶ量と同じくらいだった。
体のサイズを考慮すれば、それでもすごいことではあるのだけど。
そういった意味では、魔法も充分に力仕事と言えるのかもしれないな。
☆☆☆☆☆
「お疲れ様です。お茶とお菓子をお持ちしました」
力仕事で喋ることすらも億劫になっていた僕たちのもとに、春のうららかなそよ風のような爽やかな声が響いた。
その声の雰囲気と同じように優しげな笑顔をたたえながら、女性は木の切り株を使った簡素なテーブルにお茶とお菓子を並べている。
リボンで束ねた綺麗な髪が、ゆったりと歩を進めるたびにさらさらと揺らめいていた。
「あら、いいわね。ちょうど甘いものが欲しかったとこなのよ」
疲れで黙々と荷物を運んでいたミヤコさんが、真っ先にテーブルへと駆け寄る。
「また太りますわよ」
「『また』は余計よ!」
イズミのツッコミに声を張り上げるミヤコさん。
そんなイズミのほうも、汗で髪がべったりと張りつくほど疲れきっている様子だったけど。
やはり糖分は元気の源なのだ。それはエルフやフェアリーであっても同じらしい。
「ありがとう、お嬢さん。それでは遠慮なく、いただきます」
そう言ってお茶をすするサザナミさんに、女性は微笑みで応える。
仕事を始める前に、事務所で紹介は受けてある。
この女性は船長が話し込んでいた取り引き相手の娘さんで、名前は陽光さんという人だ。
「ミサキさんもどうぞ」
陽光さんは僕にも、お茶とお菓子の乗った小皿を差し出してくれた。
ありがとうございます、とお礼を述べて受け取る僕の手に、そっと自分の手のひらを添え、落とさないように気を遣ってくれる。
そんな陽光さんの温かな手に触れた僕は、思わず鼓動が高まっていた。
着ている服もとても素朴な感じなのに、内面から溢れ出る清々しい雰囲気で、僕の心も安らかな風に包まれていくかのようだった。
微笑みを絶やさないまま、他のみんなにお茶とお菓子を手渡していく陽光さんの様子を、僕はぼーっと見つめていた。
「……ふ~ん」
いきなり、ニヤケた顔をしたミヤコさんが僕の顔をのぞき込みながら、ささやきかけてきた。
「ミサキって、ああいう子が好みなんだ」
「なななな、なにを言ってるんですか! べつにそういうわけじゃ……!」
図星を指されて戸惑う僕は、反論しながらも顔が赤くなっているのが自分でもよくわかった。
「いいじゃない。こんな仕事をしてると、なかなかいい人と出会う機会もないわけだしさ。それに、結構お似合いなんじゃない? なんとなくミサキって、あの子のお父さんっぽい雰囲気あるし」
「え……? お父さん……って、深空さんのことですか?」
「そ。外見じゃなくて、内面的な部分ね。似たようなオーラを感じるわ」
オーラって……。ミヤコさん、あなたは占い師か何かですか?
とは思ったけど、エルフといえば森の妖精とも言われているわけだから、そういった感覚なんかも持ち合わせているのかもしれない。
「それに、ミサキを見る陽光さんの目……。家族に向けるような、優しげな目だったわ」
そっか……。
だけどそれって、どうなのだろう?
家族のように思われているのなら、異性として意識される存在にはなれないんじゃ……。
まぁ、ミヤコさんが勝手にそう感じているだけなのだから、気に病む必要もないとは思うけど。
「信じないならそれでもいいけどさ。……あ~あ、私にもいい出会いが訪れないかなぁ」
「ミヤコさん……船長は……?」
「は……? な……なに言ってるのよ!? どうしてそこで船長が、出てくるんだか!」
そう言いながらも、ミヤコさんは真っ赤になっていた。尖った耳の先まで赤く染まっている。
船員のみんながどんな理由でこの船に乗ることになったのかは、細かくは聞いていない。
ただ、ミヤコさんはどうやら船長目当てだったようで、事あるごとに船長にアタックし続けていた。
もっとも、船長のほうにはそういう感情が備わってすらないのか、まったく取り合ってもらえない、というのが現状だったりするのだけど。
ミヤコさんは、それでも諦めずに頑張っている。
意外に一途な面も持っているのだ。……意外に、って言ったら怒られるかな。
そもそも、どうして船長なのか、その辺りはよくわからない。
人を好きになるのに理由なんていらないのかもしれないけど。
「……ま、まぁ、お互い頑張りましょう」
そう言い残してミヤコさんは荷物運びに戻っていった。
さて、僕も仕事に戻ろう。
どっこいしょ。
声には出さずに気合いを入れ立ち上がると、陽光さんと目が合った。
「頑張ってくださいね」
笑顔で声をかけてくれた陽光さんに軽く会釈をして立ち去る僕の顔も、同じように自然と笑顔になっていた。