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宇宙船はすでに成層圏を越え、星々の世界へと吸い込まれていた。
これからファイブナインズ・ドライブに入るところだ。
僕は陽和とともに個室にいた。僕がずっと生活していた個室だ。
宇宙船の居住区はそれほど広くはない。個室の数も限られているため、急に乗り込んだ船員に与える個室なんてなかった。
というわけで、僕の部屋を共同で使うことになっているのだけど。
ミヤコさんが、頑張ってね、なんて言いながらニヤニヤと笑っていたなぁ……。
「ねぇ、陽和。ほんとによかったの?」
ここまで来てなにを言っているんだか、と自分でも思わなくもないけど、まだどうしても信じられない気持ちでいっぱいだったのだ。
だから僕は、隣に座ってわずかばかり持ってきた荷物の整理をしている陽和に向かって、そう尋ねた。
「え……?」
陽和は不思議そうな顔で訊き返してくる。
「すべてを捨てて飛び出してきたようなものなんだから。明灯さんとも離ればなれになってしまうわけだしさ……」
長年一緒に暮らしていた、たったひとりの肉親であり、双子の姉である明灯さん。その彼女と離れることがどんなに辛いか、それは想像に難くない。
でも陽和は、ふっと優しい笑顔を浮かべる。
「お姉ちゃんは言ってたわ。どんなに離れていても、私たちの心は一緒だって。だから、べつに捨てることにはならないんだって」
「陽和……」
そう言いながらも、もう会うことはできないだろうという決意を、心の奥にしっかりと刻みつけるかのように、陽和は瞳を閉じて胸の前で手を組んでいた。
と思ったら、不意にイタズラっぽい笑顔を向けてくる。
「それに、全部捨ててきたわけじゃないのよ? ほら!」
荷物の中から取り出したのは、ハムスターのハムちゃんだった。
飼育用のケージやエサの袋なんかもしっかりと持ってきているようだ。
「人間の私がひとり増えるのって大変なことだと思うから、みなさんに迷惑かけちゃうかもしれないのに、その上さらに増えるなんて、とも思ったけど、こんな小さな乗組員一匹なら問題ないよね?」
ひとり増えるのは大変。それは船長に言われたことを気にしているのだろう。
「人が増えた分、空気も食料も多く必要になる。その分はしっかり働いてもらうからな。ミサキと一緒に、雑用などもろもろ、頑張ってやってくれたまえ」
宇宙船が出発してすぐ、陽和は船長からそんな宣告をされたていたのだ。
「もちろんミサキも、今まで以上に雑用を押しつけさせてもらうから、覚悟しておけよ!」
そう言いながら、いつものように白い歯をキラリと光らせる船長の頭を、僕は思いきり殴ってやりたいと思った。
陽和の手前、どうにか耐えたけど。
「でもさ、部屋、ここでいいの?」
「えっ? だって、他にないんでしょ?」
それはそうなのだけど。ただ、やっぱりまだ恥ずかしかった。
そりゃあ、陽和が僕のことを好きでいてくれて、僕も陽和が好きで。
なにも問題はないと思うけど……。
「個室はなくても、食堂とか厨房とか、倉庫とかだって場所はあるからさ。キミはここを使って、僕は他の場所で寝るとかでもいいけど」
「場所はあっても、夜は空調を効かせてるのって個室だけなんでしょ? 節約しなきゃいけないもんね。だったら、他の場所で寝るなんて、絶対ダメだと思うな。私は押しかけてきた身なんだし、狭くたって文句なんてないよ? あっ、でも、ミサキは狭いと嫌かな……?」
「……いや、僕は全然構わないけど……」
「じゃ、いいじゃない」
陽和は、これ以上の言い争いはしないわよ、とでも言うかのように立ち上がった。
「さてと。それじゃあ、今日の分の雑用、終わらせちゃいましょう! ふたりで力を合わせれば、二倍のスピードのはずよ!」
陽和は明るい笑顔を浮かべながら僕を見下ろし、そっと手を伸ばしていた。
僕は素直にその手を取って立ち上がる。
ふたりの新たな生活のスタートだった。