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僕は食事を乗せたトレイを持って、食堂へと急ぐ。
食堂には六人掛けのテーブルがひとつあるだけだった。
そこに今、ミヤコさん、ナギさん、着替えて戻ってきたサザナミさんが座っている。
イズミは椅子に座るまでもないので、テーブルの一角に乗っかって食事をしていた。
もちろん、イズミの前にある食事はフェアリー用のサイズ。
専用の小さな食器があるから、それを使っているのだ。
食費はあまりかからなくて済むけど、盛りつけをする側としては、見栄えがしなくて気になるところではあった。
といっても、イズミ本人は文句をぶつけてきたりなんてしないのだけど。
イズミがごちゃごちゃ言ったりする相手は、ミヤコさんだけなのだ。
サザナミさんの前に食事を並べると、残りはふたり分。僕の分と、船長の分だけとなる。
ただ、その船長の姿が、食堂の中にはなかった。
「あれ? 船長は?」
「ブリッジじゃない? また外でも見てるんでしょ」
ミヤコさんがスープをすすりながら答える。
とりあえず口の周りは拭いたほうがいいと思うけど。
ミヤコさんは食べ方もおよそ上品とは言えない感じだった。エルフに幻想を抱いている人には、絶対に見せられない姿だ。
「仕方ない、行ってくるか……。それじゃあ、僕も船長と一緒にブリッジで食べてきます」
そう言い残し、僕は食堂をあとにした。
船には伝声管も備えつけられてあるから、ブリッジにいるのならそれで呼べば聞こえるはずだけど。
無理に呼び出すのも悪いと思ったのだ。
船長という立場上、本部への連絡とか、船長としての仕事もあるかもしれない。
もっとも、光の速さとほぼ同じくらいの速度で移動するファイブナインズの宇宙船だから、本部への連絡とはいってもリアルタイムな通信連絡なんかはできないため、一方的な報告のみになるのだけど。
☆☆☆☆☆
「船長。食事を持って来ました」
僕はトレイに乗せられた食事をこぼさないように注意しつつ、ブリッジへと足を踏み入れた。
ブリッジのある空間は、それなりの広さがある。船員六人全員が入ればほぼ満員、という程度ではあるけど。
ブリッジの前面には大きな窓があり、広大な宇宙空間がその窓いっぱいに広がっている。
「ああ、ミサキか。食事はそこに置いといてくれ」
この人が宇宙船の船長、アラシさんだ。
いつでも、いわゆる船長服を身にまとっている。古い時代の海軍のような船長服だ。
さらには帽子まで深々とかぶっている。
宇宙服を着て作業をするとき以外は、いつもこうなのだ。
船長の個室には、ずらりと船長服が並んでいるのだとか。
船長の個室への立ち入りは禁止されているから、僕はよく知らないのだけど。
船長は窓の正面にある椅子に座り、なにやらごそごそと音を立てていた。
通信報告ではないみたいだけど、いったいなにをしているのだろう?
僕は船長のそばにトレイを置き、隣の席に座る。
僕もここで食事を食べよう、という意思表示だ。
と、横にいる船長に視線を向けてみると、袋の中にごそごそと手を突っ込んでポテトチップスを食べていた。
「あーっ! 船長、なにしてるんですか!」
僕は声を荒げて船長を怒鳴りつける。
こんなところで間食なんかして、とかそういう理由ではなく。
「ボロボロと床にこぼして! あとで掃除するのは、僕なんですよ!?」
「うるさいぞ、ミサキ。細かいことは気にするな」
「細かくないです! 床が汚れてるぞ、しっかい掃除しろ、っていつもうるさく言ってくるのは船長でしょう!?」
「まぁまぁ。ほら、お前も食うか?」
ニカッと大きく口を開け、白い歯を見せて笑いながら、お菓子の袋を差し出す船長。
出た、船長スマイル!
歯磨きのCM依頼が来るのではないか、と思うほどの真っ白な歯を光らせて笑うなんて。
今どき、そうそういませんよ!?
「いりませんよ、夕飯を食べるんですから。船長もちゃんと食べてくださいよ? あとでおなかすいた、なんて言われても、夜食なんて作りませんからね!」
「むう、仕方がない。ポテチは食後の楽しみにしておこう」
そう言って、船長はしぶしぶながら袋をしまい込む。
船長といっても結構若く、確かまだ二十四歳だったはずだ。
十八歳である僕と比べたら年上ではあるけど、その年齢でこの規模の宇宙船を持っているなんて、普通ならばありえない。
そういう場合はたいてい、親族から譲り受けた物になるだろう。
アラシ船長の場合はどうなのかと言うと、実はこの宇宙船は借り物だった。
船長はギャラクシーローズという貿易会社の社員で、仕事のためにこの船を会社から借り受けているという立場にある。
若さのわりには会社の重役からの信頼は厚いのだ、と本人は言っていたけど。
いまいち信じられないんだよね、普段の船長の言動を見ていると……。
でも、ギャラクシーローズという会社は、小さくはないものの、中規模程度の企業だったはずだ。
このサイズの宇宙船を、それほど多く所持している会社とも思えない。
それを与えてもらっていることから考えれば、船長の話もあながち嘘ではないという可能性が出てくる。
「さて、もうそろそろだ」
船長が珍しく真面目な調子で声を響かせる。
そろそろ――。
目的地に到着する、ということだ。
確か今回の目的地は、とある惑星――第三文明レベルに分類される星だったはずだ。
宇宙にはたくさんの惑星が存在していて、そこでは知的生命体がそれぞれの生活を営んでいる。
便宜上、僕たちの住むファイブナインズ世界では、その文明のレベルをいくつかに分類して表している。
第三レベルというのは、宇宙開発なども行なっていて、自力で宇宙へと飛び立てる技術を有するくらいの文明を示す。
ファイブナインズ世界の技術レベルには到達していない惑星だけど、その技術の存在はある程度知られ始めている。
というのも、ファイブナインズの中には、積極的に遅れている文明に手を貸そうとする人たちがいるからだ。
あまり干渉すべきではない、という意見を持つ勢力もあって、いろいろと議論は繰り返されているのだけど。
ともかく、今回の仕事はその第三文明レベルの惑星で行なわれる。
僕たちに与えられる仕事の内容は様々なのだけど、基本的には現地で採れる鉱物資源をファイブナインズの技術で作られた製品と物々交換するというのが主流だ。
まだ聞かされてはいないけど、おそらく今回もそんな感じなのだろう。
目の前に広がる大きな窓から、綺麗な青い惑星の姿が確認できた。
光速に近いファイブナインズ・ドライブ中では、窓の外の景色はまったく様相が異なる。
目的地に近づいた辺りで、すでにファイブナイン・ドライブから通常の航法へと切り替えられていたのだ。
そうでないと着陸もできないし。
ゆっくりと大きくなっていく綺麗な惑星の姿に、僕は見惚れていた。
「ミサキ、今回も頼むぞ」
船長は、力強く言った。
僕は、船長から信頼されているのだ。
「雑用を」
使いっ走りとして……。
窓に映る広大な宇宙は、今日も綺麗な星々の輝きでいっぱいだった。