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ひかりひらり  作者: 沙φ亜竜
終章 そして時は流れゆく
33/34

-3-

 さて、それから一ヶ月半くらい経っただろうか。

 僕たちは陽和の故郷の惑星に立ち寄ることになった。

 言うまでもなく、仕事の都合だったのだけど。


 ただ僕と陽和には、船長の厚意で休暇が与えられた。

 それで、明灯さんに会いに行くことにした


 事前に連絡を取り、明灯さんは今でもあのマンションに住んでいることを確認した。

 僕たちが宇宙へと出発したあと、明灯さんと優陽さんは結婚したというのも聞いていた。

 結婚式に出席することはできなかったけど、僕も陽和も心から祝福した。


 ファイブナインズの時間で一ヶ月半経っているのならば、通常世界では四十五年くらいの歳月が流れているはずだ。

 お婆さんになった明灯さんと再会、ということになるわけだけど、ファイブナインズ世界で生活していた双子である陽和のほうは一ヶ月半しか経っていない身。

 おそらく再会したときには不思議な感覚に陥るだろう。

 それも含めて、とても楽しみだった。


「なんだか、この辺りもあまり変わってないね」


 僕の横を寄り添うようにして歩く陽和が、ぽつりと感傷的な言葉をこぼす。

 確かに、全然と言っていいくらい変わっていない風景だった。

 マンションまでの道のりは、まったく迷うことなんて考えられないほど、当時の面影を残していた。


「でも、ドキドキするな……。お姉ちゃん、どんな感じになってるんだろ」

「あはは。自分がお婆ちゃんになるとこうなる、ってのがわかっちゃう感じだろうからね。……がっかりするようなことがないといいけど」

「なによ~。お婆ちゃんになるのは仕方ないでしょ。誰だって歳は取るの。それに、双子っていったって、まったく同じになるわけじゃないんだから。たとえお姉ちゃんがしわくちゃで見るに耐えない顔になってても、私はそうはならないように努力するわ!」


 陽和は文句を言いながら、そんな反論をしてくる。

 キミのほうこそ、お姉さんに向かってすごくひどいことを言ってないか?


 そんな他愛もない……と言える内容かはわからないけど、お喋りを楽しみつつ、懐かしい道のりを踏みしめて歩いていると、やがて明灯さんたちの住むマンションが見えてきた。

 やっぱりなにも変わっていないように思える外観。

 老朽化の跡すら見えないのは、リフォームしたり、外壁を塗り直したりで見栄えが悪くならないようにしているからだろうか。


 懐かしいマンションの階段を上り、懐かしの部屋の前まで来た。

 連絡は入れてあるわけだけど。それでも、なんだか緊張してしまう。


 大きくひとつ息を吐いてから、僕は思いきってインターホンを押した。


「は~い!」


 女性の声が響き、ドアが開かれる。

 そこにいたのは……。


「あ……れ……、お姉……ちゃん……?」

「ふふふ。陽和、お久しぶり~! 元気だった~!?」


 明るい笑顔を振りまきながら飛び出して陽和に抱きついてきたのは、明灯さん!?

 でも、こっちの世界ではもう四十五年くらいの年月が経っているはず……。

 それなのに目の前の明灯さんは、まったく歳を取っているように見えない。陽和とうりふたつの、若い女の子の姿だった。


 僕は混乱した。

 なんで? こんなことってありえるの?

 抱きつかれている陽和も、目をパチクリさせている。


 宇宙船はファイブナインズ・ドライブに入っていると思っていたけど、実は入っていなかったのだろうか?

 もしそうだとしても、僕たちは仕事でステーションにも立ち寄った。

 ステーションの速度は変えられないのだから、確実にファイブナインズ世界になっていたはずだ。


 以前から僕たちが拠点にしているステーションに滞在していた時間が一番長かったことを考えれば、少なくともこの惑星で三十年以上は経っていなければおかしい。

 それなのに、なぜ?


 混乱の極み。

 頭がおかしくなってしまったのか、それともこれは夢なのか。


「ふふふ、大成功!」


 突然、別の女性の声が響いた。

 声のしたほうを振り向いてみると、廊下の奥から、ひとりのお婆さんがひょっこりとその身をのぞかせていた。


 お婆さんといっても、シワはあるものの、その歳にしては綺麗な肌をしている。

 腰も曲がってはおらず、髪の毛は白髪になってはいたけど、フサフサなロマンスグレーに温かな笑顔をたたえたその人は、実年齢からすれば確実に若く見られるだろう。

 この人が明灯さんだ。その姿を見て確信できた。


「もうちょっと混乱してる姿を見ていたかったんだけどね。……陽和、ミサキさん、お久しぶり」

「お姉ちゃん、人が悪いよぉ。……で、こちらは?」


 陽和は最初に出迎えてくれた女の子を見つめながら問う。

 わざわざ聞かなくても、なんとなく答えはわかっていただろうけど。

 その笑顔は、明灯さんや陽和とそっくりなのだから。


「ま、見ての通りって感じだけど、私の孫だよ。ほんとに、可愛いったらないのよ。娘には、甘やかしすぎるな、なんて言われてしまうけどね」


 すっかりお祖母さんらしくなっている明灯さんだった。

 娘さん夫婦は、同じマンション、しかも向かいの部屋に住んでいるらしい。

 明灯さんは、僕たちがやってくると聞いてイタズラ心に火がつき、孫娘を使って混乱させてやろう作戦を決行した。

 それが真相だったのだという。


「さ、上がって。優陽もお待ちかねだよ。娘夫婦は仕事で出ちゃってるけどね。まぁ、じきに帰ってくるでしょう。帰ってくる前にパーティを始めてしまうのもいいねぇ。あの子の悔しがる顔が思い浮かぶわ!」


 明灯さんは相変わらずのようだ。

 娘さんも苦労したのではないだろうか。もちろん優陽さんも。

 そう思って陽和に目を向けると、彼女もやっぱり苦笑いを浮かべていた。


 居間に入ると、ソファーに座ったままの優陽さんが出迎えてくれた。

 優陽さんのほうも、当たり前だけど歳相応の外見になっている。髪は薄くなってきてはいるものの、白髪が頭の大部分を覆っていた。


 明灯さんと優陽さんは、昔と変わらずベタベタと寄り添い合う、仲のよい老夫婦となっていた。

 とても温かな雰囲気に包まれ、僕と陽和も知らないうちに笑顔になる。

 僕たちも歳を取ったあと、あんなふうになれるだろうか?


 パーティはやっぱり、娘さん夫婦が帰ってから始めようということになった。

 陽和がそう提案したからだ。

 もっとも、明灯さんも最初からそのつもりだったとは思うけど。


「まだ時間もあるし、待ってるだけっていうのも暇でしょ? 私たちと話すのはパーティが始まってからでもいいし、せっかくだから、少しふたりで散歩でもしてきたら?」


 明灯さんなりの気遣いなのだろう、その言葉に素直に従って、僕と陽和は懐かしい町並みへと繰り出した。


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