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ひかりひらり  作者: 沙φ亜竜
終章 そして時は流れゆく
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-2-

 ふたりで力を合わせれば、二倍のスピード。

 陽和はそう言ったものの……。

 あの惑星にいるときから知っていたこととはいえ、陽和は、掃除も洗濯も料理も苦手だった。

 

 はたきをかければ備品や棚の上の荷物を落としてしまったり、洗濯をしたら色落ちする物も一緒に洗ってしまい大変なことになっていたり、料理をすれば鍋が焦げついていたり、スープがなにやら紫色の液体になっていたり。

 なんというか、まったく変わっていないどころか、僕の仕事は逆に増えているのでは、と思えるほどだ。


 この船に乗るようになった最初の頃の僕も確かにひどかったけど、陽和はそれに輪をかけて凄まじい……。

 でも、僕でもいろいろできるようになっているのだから、陽和にも頑張ってもらおう。

 少しはマシになるまで、船員たちにも姑が嫁をいびるかのごとく愚痴愚痴言われるかもしれないけど、そんなことには負けないでともに前を向いて進んでいこう。


 雑用係とはいえ、立派な仕事だ。……多分。


 ただ、どういうわけか、雑用は増える一方だった。

 やっぱり船長は僕を恨んでるのかな? そう勘ぐってしまうくらいに。

 まぁ、そんなことを考えている暇すらないほど、忙しく雑用を押しつけられる日々なのだけど。


 ステーションでの仕事にも最近は参加させてもらえず、船に残って雑用をこなすことが多かった。

 どう考えても、意地悪されているとしか思えない。

 そんな状況なら、船長はともかく、他のみんなは声をかけてくれてもよさそうなものだけど、それすらなかった。

 僕はお荷物でしかない、ってことなのかな……。


「バカね。そんなことないでしょ? だいたい、お荷物っていったら、むしろ私のほうなんだし……」


 雑巾を持った手を止め、陽和は悲しそうな声でつぶやく。


「あ……ごめん、そんなことないよ。最初はちょっと、正直に言えばひどかったけど、今はちゃんと雑用をこなせてると思うよ」

「ふふ。ありがと。でも、まだまだ失敗ばかり。それでも文句も言わずに、船員として受け入れてくれてる。みんな、ほんとにいい人たちだなって思うよ。もちろんミサキのことだって、私と同じ、ううん、それ以上に思ってくれているのは、あなたもわかってるでしょ?」


 陽和に言われるまでもなく、それはわかっている。

 わかってはいるのだけど……。


「こんな雑用ばっかりの日々なんて、陽和だって嫌なんじゃない? 僕は納得いかないよ!」


 ついつい声を荒げてしまう。


「そう? 私は充実した日々だと思ってるよ。だって、ミサキが一緒にいてくれるんだから。大切な人がそばにいてくれる。それってすごく幸せなことだと、私は思うな」


 迷いのない、澄みきった笑顔を向けてくれる陽和。


 大切な人がそばにいてくれる……か。


 陽和は幼い頃に両親を亡くしている。

 大好きだったお婆ちゃん――陽光さんも亡くなった。

 それからは姉妹ふたりでずっと暮らしてきた。


 ひとりだけよりは、ずっとマシだったとは言えるかもしれない。それでもその寂しさは相当なものだっただろう。

 僕も小さい頃に両親を亡くしているから、それは痛いほどよくわかる。


 僕の母さんはいつも我慢していた。夢を追いかける父さんのことを、理解して、許して。

 夢のためとはいえ、すごく忙しくて、ろくすっぽ家に帰ってこなかった父さん。

 そんな父さんを文句も言わずに待ち続けた母さん。

 父さんが家に帰ってきた日には、とびきりの笑顔で迎えていた。


 だけど、そんな母さんの苦悩を、僕は知っている。

 母さんはいつも言っていた。


「あの人が頑張っているのはわかっているし、夢に向かって頑張る姿を見るのは大好き。その夢のために、私が少しでも力になれるように、精いっぱいのことをしているつもり。夢を実現すれば、私やミサキだって幸せになれるはずだもの。でも……。私が本当に望んでいるのは、そんなことじゃないのにね」


 優しい笑顔の裏で、母さんの心の中には涙が溢れているのが、幼い僕にも不思議とよくわかった。


「ただ、そばにいてほしい。貧しくたっていいから、一緒に時間を過ごして、一緒に同じ空気を吸って、一緒に笑い声を重ねて、そんな日常があれば他になにもいらないのに。あの人は全然わかってないわ。……ほんと、ダメなお父さんね」


 それでも、お父さんのことは恨まないでね。夢に向かっていくのだって大切なこと。これは私の我がままなんだから。

 そうつぶやく声を、僕はしっかりと耳にしていた。


 ――そうだ。そうなんだ。

 今さらになって、やっと思い出した。


 僕はずっと、父さんの夢を継ぐことばかり考えていた。

 そのために、あのときは陽光さんを、そして今回は陽和を、捨てていこうとしたんだ。


 僕は、なんてバカなんだ。


 今、こうして僕のそばには陽和がいてくれる。それだけで幸せなんだ。

 そのことに、ようやく気づいた。


「バカは今に始まったことじゃないでしょ?」


 陽和はケラケラと笑っている。そんな笑顔を見ていられるだけで幸せだった。


「それに私は、ミサキよりもっと大バカだから。おバカ同士、これからも頑張っていきましょ!」

「……うん。とりあえず、料理の特訓から頑張ろうか」


 僕の意地悪に、頬を膨らまして陽和は不満の声を上げた。


「むぅ~、私なりに頑張ってるのにぃ~」

「頑張っても失敗ばかりじゃダメだってば。船員の命に関わるし!」


 今日も雑用をしながら、船内には僕と陽和の笑い声が響いていた。


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